07
『アルファクリア』
『ブラボークリア』
無線機から次々と報告が送られてくる。
俺らは今、村のクリアリングを行っていた。村を襲撃した何者かが近くにいるとは思えないが、念のためだ。
住居だけではなく、村の倉庫、役場などを調べて回るがどれもひどく荒らされている。特に倉庫がひどいことになっていた。
死体の損壊はもっとひどく、剣でめった刺しにされた死体、体中火傷だらけでももがき苦しんであろう死体、首を吊られ広場の大樹にぶら下がっている死体―――
「うぉぉえぇええ・・・・・ッ!」
そんな無残な遺体をまじかで見ていた俺は人目につかない村はずれで吐いていた。
口から出た胃液を手でぬぐい部隊のところまで戻る。
「艦長!姿が見えないから心配しましたよ!」
「すまんちょっと外に出て――――なんでここにいるの?」
本来ここにいるはずのない我が艦の副長――高雄真奈美がニコニコしながら駆け寄ってきた。
しかも、体にはSPCボディーアーマーをつけ、背にはバックパック。手にはM4、髪は短くまとめられておりいざと言う時に邪魔にならないようになっている。
「彼らだけでは、何かあるといけないので私も護衛につかせていただきます」
「いや・・十分な気が・・・」
「いいですよね?」
「いやだから――――」
「いいですよね?」
さらに笑顔を強めながら(得体の知れない何かを含ませながら)迫ってくる。
気圧された俺は頷き返すしかなかった。
少しの間、満足そうな表情を作るとすぐにその笑みを消した。
「2分隊の報告がまとまりましたのでご報告させていただきます」
真奈美はバックパックからタブレットを取り出すとこちら側にむけて画面を差し出す。
「現在、確認された遺体は30人、いずれも男性。建物は4棟が全焼しています。生存者は現在確認できておりません。ただ――」
彼女は不可思議なものを見たとでも言う表情を作る。
「女性の遺体がまったくないのです」
「女性の遺体が無い?焼かれていた死体もか?」
「はい、確認しましたがすべて男性でした」
どういうことだろう。男性が30人もいて女性が一人もいないなんてことがありえるのか?
「・・・・・・・・・彼女達は誘拐されたかもしれません」
真奈美がぽつりとそんな言葉を漏らした。
「誘拐?」
「はい。艦長は奴隷制を知っていますよね?」
近代の歴史を学んでいたら自然と耳にする言葉だ。
かつてアメリカでは奴隷制を存続させるかどうかで北部と南部が争っていた。
「この世界に奴隷制があるかどうかは定かではありませんが、住居付近にある馬車の車輪痕の多さと泥の沈み具合から゛何か゛を運ぼうとしていたのは明らかです」
「ふむ。確かに一理あるな。ネット小説などではよくあるパターンだし・・・・・」
だとしたら急いだほうがいいかもしれない。建物がまだ燃えていたことから察するにまだ遠くには行ってはいない。
ただ、どこに行ったかが問題になる。
「この辺の地形に詳しいのは・・・・メリーだけだけど、今はちょっとなぁ」
彼女は現在、野営地に戻ってもらっている。
彼女があの死体を見たときのストレスが大きすぎると軍医が判断したからだ。今行けば、地形を聞くよりも先に質問攻めにあってしまうかもしれない。そうなってしまえば、貴重な時間が無駄になってしまう。
「となると・・・自力で探すしかないのか―――」
「心配ご無用よ!!」
聞きなれた声に振り向くといままさにヘリから彼女が降りてくるところだった。
「メリー・・・・」
「みんなを助けるために私の力がいるんでしょう!?だったら手伝わせて・・・・・もう、これ以上誰かを失うのは嫌だから・・・・・・」
彼女は目に涙を溜め訴えた。
「必ずしもいい結末で終わるとは限らない・・・・それでも?」
「ええっ!」
彼女は涙を拭うと力強く頷く。
ここまで強い意志を聞かされたのなら断ることはできない。
時間が惜しかった俺は作戦を立てるため、真奈美が差し出した地図の前に向き直った。
数時間後―――
作戦は村から西へ5キロ行ったところにあるとある道で行うことが決まった。
周囲を切り立った崖で囲まれており、たとえ逃亡しようとした時にも即座に逃げ道を塞ぐことができる。
「全部隊位置についたか?」
即座に応答が返ってくる。
『こちらアルファ、デルタ、準備良し』
『こちらシードラゴン。準備良し』
念のため、ヘリにも待機してもらっている。
ところで俺はどこにいるかというと・・・・・
『艦長・・・・やはり危険なのでやめませんか?』
「今更、やめられるわけないだろう。偵察に出したチャーリーの報告によるともう10分もしないうちに奴隷商人たちがここに来るんだから」
奴隷商人たちがくる道のど真ん中で座り込んでいる。
真奈美にはああは言ったが、時間が経つにつれて少しずつ後悔が浮かんできた。
作戦会議中の事を思い出す。
「艦長が囮に!?」
真奈美は両手で口を押え驚愕していた。
「そうだ。普通に待ち伏せてたら、もしかしたらばれてしまうかもしれない。隊員達の潜伏スキルを疑う訳じゃないけど念には念を押したい」
「けど、もっと他に方法が・・・・」
「メリーから聞いた話だと、奴隷の価値ってのは子供の方が上るらしいんだ。しかもちょうど俺ぐらいの歳の子が一番高値だとさ。お前だったら、目の前に金銀財宝があって素通りすることはないだろ?」
メリーがやけに奴隷について詳しいので尋ねてみたら「知り合いに詳しいのがいるのよ」とはぐらかされた。
真奈美は作戦開始直前まで説得したところ最後には折れてくれた。
『あーあーシライ聞こえる?』
隊員から無線を借りているメリーがぎこちない感じで話しかけてきた。
「聞こえるよ」
応答すると、受話器の向こうから動揺が漏れ伝わってきた。
『おおっ!本当に傍にいるかのように聞こえるのね!』
「それより用件を頼むよ」
『さっきから気になってたんだけど・・・・その背負ってる木箱には何が入ってるの?』
今回の俺の設定は、『遭難しかけの醤油売りの少年』だ。(ちなみにこの世界に醤油はないらしい)
当然、設定に添って木箱の中身はすべて醤油だ!
作戦名『ちわっす 三河屋でーす』
それを説明するとメリーは呆れた感じで。
「奇抜な作戦を思いつくわね・・・・」
全世界の醤油売りを敵に回す発言は俺が断じて許さん!喧嘩なら俺が正々堂々と受けて――
『こちらチャーリー。敵がそろそろ作戦地域に入ります。ご準備ください』
その無線を聞いた俺はすぐさま無線機を近くの茂みに隠し所定の位置につく。
しばらくは静寂が支配した。
だが、段々と道の先からランプのようなおぼろけな光と、男性の怒声、女性の痛みに呻く声が聞こえてくるようになる。
俺は右拳を握りしめ、天に向かって突きだし三回回した。
それこそが作戦開始の合図だった。