表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「金堂金物店」試作  作者: はちのす
5/6

終幕 成りきれない

グロテスク表現注意



―――日曜、午後11時―――





逢坂さんも含め、お昼ご飯を食べ、世間話に興じた。



店番を熟しながら犯人について語らい、閉店の時間午後9時を迎えた。



在庫の確認や備品の整理を終えたのはそれからしばらく経ったあとだった。


店を締めた金堂さんと共に歩き出す。



外には滅多な光源などない。

月明かりが照らす道をゆっくりとしたで歩調で、今日来た道と反対の方向に歩いていく。




「金堂さんとこうやって一緒に歩くのも久し振りですね。」




「そうだな。」




「そっか、あれ、4年も前になるのか。金堂さんが俺を助けてくれた丁度、あの日。」




「…そうか。」




「もう、反応薄いなあ。あの時から八戸保(オレ)は生まれたんです。金堂さんが救ってくれたあの時から。」




「…私を恨んでいるか?」



「え?恨む?金堂さんを?

無い無い、絶対に無いです。憧れこそすれ、恨む憎むは絶対に無いです。」



軽口を叩く八戸の表情は明るく、どこか虚無を感じさせた。



通りをただ道のりに5分ほど歩き、

橋に差し掛かる。


ああ、『戻橋』。






私は、橋を踏む1歩前で止まった。




「だって、父さんもきっと俺が生きてて心から良かったと思ってくれているはず。


俺が違う名を継いでも、ね。」




「そうか、八戸。なら、今のお前は何を求めているんだ。」




橋の中腹で、

八戸はこちらに背を向け、その場で蹌踉めいた。




「何をって…そうだなあ、元の形に戻りたい、かなあ。」




「金堂さんも、父さんも、俺もみんなみんないて、みんなみんな、幸せなあの形に」





私は、八戸に語りかけた。


「あそこはお前の実家、だったな。」




1件目の遺体の発見場所、あの場所は八戸の実家の直ぐ近くだった。




「そうそう。あそこって、凄く良い立地でしょう?だからあそこから歩いていける距離に、家を借りたんだ。」




2件目の事件、あれはお前の今の借家の近くだったな。




「金堂さんの家からも近くて、いいと思わない?」




「どうだかな。」




「あれ、ちょっと気味悪がった?ごめんって、金堂さん。」



軽薄そうな笑みを浮かべる八戸。私はこの事件にもっと早くから興味を示すべきだったのか。


どの事件も、発生場所は八戸に縁深い場所であった。

そして、直線で結べば、あの橋に繋がる。



「どうしても、あの救われた日から、忘れられなくて。俺、駄目だったんだ。やっぱり。

だから、精神病院行ってたんだよね。」




「あれだけの判断材料で睡眠薬と見抜くのは不可能に近いだろう。自身で服用していなければな。」




あの距離から、しかもたった1錠で。

朝の上機嫌な八戸は、瞬時に見抜いた。




「あー、やっぱり怪しかった?でも、金堂さんが何かに苦しんでるなら助けなきゃってそう思ったんだ。」




苦笑を浮かべながらこちらを見遣る。

口調も『八戸保(ハチノヘタモツ)』の鳴りを潜めていた。




「浅はかなんだ。俺って。夢遊病まで患ってさ。丁度深夜にここに来れば、鬼女の伝説みたいに、父さんに会えるかもって思ってたんだ。」


でも、どこにもいなくて、




「それでやっぱり、誰か殺さなきゃ、父さん戻ってこないんだなあって思ったんだ。」




「・・・・」




「夢見心地で、殺して、縫って、殺して、縫ってもあの時の父さんみたいになっただけで…結局生きた父さんは帰ってこなかった。」




「殺したのは、誰だったんだ。」




「そこらへんにいた人。だから駄目だったのかな、と思って。今日は大事で、大切な金堂さんを殺すことにしたんだ。」




八戸はうっそりと笑って、こちらに向かって手招きをする仕草をしたが、すぐに辞めた。




「でね、やっぱり思い直した。金堂さんのとこに行くのが、楽しみだったんだ。

下らない話を聞いてくれて、本当の、父さんみたいに。」


八戸はそこで言葉を切り、月を見上げた。




父子家庭で育った「八戸保」。


彼はかつて「阿形敏郎(アガタトシロウ)」といった。



阿形は、自身の性癖を無意識のうちに知っていた。


壊れたディディベア、欠けた銅像、狂った時計。

そういった成りきれないもの(イギョウ)に無償の愛を注いだ。



しかし、その非常識(アブノーマル)は攻撃性を持って顔を出すことなく、日々を幸せに生きていた。





唐突に終わりを告げたその幸せな生活。


阿形少年が14の誕生日を迎える瞬間、0時。

居眠りをしていた1時間のあいだに、父が、強盗に殺されていた。




暴漢に襲われ、事切れた父。成りきれない、人間。




強盗の見落としによって1人生きたまま取り残された少年は、父を見てその異常な愛情を孵化させた。



当時その現場に踏み入った警官の1人、金堂は、その異常な愛情を持った少年を大事に見守り、育て上げた。


そのために、その年に警察を離れた。




「きっと、その時からもう駄目だった。

4年頑張ったけど、限界なんだ。」






阿形は、腕時計をチラリと見た。

伝説が伝承ならば、阿形の悲願が叶う1時間。




―――月曜、0時―――




ああ、もう時間だ。




「やっぱり、父さん、来ないなあ…」




泣き崩れた今の彼に掛ける言葉は、見つからなかった。




「誕生日、おめでとう。敏郎。」





バタバタと無遠慮に近寄る足音を聞きながら、

丁度一時間後の彼に言葉を送った。



________________




店を仕舞い、足取りは重く、金堂は一條通を後にする。




あの瞬間、丁度18歳になった彼の罪は、どう問われるのだろうか。




一端の警官であった私が記憶していないというのはおかしな話であるが、何年も前に辞めた身だ。




というよりも、私が現役だった1996年までは、これは愚問だったんだ。




「数奇だな、お前の運命は。」










彼の時計は1時間ずれていたが直さなかった

あと1時間、早く起きていれば

あと1歩、早く辿り着いていれば

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ