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九 タイムリミット

 番組あとの反省会で友也はヒーローだった。彼の爆弾発言は瞬く間にあらゆるSNSを駆け巡り、トレンドにも掲載された。その影響で投書もいつもの倍近く集まり、番組スタッフは嬉しい悲鳴を上げながら、メッセージを処理している。

 沙樹は友也とともに局内でときの人となった。番組終了後にスタジオから会議室に移動するだけで、みんなの注目を集めてしまう。笑顔で自信たっぷりに応える友也とは対照的に、沙樹は和泉の影に隠れ、必死で好奇の視線から逃れた。

 一生を左右する選択を迫られていながら、真剣に考える余裕がない。

 反省会では意見や引き継ぎ事項が出尽くし、発言する者もいなくなった。和泉は壁の時計を見、目の前に置かれたお茶を飲み干した。

「そろそろ時間だ。反省会はこれで終わりにして、西田の彼氏を出迎えるか」

「出迎えなんて要りません。彼だって仕事を放り出してまで来るわけがないし……あたし、このまま電車で帰ります」

「何言ってるんだ。昨日は来ないと断言してても、ラジオであんなふうに挑まれたんだぞ。気が変わって迎えに来るかもしれない。来たら彼氏と帰ればいいし、来なかったらそのときに身の振り方を考えればいいじゃないか」

「でも……ラジオを聴いているとも限らないし……」

「仮にそうだとしても、トミーくんの指定した時刻まであと十分ほどだ。電車を、一、二本遅らせばいいんだから。結果を見届ける義務があるんだぞ、おまえさんには」

「は、はい……」

 沙樹の主張は受け入れらえず、和泉たちスタッフに脇を固められてエレベーターに乗った。

 扉が開いてロビーに降り立ったとき、沙樹はそこに広がる光景に足がすくんだ。

 手隙のものは勢ぞろいかと思うくらいの人が押し掛け、沙樹と友也の行く末を見届けようとしている。加えて外にも多くのリスナーが友也の応援に来ていた。

 手元の時計は九時二十分、約束の時刻まであと十分だ。

 いつもならワタルたちのライブも終了しているころだ。だがアンコールの時間を利用して例年の特別ライブをするので、その真っ最中のはずだ。どう考えても間に合わない。

 よしんば来られたとしても、これだけ大勢の人を前に沙樹との関係を公開できるはずがない。

 第一、夕べの電話で交わした会話を最後に連絡が途絶えている。それを考えると、ワタルが来るとは思えない。

「約束の時刻まであと十分ほどしかないけど、あの中に彼氏はいるか?」

 友也が外にいるリスナーたちを指差した。沙樹は首を横に振る。

「やっぱり仕事が大事か。もっともこれだけ騒ぎになったら、不倫相手としちゃ出てこられ……」

 バシッという音がロビーに響いた。

 それにあわせるようにロビーは静寂に支配され、ギャラリーは一斉に沙樹と友也に注目する。

「不倫じゃないってあれほど言ってるのに、まだ解らないの? それに何? ラジオで爆弾発言したのは、ライバルが来られない状況を作るのが目的だったんでしょ。卑怯よ」

「そうじゃねえよ」

 友也はたたかれた左の頬に手を当てた。

「おれならどんな状況でも、好きな人のためだったら姿を見せるぜ。困難な状況のもとでも駆けつける。それくらいできねえでどうするんだ」

「ラジオの生放送中でもできる? ライブハウスのステージと重なってもできる? どこに行っても自分の顔が知られてる状況で、そんなことが友也にはできるっていうの?」

「できるさ。好きな人がいなくなるかもしれないときに、つべこべ言ってられるか? 仕事と天秤にかけるまでもない。おれなら沙樹、おまえを取る」

 群衆がざわめく。そばにいた和泉が沙樹の肩を軽くたたいた。

「やったことはどうあれ、トミーくんの気持ちはよく解っただろう。あとは西田次第だぞ。おれはもともとおまえさんらふたりはお似合いだと思ってたんだ。だから変な言い訳して、彼を拒否するのはやめたらどうだ?」

 彼氏は友也との交際を断るための架空の存在、和泉はそう思っているようだ。ワタルとのことを隠し続けたのが、ここに来て不利な影響を与えている。詳しいことは言わないまでも、彼氏がいることだけでも公言しておくべきだった。

「あと一分だぜ」

 友也が腕時計を見てつぶやいた。

 ワタルは姿を見せるだろうか。友也と同じ、いやそれ以上の強い思いがあれば、来るかもしれない。

 だが可能性は限りなくゼロに近い。仕事を放り出すような無責任なことをワタルはしない。それを一番よく解っているのは、誰でもない沙樹自身だ。

「十秒前だ」

 玄関を見ながら友也が言った。外に集まったリスナーたちの様子に変化はない。

「五秒、四、三……」

 カウントダウンなど不要だ。来るわけがない。

 でも心の奥では違う結果を期待している。無駄だと解っているのに、わずかな期待を胸に抱いている。

「一、あっ」

 友也が小さく叫び、沙樹はつられるようにロビーの扉を見つめた。

 自動ドアが音もなく開いた。

「嘘だろ、本当に来ちまったのか?」

 沙樹を始めそこにいたすべての人物が息を飲んで、入ってきた人物の顔を見る。

「あれ? この人だかりは? いったい何があったの?」

 姿を見せたのは、深夜零時からの番組を担当するベテランのパーソナリティだ。妻子持ちで、友也の考えるシナリオにはピッタリの人物だ。

「沙樹の彼って……コ、コバさんだったのか?」

 恐る恐る確認する友也に、沙樹は「まさか、コバさんに失礼だよ」と否定した。コバさんとは挨拶をする程度の接点しかないし、愛妻家で有名だ。不倫をするような人物ではない。

 続いて入ってくる人物はなく、扉はゆっくりと閉じた。

 タイムリミットはあっけないほど簡単に過ぎた。

「ほら、来なかっただろ。想いの強さはおれの方が上だって証拠だな」

「事情も知らないで勝手なこと言わないで」

 強気の発言をしたが、沙樹の心はそれとは逆に今にも崩れ落ちそうだ。

 来ない理由は、アンコールで忙しいから。それとも、二度と会わないという無言のメッセージなのか。

「解ったから、少しは落ち着いたらどうだ、おふたりさんよ」

 言い争いになりそうな沙樹と友也を止めたのは和泉だった。

「トミーくん、とりあえず西田を車に乗せた方がいいぞ。あの状況じゃ駅まで歩いて行けないだろ」

 和泉の懸念する通り、あの群衆の中をひとりで横切れば、もみくちゃにされてしまうかもしれない。芸能人でもない沙樹に上手く乗り切る自信はなかった。

「車でじっくり話し合ったらどうだ。今後どうするにせよ、西田が納得しないことには話が進まないだろ」

「解りました。沙樹、とりあえず送るよ。あとのことは道すがら相談しようぜ」



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