まえがき ~テオの日記~
「ああー、今日もあっちいなぁ」
隣の人間が言う。この世界の人間の行動は本当に理解できない。彼が暑いと感じていることは分かる。理解できる。しかし、彼は先ほどから手に持ったノートで顔を仰いだり、窓を開けては不快な表情をして、いわば、体全体で暑さを表現しているのである。そこまでの行動をしていながら、あえて言葉で表現しなおすことに何の意味があるのだろうか。大体、気団の動きを見れば、今日、暖かい空気が自分の上に来ることは簡単に予期できたはずであろうに、まったく、この世界の人間はどうしてこうも魔力を使わないのだろうか、この世界には、魔力というものが全く感じられない。いっそのこと、もうこんな暮らしにくい世界は転生してしまおうか・・。
この世界に来る前、私は七回目の転生を生きていた。つまり、この世界は、私の八回目の人生だ。生物ならば、生きて死ぬのは当然で、転生するのもまた、当然だ。ふつう、転生する前には、最低限記憶だけはもっていくものだが、この世界の人間たちは、それすらしていないようだ。こんな人間がいるのも驚きだ。第一、これは人間といえるのか?とにかく、私はこの奇妙な体験を本に記し、来世の人間に見せてやろうと思う。実体のあるものを転生後に引き継ぐのは大変だが、そのくらいの価値はあると思っている。気になるのは、この世界には魔力を補給するところが見当たらないことだ。このままでは、周りの人間と同じように、自然転生せざるを得ない。最悪、これは日記兼遺書ということにもなると思う。もし次もこんな世界に転生してしまったら、きっと私には、魔力も、それに伴う記憶も残されていないだろうから。