表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第一章「日本編」
17/102

第十七話「地獄谷」

「く」

 突如左大腿(だいたい)を撃ち抜かれたぼくはその場で(くずお)れ、苦悶(くもん)に顔を歪めた。

「あっ」宮美の顔が恐怖に引き()った。

 が、意外にも彼女は決して悲鳴をあげたりすることはなく、すかさず(かが)み、ぼくに肩を貸し、そしてきょろきょろと周囲を索敵した。

「だ、大丈夫ですか」

「かすり(きず)さ」女の子の手前、ぼくは無理矢理強がった。

「見いつけたあ」

 屋敷の中から、黒獅子組の構成員とは一風変わった、ひとりの黒髪の青年が姿を現した。中心に髑髏(どくろ)の描かれたパンク風なVネックのカットソーにダメージジーンズ、というカジュアルな出立(いでた)ちで、狂人のようにかっと見開かれた四白眼とその中心で燃え(たぎ)(あか)い瞳が、長い漆黒の前髪の奥でぎらぎらと輝いていた。

 彼の右手にはバナナのように湾曲した弾倉が印象的な旧ソ連製のAKMSカービン銃が握られ、その銃口からうっすらと上がった硝煙(しょうえん)が、月明りを浴びて青白い筋を宙に描いている。

『あっ。む、村正(むらまさ)

 無線機の向こうからアルマが叫んだ。

「友達かい」ぼくはアルマに訊いた。

『ち、ちがう。あいつは地獄谷村正(じごくだにむらまさ)。ヒヅルを殺そうとして追い出された謀反人(むほんにん)。《ブラックリスト》にも載ってる』

「ああ。そういえばいたね。そんな人」

 以前読んだ《ブラックリスト》の記憶を引き出す。ヘリオスや他の組織の間諜(スパイ)として白金グループに潜りこみ、諜報活動や姉さんの暗殺を試みた人間は過去に何人かいたが、彼、地獄谷村正は、白金学園大学部において高い知能と超人的な運動神経を(あわ)せ持つ万能の天才として白金機関にスカウトされ、主に秘密工作や暗殺といった暗部の仕事を任されていた。が、彼は極めて独善的で、自分の理想とする世界に不要な人間、特に破落戸(ごろつき)や犯罪者といった連中を人間失格(スクラップ)と称して大量に虐殺していたことが発覚。ぼくが白金機関に入る一年ほど前、ヒヅル姉さん自らの手で粛清(しゅくせい)するはずだったのだが、逆に返り討ちにして逃走。二人の護衛が死に、一人が重体、そして姉さんが腕に全治二週間の傷を負い、《地獄谷の反乱》として白金グループの闇の歴史に刻まれるに至ったのであった。その後の彼の行方は一切不明。リストに載っていた写真は真ん中分けの長髪だったが、今はぼさぼさの短髪で、まるで別人のような雰囲気だった。

「今となってはヤクザの用心棒、か。それとも」

「あー。勘違いすんな。俺は今回助っ人としてここに派遣されただけだ。ここの破落戸(ごろつき)どもとは何の関係もねえ」

 地獄谷は(かぶり)を振り、ぼくの台詞を遮って言った。そして狂気すら感じさせる大きく見開かれたその眼でぼくを()め回し、裂けたように大きな悪魔の如き口の口角を吊りあげ、哄笑(こうしょう)した。

「てめえ。あのババアに似てやがるな。白金のクソババアに。もやしのようにまっ(ちろ)くて(ほそ)っけえ。……《人工全能》か。だがせいぜい頭がよくて体力があるだけの、人間にすぎねえ。こうやって銃で撃てばぶっ壊れるのは、俺たち人間とおんなじだ。ああ、言っとくが、今のはわざと足を狙ってやったんだぜ。一発であっさり死なれちゃ俺としてもつまんねえからなア」

『ヒデル。いま助ける』

 アルマが無線機越しにそう言った直後、屋敷内に潜んでいた蜂やゴキブリといった攻撃用のドローンが一斉に地獄谷目がけて飛びこんできた。

 対する地獄谷は、ポケットの中から小型のリモコンのような端末を取り出すと、屋敷の中へ向け、何かのボタンを押した。


 ばたばたばた。かちゃかちゃかちゃ。


 アルマの虫ドローンが、あっけなく、ひとつ残らず、地上に落下した。

『あっ。な、なんで』アルマが困惑したように声を()らした。

「ぎゃははは。こいつはすげえ。《姉御》の言ったとおりの超兵器だぜ。ゴキジェットなんざ眼じゃねえ。もし効かなかったら今ごろ俺様死んでたぜえ。笑いが止まんねえー。ぶひゃひゃひゃ」

 地獄谷は狂ったように笑い続けていた。

 そして先ほどの銃声と彼の馬鹿笑いのせいで屋敷内の組員たちが眼醒(めざ)め、トカレフマカロフAKと物々(ものもの)しい装備で庭へと(おど)り出てきた。

「どうしたアルマ。何が起きた」ぼくは幾分鋭い声でアルマに訊ねた。

『あっ。あっ。わわ、わからない。いきなりコントロールできなくなって。こんなことは初めて。や、屋敷内の虫も全部やられた。に、逃げて。ヒデル。逃げて逃げて逃げて』

「ドローンガンって知ってるかあ? ドローン用の電波を打ち消す妨害電波を飛ばして操縦不能にする新兵器だ。今使ったのは屋敷全体のドローンを無力化できるちと特殊なやつでな。俺が造らせた」

 地獄谷は得意げに語り、そして……

 ぼくの頭に、AKMSの銃口を向けた。

「このままてめえをぶっ殺してやってもいい。が、俺も鬼じゃねえ。俺の雇い主は、てめえの腕を買ってる。ヘリオスに忠誠を誓うなら、生かしてやってもいいとよ」

(いや)だと言ったら?」ぼくは上眼で地獄谷を睨みつけ、言った。

「聞くまでもねえだろ」地獄谷はAKMSの引金に指をかけて言った。

「やめてください。私が戻ればいいんでしょう」宮美が叫んだ。

 だが、地獄谷はそんな宮美の訴えを一笑、そして一蹴した。「馬鹿かてめえは。戦場で敵に銃を向けた以上、生殺与奪(せいさつよだつ)の決定権は勝者にある。つまりここでは俺が法律だ」

 地獄谷はぼくに視線を戻し、最後通牒(さいごつうちょう)を言い渡した。

「三つ数える。その間に選べ。俺と来るか、それとも死ぬか」

 勝ち誇ったような笑みとともに開始される、死へのカウントダウン。

「いーち、にーい……」

 ぼくはただただ、無念を噛みしめていた。

 くそ。どうする。

 どのみち死ぬのなら、せめて玉砕覚悟でこの男を道連れにしてやろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ