第二幕 来る者拒まず
グロテスク表現あります。
―――日曜、午前8時55分―――
一條通を、飛んでしまいそうなほど上機嫌の男が駆け抜ける。
何ぞと見遣る周囲の目など物ともせず、もはや訪れることが日課となったあの店へと急ぐ。
3分ほど走り通りを半分ほど来たところで、男は明かりのついていない、寂れた黒の看板の前で立ち止まった。
スゥと息を吸い込み…
「金堂さーーーん!こんちはー!」
「喧しい」
「あべしっ!」
大声で呼びかけたのは、八戸保。
そして八戸に鉄槌を喰らわせたのが、この『金堂金物店』店主の金堂恒彦である。
「今何時だと思ってるんだ八戸。」
「8時58分ですね、後2分で開店です!」
「お前、何度言ったら腕時計を直すんだ。昨日も言ったろうが。今は7時58分、開店まで1時間2分ある。」
金堂が至極嫌そうに目線を遣ると、そこには嬉しそうに笑みを深める八戸がいた。
「あ、そうでした!全く、最近物忘れが激しくて嫌になっちゃいますね。ってことで、開店までお話しましょう、金堂さん!」
「お前、それが目的だろう。まあいい、そこらの備品を整理しておいてくれ。話はそれからだ。」
「はーい!」
金堂は奥に引っ込みつつ、彼の奇行を顧みた。
救ってしまったからには最後まで責任を持つ、という金堂の見た目にそぐわぬ熱い誓いによって、八戸の今の人格が生まれたと言っても過言ではない。
ハァ、と息を吐きだした。
「金堂さん、眠れてないんですか?」
ギクリと肩を震わせ振り返ると、件の八戸がこちらを見下ろしていた。
「あ、備品整理は終わらせておきました。慣れたもんです!」
「そうか、ありがとう。時に八戸、なぜ私が眠れていないと?」
私は息を吐いただけだ。眠いなどとは一言も言ってない。
「ああ、だって、昨日と比べて隈が酷くなってます。それに、そこにおいてある薬、睡眠薬でしょう?」
またまた私は息を詰まらせた。やはり、八戸の観察眼は侮れん。
八戸から見ることのできる範囲に私が薬を置くことは滅多になかった。
今日は偶々、1錠の飲み残しを机上に置いたままだったのだ。
大柄で脳筋、なんてことはなく八戸は切れ者だった。
「ねえ、金堂さん。なんか心配事でもあるんですか?俺、何か手伝えない?」
「手伝うも何も、これは私の問題だ。お前が手出しするようなことじゃない。さっさと店に戻れ。」
「ふぅん」
不満げにこちらを一瞥し、背を向けた八戸に視線を注ぐ。
こうして助けた奴が、うちの店に足を運ぶこともしばしばあった。
しかし、八戸は度が過ぎるだろう。毎日と言って過言ではないほど店に来る。
考えてみると、八戸がこの店に来たのは構えてからすぐのことだった。
…もしかすると、時間を経ると他の奴らもこうなるのでは、と恐ろしい可能性に行き着いたが、今はそれどころではない。
開店までの20分、私と並び座った八戸と話をする。
「なあ八戸、私のとお前の違いってなんだと思う。」
「えっ、それ謎謎ですか、金堂さん。」
「答えろ」
「えぇ、そんな…。そうだなあ、年齢?」
「放り出すぞ」
「じゃ、じゃあ身長?」
「違う、格だよ格。実際に、私とお前では格が違う。私は主人公格の人間で、お前は脇役だ。」
「なんですかそれ!不条理!」
「さて、お前が来たのはこんな話をする為か?違うだろう。」
実はこの八戸という男、情報に通じており、毎日と言ってもいいほど話題を変えてくるのだ。だから飽きずに付き合ってやっているのだが。
「さすが、金堂さん。話が早い。実はですね、また見つかったんですよ。顔無し死体!」
「そうか、で?」
「反応薄いなあ。聞いて驚かないでください、今回の死体発見場所、この『一條通』だったんですよ!」
「ほう」
「えっ!もっと驚かないんですか?!」
「いや、驚くなといったのはお前だろう。」
「いや、それは言葉の綾ってもんで…本当は驚いて欲しかったんですけど。」
「なんだ、鬱陶しい奴だな。」
「これは俺が悪いのか?!えっ、そうなの?!」
そうか、ここ1ヶ月ほどの専らの話題である『顔無し殺人』がついにここ、一條通でも起きてしまったか。
「詳しい話を聞かせてくれ」
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「なるほど」
情報通の八戸が遺体の絵を描き出す。
なんでも今朝方、知り合いのゴシップ新聞記者に話を聞いたらしい。
今回の被害者も、目と鼻、口を取られてから縫い直され、胴が無い代わりに足を取り付けられていた。
「毎度のことですが、これで性別判定も難しくなってるんですもんねえ。」
死亡推定時刻は23時〜翌4時。
第一発見者は朝4時30分に朝の散歩のため夫婦連れ立って外出していた2人。
それまでの時間は目撃者もおらず、警察の調べも詰まりつつあるようだ。
「状況を想像すると、猟奇的な殺人といった印象が強いですよねえ。何かメッセージ性のある。」
「何故そう思う。」
「えっ、だって普通こんなことしませんよ。こんな人がいつ来ても可笑しくない一本道の通りに死体を放置したり。
そもそも死体のそこかしこを縫い合わせるとか、正気の沙汰じゃないです。」
「まあ、そうだろうな。」
これまでの犯人の行動範囲は限られていた。
八戸の持ってきた資料によると、京都内でも拠点を2ヶ所に絞り殺しを行っているかのように分布していた。
しかし、
「なぜ一條通に…?」
一條通だけが分布と乖離していたのだ。
あれ、三話完結できなさそうじゃない…?