13
時間は一日巻き戻る。
「道を開けろ!早く!」
いかつい軍艦に乗った水兵が怒鳴り、艦隊の進路を阻む商船や客船を退かそうとする。
だが、もちろん彼らにも商売はある。特に商船なんかは割れ物や、揺らしたらボンッ!となってしまうような危険な魔法道具を運搬しているがためにその行動は遅々として進まない。
水兵たちが急いでいる理由は単純明快。
島々にある監視塔や、航行中の商船から不審な艦隊がこちらに向かって来ているという情報が多数寄せられたためだ。
町ではそれを見て「演習じゃないの?」「演習じゃあんなに急がないわよ」と様々な憶測が飛び交っていた。
それから数十分後、ようやく湾内から出ることが出来た彼らは゛それ゛と遭遇することになる。
色は灰色。島の様に大きく、そして速い。
船の誰もがその姿に驚愕し、恐れを抱いた。
あわや砲撃寸前のところで゛それ゛から声が響いてきた。
メイヤに住んでいるものならば一度は聞いたことがある、澄みそして芯のある女性の声だった。
「味方だ!敵じゃない!砲撃をやめろ!」
船団長はその声に慌てて全船に砲撃中止を通達した。
◇
「再びお会いできて光栄です。てっきり戦死されたものかと思っておりましたぞ」
このでっぷりと太ったいかにもタチの悪い策士のような印象を抱かせる男は頭をかきながら、こちらに砲を向けたことを悪びれる様子もなく言葉を続けた。
「それよりもイザベル殿。お怪我はありませんか?あの得体のしれない連中の船に乗っておりましたが・・・何か奴にされたならお申し付けください。いますぐこの国随一の精鋭があの船を瞬く間に制圧してみせましょう」
後半は自分達を牽制する意図があったのだろう。
男はこちらを一瞥すると、あきらかに不気味そうな視線を送ってくる。
・・・というか制圧するとか言ってなかったか?
もちろん、口には出さない。
ただただ、黙って男の言葉が終わり、イザベルが喋り出すのを待っていた。
数分後、ようやく男の会話が終わった。
「ウルグ殿、貴公もお元気そうでなによりです。それとあなたは港湾管理局の管理官をなされてましたよね?あの方達に停泊させるための許可をとっていただけないでしょうか?」
その言葉に男は歯をむき出しにしながら反対した。
「イザベル殿!あんなどこの馬の骨とも知れぬ連中を港に招き入れるのですか!?もしかしたら゛帝国゛が保有していると噂される魔道団かもしれない!ひっ捕らえるべきです!」
「落ち着いてくださいウルグ殿。私はすでに彼らに一度命を助けられています。それに彼らは村長が交代したことを知らせに来ただけのようですし。数日すれば彼らも去りますよ。もし、妙な素振りをすればその時はその時で」
ウルグと呼ばれた男は煮え切らないような顔をしていたが、最後には承諾した。
イザべラがウルグに気付かれないように後ろ手でピースサインを送ってきた。
こちらも小さく送り返した。
その時、ウルグが唐突に歩き出した。
一瞬、気づかれたかな?と思ったが、どうやら自分たちに用があるのかこちらにツカツカと歩み寄ってきた。
すれ違うようにウルグが横に来て、耳の傍で囁いた。
「お前・・・イザベルには手を出すなよ?あの娘はうちの息子と結ばれるんだ。もし、手を出してみろ。いつでもお前たちの許可を取り消すことができるんだぞ。せいぜい余計な事はしないことだな」
それだけ言うと船と船とを結ぶ連絡橋を渡ってウルグは自分の船へと帰っていった。
「・・・・・・?」
ウルグの真意は分からないが、イザベルと俺との仲が友達以上、恋人未満の関係かと思ったのだろう。
息子と言っていたから、イザベルを取られると解釈したのかもしれなかった。
・・・・まだ会って2時間ちょっとなんだけど・・・・・
ウルグの言葉に困惑を隠せない白井であった。
◇
なんなのだあの若造は!?
豪華な工芸品がずらりと並ぶまるでホテルのような船の中を歩きながら、ウルグは激昂していた。
イザベルの命を助けたまではいい。
しかし、あまつさえ彼女と親しそうに話しているではないか!
息子との縁談を進めている身としてはこれは非常にまずいことだった。
もし、彼女が道を誤りあんな若造と一緒になるようになれば今ままで練り上げてきた計画がすべて水の泡になる事を意味する。
なんとしても止めなければならない。
「お呼びですか?」
一等の船室に戻ったウルグを出迎えたのは細部まで磨かれた銀の鎧に身を包む、青年だった。
「来たか。お前、あの若造を見てどう思う?」
青年は少しも考える素振りも見せず、冷徹に笑って見せた。
「どうって・・・あんな若造に心変わりするほどイザベルさんも愚かではないと思いますが?」
「それはそうだが、万が一と言うこともある」
「まさか、はははは」
ウルグは引出しに閉まってあった上品質の葉巻を取り出し、火をつけた。煙を肺いっぱいに吸い込み吐く。
その葉巻のうまさは大人にしか分からない。
「まあ、いい。もし、妙な兆候があれば・・・・・・」
「・・・・・殺せ、ですよね?」
一見無表情に見える青年の顔だが、その顔はどこか笑っているようにも見えた。つくづく自分でもこんな怪物を育てたと思う。
「では、頼んだぞ゛息子゛よ」
「゛父上゛も葉巻は体に悪いですよ」
それだけ言うと青年は部屋を出た。
後には、煙と冷笑が取り残された。
◇
「い、イザベルお嬢様!!!!」
港に停泊するなり、兵士やら野次馬やらがわんさかと集まってきてたちまち港は大混乱に見舞われた。
そんな人々をかき分けて黒服の若い男性がイザベルの名を呼んだ。
てか、お嬢様?
そんな事を思っていると男性がイザベルの前にたどり着いた。イザベルも少し驚いたような顔をしている。
「な、なんでお前がここにいる?」
「主様からここで帰りを待つように言われました。そんなことよりよくぞ!よくぞお戻りになられました・・・・・私は・・・私はてっきり・・・・・」
そういって男性は涙ぐむ。
そんな男性の肩をイザベルは優しく叩いた。
「こら、執事のお前が泣いちゃいけないっていつも言っているだろう?それよりお父様とお母様は?」
その言葉を聞いて男性は何事も無かったかのように顔を上げる。目元は少し赤かったが。
「お嬢様のことでだいぶショックを受けておられました。早く赴かれた方がよろしいかと」
「そうか・・・分かった馬車を用意してくれ」
「すでに用意してありますよ」
「手際だけはいいな。相変わらず」
そういって互いに笑い合う。
「司令。あの二人本当に仲がよろしいんですね」
いつの間にか横に来ていた真奈美が率直な感想を漏らす。
「ほんとそうだよなぁ・・・恋人みたい」
「けど、恋人未満みたいですよねぇ・・・・」
「だなぁー」
真奈美と会話しているとイザベルがこちらに手を振ってきた。
「おおーい!シライー!お礼がしたいからこっちまで下りて来てくれー!」
いつの間にかタメ口になっていること少し苦笑いを溢しながら行くことにした。
「真奈美、艦のことよろしく頼んだぞ」
「任せてください司令。なにかあったらすぐ知らせてくださいね」
真奈美も空気を読んでくれたのだろう。護衛に一個師団つけるとかを今回は言わず、送り出してくれた。
一応、最低限の装備だけ身に着け連絡橋を下りていく。
こちらに気付いた野次馬からどよめきの声が上がるが無視無視。
「シライ。お礼に食事でもどうかな?ここの事は大丈夫だと思うから」
美女の願いならばどこへでも!
「よろこんで」
ただし、この時の俺はまさかあんなことになるとは思ってなかった。
トマホークを撃つほどの事態になるなんて誰が予測できたのだろうか?