七 見えない気持ち
「メリー・クリスマス。ホワイトクリスマスを期待してましたが、秋晴れのような気持ちのいい青空が広がってますね。晴れ男DJトミーがお送りするイブの日の特番、ブチ抜きで午後八時までの十時間、みんなにクリスマス気分をたっぷりとお届けします。まずはオープニングの一曲。リクエストは……」
軽快なクリスマスソングとともに番組がスタートした。
友也のオープニングトークはいつも以上にリズミカルで、リスナーを番組に引き込んでいる。
沙樹はPCの画面から目を放し、DJブースでしゃべっている友也に視線を向けた。今まで見てきた番組の中で、一番の力の入れようだ。十時間続くのに初っ端から全開で、最後まで持つのか不安になる。
朝、局のロビーで偶然顔をあわせたとき、友也は昨夜のことを謝った。いつものおどけて自信たっぷりの態度からは想像できないくらいに、友也は一回り小さく見えた。絶対に許すつもりのない沙樹だったが、あまりの悲愴感に負けて、不本意ではあったが水に流すことにした。
「マジか、ありがてえっ。ああ、よかった。許してもらえて」
友也はつきものが落ちたように笑顔を取り戻し、「じゃあまたあとでなっ」と挨拶すると、デスクに戻る沙樹と別れ、軽やかにスタジオに向かった。
スタート直後から元気いっぱいなのは、それが影響しているのかもしれない。
それに引き換え沙樹は、自分の気持ちに迷いがあることに気づき始めていた。
――無意識のうちにトミーさんのことを考えてるよ。沙樹が気づいてないだけで。
ワタルの指摘が正しいのかすら解らない。だがロビーで友也を見かけたとき、予想したほどの怒りが湧いてこなかったし、許した後の笑顔が嬉しかったのは事実だ。
「西田、リクエストはどんな様子だ?」
「あ、はいっ。えっと……」
余計なことを考えていたせいで、和泉の質問に即答できなかった。
今は何も考えず仕事に集中しよう。沙樹はPCに映し出されるリクエストのチェックに戻った。
豪華なプレゼントの効果もあって、リクエストは普段以上に届き、スタッフの仕事もめまぐるしくなる。多忙な時間は沙樹を仕事に向けさせ、ワタルや友也とのいざこざをしばし忘れさせてくれた。
昼下がりに三十分ほど、曲をメドレーで流す時間になった。その間はDJの休憩時間に当てられる。
DJブースから出てきた友也は、和泉と会話を交わすと、リクエストをチェックしている沙樹を食事に誘ってきた。
「だめだよ。今のうちに午後のコーナーで読むメッセージを選ばないといけないから」
「心配するな。その仕事は和泉さんに頼んでおいたから、沙樹も休憩に入ろうぜ」
友也は沙樹の肩越しにパソコンの画面を覗き込んだ。
「さ、飯食いながら午後の部の打ち合わせしようぜ」
友也は穏やかにノートPCを閉じた。断り切れなかった沙樹は、渋々ながら友也と一緒にカフェテリアに移動した。
沙樹の勤めるFM局は、親会社であるテレビ局のワンフロアを間借りしている。社員食堂やカフェテリアは最上階にあり、遠くまで街が見渡せた。
「オープニングでも言ったけどいい天気だな。ホワイトクリスマスなんて望めそうにないくらい、きれいな青空が広がってる」
友也は窓際に立ち、地上を見下ろしながら話し始めた。
「おや、気の早い。開場時間までまだあるのに、もうファンが集まり始めてるぜ」
「ファンって何の?」
「オーバー・ザ・レインボウだよ。今日あそこのホールでライブがあるんだ。確かツアー最終日のはずだ」
局から電車で一駅離れた場所にコンサートホールがあった。駅からの人の流れはこのフロアからも確認できる。
「そういや沙樹は、彼らと大学時代から知り合いだったよな」
「うん」
「いいバンドだな。時代の流行りに流されずに自分たちのスタイルを貫いてる。おれ、デビュー当時からファンなんだ。特番がなかったらライブに行きたかったぜ」
「そうだね」
沙樹はコンサートホールへ流れる人の列を眺めながら、力なく返事をする。
「どうしたんだよ、今日は。いつもの元気がないじゃねえか」
友也は沙樹の正面に座りながら、左手を顎に当てた。
「そんなことないよ」
「あ、もしかして彼氏と喧嘩したか?」
友也は自分が原因を作ったことを理解した上で、沙樹を挑発している。だがそれに乗る気力もない。
「喧嘩なんて……」
「じゃああれか。彼氏が来るかどうか心配してんのか」
沙樹は首を横に振った。考えるまでもなく、ワタルが来ないことは解っている。
仮にライブがなかったとしても、沙樹との交際を隠さねばならない状況で、姿を見せられるはずがない。
それだけではない。昨夜のことが原因で、ワタルは沙樹を拒絶した。あのあといくら待っても、今日のデートについて電話もメールも入らなかった。そのことが沙樹には「友也について行け」と無言のうちに突き放されているように感じられた。
「まあ、彼氏が来なくても気にすんなよ。そんときゃおれについて来いって」
「彼が来なくても、あたしは友也について行きません」
「そうかたくなに拒否するなって。おれはな、運命の女神が微笑みかけてくれそうな気がしてるんだ」
「女神は微笑みません。あたしが言うんだから間違いないの。しつこいのは嫌いだよ」
「そうかな。満更でもないと……」
沙樹がにらみつけると、友也は言葉を止めて頭をぼりぼりとかいた。
「解った。もう言わない。嫌われるのだけはごめんだから」
友也はちょうど運ばれてきたパスタを食べ始めた。沙樹もサンドイッチをほおばる。食事をしながら交わされる会話は、他愛のないものばかりだ。
ずっとこういう関係を続けたかった。ない物ねだりだと解っていても沙樹はそう思う。気が置けない仲間、同じ目標を持った同士。それがたまたま異性だっただけで、どうしてここまでこじれてしまうのだろう。
「ワム!のラストクリスマスが流れてきたな。そろそろ休憩も終わりか」
スマートフォンで番組の進行をチェックしていた友也は、ポケットからメモを取り出して沙樹の前においた。
「これを四時台の始めに流してくれ。BGMにしてトークを入れるよ」
そう告げると沙樹を残してスタジオに戻った。




