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マナ・バーン  作者: 稗桜晶
1/1

選ばれし召喚士

 プロローグ

 ここは海が近い、美府市と呼ばれる小さな田舎町である。一人の学生がビジネスバ

ックを右肩に引っ掛けて歩いていた。彼の名は出雲学十七歳、最近ここいらに引っ越

して来たばかりの転校生である。

 紺色のブレザーを着用してビシッと決めているが、頭髪は寝癖が所々目立っている。

目つきは鋭く不良みたいな印象であった。

 彼は何食わぬ顔をしながら踏切と渡ろうと踏み出した瞬間、カンカンと鳴り始め、

鉄塔が道を遮られてしまった。

「げっ!、ここで足止めかよ」

 不機嫌に呟く。

(まあいいか、まだ時間あるし)

 時間に余裕があった学は慌てる様子もなく、通れるまで近くのガードレールにもた

れながら辺りを見渡した。

「田舎にしては、結構店とかあるんだな~」

 近くにあるのは古びた食堂や懐かしの駄菓子屋など、都会ではめっきり見なくなっ

たお店ばかりあり、その他はシャッターが閉まっており、寂しい光景にも見える。 

「んん?」

 学は視線を踏切に戻すと、線路の中央に黒い物体がうっすらと見えていた。

「なんだありゃ?、くそっ!見えねえっ」 

 学の視力なら見える角度のはずなのに、見えない。目を擦って見開いて直視するが

やはり正体がわからない。悩んでいるうちに右側の線路から白い急行電車が猛スピー

ドで走って来る。

「マジかよ!」

 焦った学は無我夢中で鞄を投げ捨て、鉄塔を飛び越え黒い物体に接近する。

(こいつは猫か?)

 ようやく姿がはっきりと確認できた学は右腕を下げ、手を伸ばしてベージュ色の毛

並みを生やした生物をわしずかむ。電車はもうすぐ目の前まで迫っている。

(柔らか!)

 掴んだ瞬間、生物であることがはっきりとした学は、走りながら押しつぶさないよ

う胸に抱えて、鉄塔をスライディングで潜り抜けようと目をつむる。

(やべえ、間に合わねえ!)

 学は素早く鉄塔をぎりぎりで潜り抜け、電車の車輪に巻き込まれずに済み。電車は

急ブレーキを響かせながら踏切を通り過ぎていた。学はゆっくりと目を開けて後ろ振

り向いて冷や汗を垂らしていた。

「よ・・・よかった!」

 学は手の甲で汗をぬぐっていると、何かがいないことに気が付いた。先ほどわしず

かんでいた猫らしき動物がいつの間にか、手元からいなくなっていたのである。

「ま・・・まさかな~」

 学はもう一度電車が止まっている踏切に視線を向けた。動物が引かれたような痛々

しい光景はなかった。

「こらー!そこの君!」

 身体を起こして立ち上がる学の元へ、緑の制服を着た駅員が怒鳴って駆け寄ってき

た。

「ダメじゃないか飛び出したら!、危うく大惨事になる所だったんだよ!」

 学は駅員の話を聞こうとせず、辺りを見渡している。

「何をきょろきょろしている!」

「なあおっさん。白っぽい毛の猫を見かけなかったか?」

「猫?」

 駅員は首をかしげていた。踏切の辺りは近所の人だかりが集まっており、学が言う

白い猫の姿は何処にもなかった。不審に思った駅員は注意を呼び掛ける。

「何を言ってるんだね君は、幽霊でも見たんなら、近所の山に神社があるから清めて

もらった方がいいぞ~」

 学はムスーとした表情で駅員を睨んでいると、人だかりの中から警官らしき制服を

着た男二人が、学の元へとやってきていた。

「君学生だね。事情は所で聴くから、早くパトカーに!」

 慌ただしく学の腕を引っ張る警官。

「引っ張るなって、俺はこれから登校なんだぞっ!」

 学の話に聴く耳を持たず、無理やりパトカーの後ろ席に乗せられてしまい、連行さ

れて行くのであった。その一部始終を電信柱の陰から、一人の黒髪の少女が小さく頷

いて呟く。

「間違えないわ」 


  1


 踏切での一件の後、学は警視庁へ連行され事実をありのままに話した。もちろんの

こと学の話を、信じる警官はいなかった。なんだかんだ言いながらも警官たちはすん

なりと解放してくれるのであった。

 学の転校初日は、午前十時くらいになってしまった。学はクラス担当の教師に事

情を話して、許しを得た。

 それから教室に入り、クラスの全生徒に自己紹介を軽く済まして、しれっと自分の

席に座り込んだ学であった。



 四時限目のお昼時、学は窓際席に座り込んだまま暇そうに空を眺めていた。窓の景

色ちりばめられた雲と青い空、何処にでもある光景である。

 転校初日だというのに、出雲学に話しかけてくる生徒は一人もいなかった。これは

学にとっては日常茶飯事である。

 彼は小さい頃から両親の都合で転校が頻繁であり、当然ながら親友と呼べる同級生

はほとんどいなかった。母親はすでに他界して、父と二人暮らしであった。ところが

現在は、父の再婚相手の出雲幸恵という義理の母の家に住んでいる。さらに幸恵には

一人娘がいた。名前は美幸である。

 本来なら大喜びしそうな展開ではあるが、学にとっては厳しい環境であった。その

理由は、学が女性恐怖症という異常体質持ちであることだ。何故このような体質にな

ってしまったのかは今のところ不明である。

 お昼休みの教室は多くの生徒たちが出ていく様子があった。

「ねーねー、一緒にお昼食べようよ!」

「サンセー何処で食べる?」

「屋上行こうよ」

 学の近くで女子高生たちがカラフルな弁当の包みを持ちながらはしゃいでいた。学

は少し視線を向けていたが、気づかれないようにそっぽを向く。

「いこいコー!」

 女子たちが騒ぎながら教室を出て行く。学は昼飯を食べる様子もなくただただ空を

見ていた。そんな彼の元に、人らしき影が迫って声を掛けてくる。

「出雲学君って呼べばいいかしら?」 

 外を見ている学は一瞬ビクッと震わせる。そおっと声のした方向へ顔を向けると黒

髪の少女、紺のブレザーを着用した女子高生が真剣な表情で見下ろしていた。

「なっ!、なんだよいきなり・・・」

 学は突然の出来事に冷や汗が流れ出る。さらに教室に残っている生徒たちが一斉に

ヒソヒソとささやきながら学と女子に視線を向ける。

「おい・・おい見ろよ。あの高宮が声を掛けるなんて・・」

「マジかよ。あんな態度、オレんときは見せねえのに、何者なんだあの新入りは・・」

「今日は雪でも降りそうだわ」

 黒髪の少女はブラウンの瞳を輝かせながら話しかける。

「出雲学君。ちょっといいかしら」

「えっ!?」

 そう言い残すと後ろに振り返、教室のドアへと歩いて立ち止まると、振り向いて学

に{ついてきて}とアイコンタクトする素振りで教室を出て行った。学は浮かない表

情をしながらも少女の後をついていく。



 高宮と呼ばれる少女の招きに誘われ、学は校舎裏へとやってきた。

「よし、ここなら大丈夫ね」

 高宮はキョロキョロと辺りを見回して、人気がないことを確かめた。一息つけると

高宮は学に視線を向ける。学はきょとんと考え込む。

(こんなところで何を話そうってんだ。まさか・・・ダイナミック告白?)

「単刀直入に言うわ。学君」

「待ってくれ。いきなりそういうのは勘弁してくれ?」

「へっ?」

 学は焦った様子で両手を水平に上げて前かがみになった。高宮は唖然とする。

「あなた何言ってるの?」

「だから、いきなり付き合うのは勘弁してくれってことだっ!」

 高宮は不機嫌な視線で学を睨みながら話す。

「誰も付き合えとは言ってないわよ」

「なんだ?。違うのか?」

 きょとんとする学はすぐさま表情をこわばせる。

「当り前よ。どこのせっかちな少女漫画でも、あるわけないでしょうそんな神展開」

「だよな~。ハハハハハ」

 学は苦笑いをしながら誤魔化す。高宮は表情一つ変えず話を進める。

「出雲学!。召喚士になりなさい!」

「はへっ?」

 高宮の一言に学は、一瞬凍り付いた。

「すまん。もう一回言ってくれ」

「召喚士になりなさいって言ったのよ!」

「しょ・・・召喚士ね。・・・は・・ははは、まさにこれが神展開というやつだな。

はっはっはっ・・・」

 学は気の抜けた表情をして、その場を立ち去ろうと振り返る。

「じゃあの!」

「待ちなさい!」

 走ろうと身構える瞬間、高宮の右手が学の左肩をわしずかむ。

「さっ!さわんな!。俺は女と獣がきれえなんだよ!」

 学は急いで高宮の手を右手で素早く払いのけて、彼女に体を向けた。

「治ってないのね」

「何がだよっ!」

 学は鋭い目つきで高宮を睨む。高宮は両目をつむって背を向ける。

「何でもないわよ」

「たくっ、変な女だなお前は」

「お前じゃない。高宮紗砂という名前があるのよ」

 学はうっすらと鼻で笑う。

「フッ!。名前も変だな」

「あなたが召喚士の素質があることは、すでに確認済みよ」

「話を変えんな!」

 高宮は少し歩き出し、木の下のレンガに腰を下ろし、学を見上げる。

「あなたが踏切で何かを助けようと、飛び出したことをね」

「何っ!」

 学は一瞬ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あそこには精霊がいたのよ」

「精霊だって?、いや・・何も見てねえぞ!。俺はただ・・」

「それじゃあこれは見える?」

 高宮は右手を垂直に上げた。学はつられて視線を向けると青白い毛並みをした犬か

狼に似た獣が彼女の手元に鼻を摺り寄せている。体長は高宮よりは一.五倍小さいが

平均のゴールデンレトリバー並みの大きさに匹敵する規模であった。

「周りの生徒たちには見えてないわ。精霊が見えるのは召喚士とその素質を持つもの

だけよ」

 学は動揺しながらも質問する。

「つまりあんたは召喚士なのか?」

「そうよ。そしてこの子は加賀斗、私のかけがえのない親友」

 加賀斗は首筋を撫でられ、気持ちよさそうにうっとりとしていた。学は辺りに視線

をむけるが、誰一人ここに犬がいることが見えていない様子であった。

「守護霊みたいな奴だな」

 高宮はゆっくりと立ち上がる。

「そうとも言うわね。触ってみる?」

「いやっ、結構だ。言ったろ、俺は女と獣が嫌いだってよ」

 学は冷や汗を垂らしながら話を進める。

「それで、俺を召喚士にさせてどうしよってんだ?。召喚士になる方法は?」

 高宮は真剣な表情で話す。

「質問が多いわね。まあいいわ。別に強制はしないわ。でもね、これだけは言ってお

くわ。ならないときっと後悔することになるわよ」

「後悔だぁ?。フン、そんなものとっくになっとるわい!。馬鹿馬鹿しい!」

 学は呆れた顔で開き直り校内へと歩き出した。

「学君、召喚士のことが知りたいなら来なさい。いつでも歓迎するわ。後悔してから

じゃ遅いのよ」

 学は振り向きもせず、両手をポケットに突っ込んでやさぐれ気味に帰って行ったの

であった。


 2

 

 高宮から空想科学な話を聞かされうんざりしていた学は、ひたすら廊下をズタズタ

と歩いていた。開けっ放しの教室に入ろうとしたその時であった。正面の廊下からラ

ガーマンのごとくガチムチな、ボディービルダー集団がやってきて、学の目の前で立

ち止まる。

(なんだこいつらは?)

 学がポカーンと口を開いて眺めていると、赤と白のツートンカラーに背番号2を付

けた人一倍大柄なしゃくれ顎の男が声を掛けてくる。

「お前がギズモ七部とかいう奴だな?」

(ギズモ?。俺はグレムリンか?)

「ギズモではありません。出雲学ですよキャプテン・・・」

 隣にいるボーズ頭の男が小声でささやき、ひじをつつきながらフォローした。しゃ

くれ顎は間違えたことに気が付き、軽く会釈する。

「そ・・そうだったな。すまん!」

「そいで、俺になんか用か?」学は不機嫌そうに睨みつけて問いかけた。

「貴様、更衣室から体操着を盗んだそうだな」

「へ?」

 学は首をかしげると、しゃくれ顎は急に怒鳴り散らしてくる。

「とぼけんな!。目撃証言が出てんだよっ!」

 しゃくれ顎の背後にいたスキンヘッドの男も、腕を立てながら割り込む。

「オレらはな、盗人をとっちめるためにここへ来たんだ。痛い目をみたくねえなら、

大人しく物を出しやがれっ!」

 学は冷や汗を垂らしながら動揺する。

「勝手な言いがかり付けないでくださいよ。俺何もやってないッスよ・・」

「そこまで責任感があるのでしたら、是非とも自主するのが身のためですわよ」

「貴川会長!」

 ラグビー部の連中は、道を作るように並び始めた。道の先から、銀髪のロングヘア

をなびかせながら一人の女子高生が歩いて来た。何故か白いブレザー姿でどこかのお

嬢様のように、すらっとしたプロポーションであり、身長もおそらく百七十センチメ

ートルはある長身だった。

「ごきげんよう。出雲学さん」

「なんだよアンタ」

 凛々しく挨拶した彼女に対して、学は厄介そうに彼女を睨みつけて疑問を投げつけ

る。すると彼女の左右にいたラグビー部の男たちが文句を言い出す。

「おい貴様、口の聞き方には気をつけた方がいいぞ」

「そうだ!。ここにいる方をどなたと心得るか!」

「史上生徒会の新会長、貴川良子様で在らせられるぞ」

 ウィ~ン♪と何処からともなく貴川と呼ばれる女子の横から、秘書らしきメガネの

少女が現れ、古いラジカセのスイッチを入れて、音楽を流し始めた。

 その光景はまるで、水戸何とかの時代劇のような展開を思わせる感じであった。

「会長の御前だぞ。控えろう!」

 しゃくれ顎が偉そうに呼びかけるが、学は棒立ちしたままであった。

「・・・この後どうしろと?」

 頭を下げる様子もない学を見て、ラグビー部の一人が彼のネクタイに掴みがかる。

「き・・貴様!、頭が高いぞ。こういうときはとりあえず頭を下げるのが礼儀だろう

がよぉ!!」

「そこのあなたも高いですわよ」

「あっ!」

 ラグビー部は全員座り込んで頭をさげていた。怒鳴り散らしている一人も急いでそ

の場にしゃがみこんで頭を下げる。

「おうおう。ご苦労なことだ」

 学は転々として、周りに視線を向けてズボンに手を突っ込んだ。貴川は学のそっけ

ない態度を見て、両腕を組んでうっすらと笑みを見せる。

「面白いですわね。生徒会長相手に、恐怖を感じないとは大した度胸ですわね。それ

ともただの、投げやりなだけかしら?」

「・・・・・」

 この時、学は無表情のまま気絶していたのである。貴川は彼が気絶しているとは思

いもよらなかった。ラグビーのしゃくれ顎が突然貴川に話しかける。

「会長!、今こそこの愚か者めに、鉄建制裁を与える許可をくださいまし」

(姫かよ・・)と隣のボーズが心の声で突っ込みを入れる。

「よいでしょう。ですが場所を移しましょう。ここは生徒たちの憩いの学び舎、争う

場所ではありませんことよ」

 貴川はしゃくれ顎を見下ろして答えた。

「ラグビー部のみなさん。その者を連れて行きなさい!」

 貴川は参謀みたいに手を学に添えて命令を下すと、ラグビー部の連中は立ち上がり

学を取り押さえようと歩み出した。その時であった。

「な・・なんですの?」

 突然、ラグビー部の男たちの足元に、青白い火の玉がクネクネと動き回っている。

「うわ・・・、一体何が起きてんだ!」

「わからねえ。誰かが、俺の尻に、アッー!」

 ラグビー部の連中は混乱状態で身動きが取れない。学はフと意識が戻り目の前の異

様な光景に呆然としていた。

(あいつらなにやってんだ?。俺が気を失っている間に何が起きてたんだ?)

「学君、こっちよ!」

 手首を誰かに掴まれた学は、焦りながら振り返ると高宮が走り出す体制で立ってい

た。

「高宮っ!どうなってんだ!」

 高宮は学の腕を引っ張りながら、二人はその場を立ち去った。

「コラー!。まだ話は終わってませんわよ!キャッ!」

 貴川も足をすくわれて倒れ込んでしまっていた。



 綾南学園の隣に聳え立つ、中等部の裏路地へ連れて来られる学は、高宮の手を素早

く振りほどいた。

「離せっ!」

「少しは感謝なさい。加賀斗が助けに入らなかったらエラい目に会ってたわよ」

 高宮はムスーとした目で学を見ながら話す。

「助けてくれと頼んだ覚えはねえからなっ!」

「あらそう。それは余計なことしたみたいで悪かったわ。でもそんなこと言っている

場合じゃない」

「どういう意味だっ?」

 学は頭をかきながら質問した。高宮は視線を逸らしてどこかを見ながら訳を話す。

「とある男が、あなたの名を語って悪さをしているわ」

「悪さ?。そういうやさっき更衣室で体操着を盗んだ~とか、訴えてきたな」

「体操着出しなさいよ」

「よく見ろよ。体操着を持ってるように見えるか!?」

「ブレザーの下に着てる可能性もあるじゃない」

「着てねーよ!」

 学は手を付けてないと主張する。半信半疑に疑っていた高宮は、茶化すように話を

戻した。

「冗談はさておき、学君を語った犯人から、体操着を取り戻しに行きましょう」

「行くってどこに?」

「盗んだ犯人よ。まだそう遠くは行っていないはずよ。今から行けば捕まえられるわ。

大丈夫、加賀斗が匂いでマーキングしておいてあるから」

「フーン」

 学はやる気のない返事をした。

「何よその反応は?」

「俺の名を語って盗みをした奴ってどんな奴なんだろうかな~って思ってな」

「会ってみればわかるわよ。早く!」

 高宮は路地裏を出て走り出した。学は渋々と文句を言いながらも追う。

(少しは俺の話を聞けってのっ!)

 


 緑あふれる森の中へとやってきた学と高宮は、犯人を捜していた。辺りは落ち葉が

山々に積み重なっており、あまり人が通る道ではなく木の根だらけの薄暗く険しいと、

ころであった。

「こんなムシムシしたところに犯人は逃げん出来たのか?」

 二人は木の根を飛び越えながらなんとか進んでいた。高宮は少し歩くと何かを拾い

上げて学に手渡す。

「こんなの拾ったわ」

「何だこりゃ?。覆面ふくめんか?」

 手に持っていた物は、茶色の紙袋に黒のマジックで誰かの似顔絵が描かれてあった。

「おそらく犯人が被っていたものでしょうね。この後ろに出雲学って書いてあるわよ」

「はっ!?」

 高宮は平然と言うと、学はイラっと顔を強張せる。

「それってどういう意味だ?」

「よく見てよこの似顔絵、どう見たって学君以外にしか見えないわよ」

「嘘つけ!。お前の目は節穴か!」

 学は突きつける紙袋に指をつついて怒鳴る。

「ふざげろっ!。どう見たって別顔だろうがよ!」

「第一発見者が、そう見えたんじゃないの。口コミが空回りになって学君の顔つきに

結びついたというわけね」

「お前も冷静に推理してんじゃねーよ。どう見えたら俺になるんだよっ!」

「少しは黙りなさい。犯人に気づかれるでしょ」

 高宮は指を立てて、学に黙るように促す。

「おまえなっ!。好き勝手言いやがって・・・」

 その時、森の奥でカサカサと音がした。高宮は学に視線を逸らして音がした方へと

身を下げて小走りする。木の陰に隠れると、学に顔を向けて手招きして促した。

(たくっ・・・・)

 学は高宮を睨みつけながらも隣の木に身を潜める。

「今度はなんだ?」

「あれを見て」

 高宮が草むらの奥を人差し指で示した。その先には、薄暗い中にうごめくデカい影

が立っていた。学は目を凝らして影を直視する。

「何だよあれは?」

 よく見るとその影はこっちに背中を向けている。肌を露出したようなベージュ色に

甲冑みたいなプロテクトを胴体や頭につけておる。まるでファンタジーに出てくるモ

ンスターみたく、醜い姿をしていた。

「きっ・・きもっ!」

 学は思わず声に出てしまった。モンスターみたいな影は奇声を上げて学に体をゆっ

くりと向けてきた。学は愕然としてしまい、汗が流れ出る。

「な・・・なんなんだこいつはっ!」

 肉質の厚い体質、顔はブタやイノシシの鼻であり、あきらかに人間ではなかった。

「ヴビビィィィィ!」

「しまった気づかれたっ!」

 高宮は危険を察知して、学の腕を掴んで来た道を走り出した。

「おいっ!。なんだよあれ」

「オークよ。精霊とは相反する存在、魔物の類よ」

「魔物?。なんだよそれ」

 高宮に引っ張られながら森の中を走らされる学は問いかけた。

「邪悪な力を宿した精獣よ。召喚士はそれを魔物と呼んでいるわ」

 森を抜けて、雑草が生い茂る草原へと非難する高宮たちだが、前方にボーン!と爆

発音と同時に土砂が舞い上がり、地中からさっきのオークが斧を振り上げて飛び出し

てきた。

「ヴヒッィイ!」

「くっ!」

「穴を掘ってきたのかよ」

「仕方ない。加賀斗っ!」

 焦る高宮は、学の右腕を両手で掴んだ。

「痛てっ何だぁっ!」

「少し下がってて!」

「うわっ!」

 学は背負い投げのように後ろへと宙に投げ出され、地面に落ちると尻を撫でながら

うずくまっている。

「いきなり何しやがるっ!」

 高宮はオークの方に視線を向けると、左手を垂直に上げる。すると青白い霊体が左

腕に絡みついて細長い、青の弓の形へと変化した。高宮は弓を手に取り、右手に矢を

持っていないのに引く構えをとった。

(弓?。矢もってねーぞっ!)

「ヴヒッ?」

 オークが様子を伺っていた。高宮は矢を構えていないにも関わらず、弓の弦(つる

)を引っ張り、怪物に向けて離すとバヒューと突風のような竜巻が弾丸のように放た

れオークの胴体に直撃する。

「ヴフゥウイイイ・・・!」

 奇声を上げながら獣人は斧を手放してその場に仰向けに倒れ込んだ。高宮は一息つ

けると弓を持ったまま左腕を下ろして、座り込んでいる学のところへと歩み寄った。

「もう大丈夫よ」

「けつがいてえぞ。つーか何なんだよその物騒なもんは?」

「これはバーン(憑依)と呼ばれている現象よ。魔法的な力を持たない召喚士は、精

霊の力を借りないと戦えないのよ。精霊は武器や道具に変身することで、召喚士に力

を与えてくれたり、手伝いをしてくれるのよ」

「お前が持ってる弓も、精霊のお陰ってことか?」

「そうなるわね」

 学は自分で立ち上がり、疑問を言う。

「ふーん。その力があるなら俺が召喚士になる意味なんてねえーじゃんか」

「意味はあるわ。学君はまだ気づいていないだけよ」

 学は鋭い視線で高宮を睨んでいた。しかし、学は妙な違和感に気が付いた。それは

高宮の背後に黒い影が起き上がってきたことであった。

「っ!?」

「どうしたの?・・・まっ!」

 高宮は目を丸くして後ろを振り返ろうとすると、さっきまで倒れていた獣人が斧を

振り下ろそうとすでに構えていた。

「しまったっ!」

 高宮はとっさに弓を持ち上げて、頭上に下してくる斧の刃を間一髪とめるが、オー

クは太い足でローキックをかまし、高宮は吹き飛ばされてしまった。

「きゃあっ!」

 衝撃で弓は遠くへ投げ出され無防備の状態である。オークはうねり声を上げながら

高宮に近づいてくる。

「高宮早く逃げろ!」

「ヴフィッ!」

 オークが後ろを振り返ると、木の棒で反撃しようと学が汗だくになりながら立って

いた。

「何やってるの学君。危険よ!」

「んなことはわかってる。俺はただ罪を擦り付けたこの豚野郎に一発ぶちかましたい

だけだっ!」

「ヴヒィイイッッ!」

 オーグは斧を垂直に振り上げて木の棒を一瞬で切り離した。

「うわっ!」

 学はひるんでしまい、その場に座り込んでしまった。オークは学の目の前へと近づ

き、斧を振り上げた。絶体絶命である。

「やめてっ!!」

 高宮の叫びも虚しいく、オークは今にも振り下ろそうとしている。

(ちっ!、こんなことになるんなら、最初っから高宮に関わらなければよかったぜ・

・・。こんな豚野郎に殺されちまうなんて、情けねえ話だぜっ・・)

 学はあきらめてしまったのか、逃げようとせず両目をつむった、その時であった。

「ヴッイ!?」

 学は暗い中、何かが目の前にやってきて、オークを攻撃しているようなドスーンッ!

と衝突音が耳に入った。

(何だ今の音は?)

 目を見開くとそこには、一匹の子猫がオークの前に立っていた。

「猫?」

「ニャ~ンッ!」

 猫は学に顔を向けてきた。毛並みは白と茶色のオリエンタルタイプ、シャムと呼ば

れている種類の子猫であった。

「さっきのはお前がやったのか?」

「にゃああ~」

 猫は何故か嬉しそうに鳴いていると、立ち上がる学の右足にすり寄ってきた。

「何だよお前は、危険だからどっか行ってろ!」

「にゃっ!」

 猫は突然光だし、学の右手に絡みついてきた。学は驚いて右腕をブラブラと揺らす。

「うわっ!。猫が粒子になって俺の右手に・・・やめろっ!何だよこれっ!」

 遠くで見ている高宮は目を丸くして眺めていた。オークは後ずさりしてビビってい

る。

「まさか・・・あの猫・・・精獣?」

「おいっ!。高宮これはなんだっ!」

 粒子は形を変えて、赤い穴の開いたグローブに変化し、学の右腕に装着されていた。

学は唖然としてグローブに触れて確かめる。

「グローブ?。なんだよこのヴィジュアル系でだっせえデザインは?」

「ヴフィイイ!」

 グローブをいじっていると、オークはまた奇声を上げて学に斧を振りかざして襲っ

てくる。

「学君っ!早くそのグローブで攻撃して!」

「攻撃?。パンチすりゃあいいのか?」

 学は混乱して動こうとしていない。そうしている間にもオークは斧を斜めに振り上

げて斬りかかっていた。

「くそっ!。こうなりゃヤケだっ!!」

 学は姿勢を下げて、オークの懐に潜り込み死角となった横っ腹の甲冑に両目をつむ

って右アッパーを食らわせる。

 ゴツンッ!

「ヴフィイイイ!」

 獣人は構えたまま動きが止まり、パンチを直撃したところから徐々に黒く灰となっ

て、やがてオーク自身は地理となり跡形もなく消え去ったのである。

「やっやったのか?」

 片目を開いて確認すると、目の前には何も立っておらず奥に高宮が驚いて立ってい

るだけであった。

(出雲学・・・。やっぱり本物の召喚士だわ・・・)



 3 


 翌朝、学は転校初日で起きた出来事を、家族に一切話さず、家の庭で黙々と中古で

購入した二輪車のオートバイを整備していた。

(やっぱ、バイクの整備は落ち着くぜぇ・・)

 学は黒髪の寝ぐせを整え、Yシャツ姿で庭にいた。それを見てみっともなく思った

のか一人の少女が歩いて声を掛ける。

「あんちゃん少しは、挨拶くらいしてよ」

「・・・・」

 学は不機嫌そうにゆっくりと後ろに視線を向けると、義理妹の出雲美幸みゆき

が腰に両手を当てて偉そうに立っていた。黒緑に染まったツインテールに結ばれたロ

ングヘアに、着ているセーラー服は白と水色のカラーリングでとてもさわやかである。

 目つきは少し釣り目気味であった。

「馴れ馴れしく話しかけんな」

 そう言うと学はまたバイクに視線を戻す。

「むむむ・・・」(なによ。他人のフリしちゃって、せっかく人が話かけてあげたの

にさっ!)

 美幸はほっぺを膨らませて学を睨んだ。すると美幸の足元からシャム猫がすり寄っ

てきた。

「にゃ~ん?」

 美幸は苦笑いを猫見せながらしながら抱きかかえて持ち上げて言う。

「拾い主さんは無愛想な人で怖かったでしょう~。私が代わりに可愛がってあげるか

らね~」

「にゃあ~ん♪」

 美幸は猫の首筋を撫でながら家に戻っていく。途中学の方を見てベーと舌を出して

家に入って行った。学はバイクのエンジンを鳴らして調整していた。

(俺は女が嫌いだ。だからこの家にいたくねえ。早いとこ安いアパート見つけて、ぜ

っていここから出て行ってやる!)

 学は密かに野心を抱きながら、学校に行く準備を済ませ少し早めに出ることにした。



 転校初日も本来はバイクで行く予定ではあったのだが、学園内の駐輪場は少ないこ

とや、二輪車や車での駐車は緊急時以外は禁止されている。そのため、道中有料の駐

輪場に駐車して、そこからは徒歩になっている。

 学は昨日と同じように駐輪場でバイクを置いて、出ると道端に見覚えのある人物が

立っていた。

「おはよう!待っていたわよ。学君!」

「ゲッ!」

 高宮であった。学は知らん顔をしながら反対方向へ歩き出そうとすると、素早い動

きで回り込まれ、道をふさがれる。

「何処に行くの?。学校はそっちじゃないわよ」

「知ってるわ。お前こそ随分早い登校じゃねーか、日直か?」

 学は睨みつけながら高宮を威嚇する。

「そうじゃないわよ。待ち伏せしてたのよ。駐輪場でね」

(ちっ、いつの間に情報が洩れちまったんだ・・。よりにもよって高宮に)

「それで、要件はなんだっ・・」

「会わせたい人がいてね。そうよね先生?・・」

 高宮が学の背後に向かって呼びかけた。学は体を横にして視線を向けるが誰もいな

かった。学は唖然として小馬鹿にするように言い放つ。

「お前誰に話しかけてんだ?。また精霊か?」

「違うわよ。おかしいわね。さっきまでいたのに・・・あっ!」

 高宮は何かを発見して声を上げた。視線の先は電信柱でその陰から誰かが顔を覗か

せていた。

「あ・・あの~」

「なんでそこに隠れてるんですかっ!」

 柱に隠れているのは丸メガネをかけた女性であり、ひ弱そうに喋っている。

「そ・・そんなこと言われても・・・」

「もう、よくそんなんで教師になれましたよね」

「何の話だ?」

「いいから早く出てきてくださいよ。先生が言ったんじゃないですか!」

「は・・はいっ」

 女性はゆっくりと姿を現した。見た目は美幸みたいな緑色のショートヘアであり、

寝ぐせっぽく髪の先端は所々ハネていた。灰色の上下スーツなのだが、なぜか赤黒黄

の三色模様のベルトを巻いている。まるで蛇に巻き付かれているようである。

「ど・・どうも、巳田刹那と申します。現在は綾南高校の教師をやっております・・」

「お・・おう」(なんかヘビ巻いてるように見えるぞ・・・)

 学は何となく会釈する。二人の反応を伺って苛立ちを見せてぐちをもらす高宮は話

をまとめる。

「ああもう、イライラするわね~。本題に入るわよ!」

「何だよ高宮」

「今から畑に行くわよ」

「はっ?」

 学は嫌そうに声を出した。

「こっちよ」

 近づいて学の腕をつかもうとする高宮の手を、払いのける。

「触んな!。これから学校だろ!」

「まだ一時間半もあるじゃない。少しは付き合いなさい」

「んなこと言われてもよ~」

「どうせ今学校行っても、ロクに勉強なんてしないでしょ」

「お・・・お前な、ストレートに言わなくたって」

 高宮は偉そうに腰に手を当てて笑みを浮かべて話す。

「図星なんでしょ。なら別にいいわよね」

「わかったよ。少しだけだぞ」(くそっ!。こんな所で出くわすなんて、コンビニと

かで時間潰しとけばよかったぜ・・・)

 学は渋々と高宮たちの用事に付き合うため、畑へと行くことになってしまった。



 高宮と巳田刹那に連れられ、商店街を抜けると、そこは東京ドームの敷地くらい広

い緑一色の畑にたどり着く。学は広大な畑を見て口を半開きして見とれてしまった。

「ほぉう。結構広いんだな~。池は濁っているように見えるが案外綺麗なんだな」

「あれは池じゃなくて、水稲すいとうって言うのよ。それとおじさんの畑はこっ

ちだから、まだ歩くわよ」

「まだ先か?」

「もう息が切れたの?、運動不足ね」

「うっせえ」

 学が愚痴っている間に到着した場所は、キュウリやトマトなどが栽培しているビニ

ールハウスと、木製の三角屋根と椅子が設置されてる公園とかにある、小さな休憩所

と木々が並ぶちょっと殺風景な所であった。

「ここがそうか?」

「おじさーん!」

 高宮が声を上げると、ビニールハウスの入り口からチャックが上がる。すると中か

ら全身ジャージ姿の八十代前後に見える老人が、姿を現した。

「おおスナ、連れてきてくれたようじゃな」

 老人は学たちを見て片手を上げて挨拶する。薄い白髪をヒラヒラさせながら休憩所

へと歩く。学は小声で巳田に話しかける。

「何なんだこのじじいは?」

「出雲君失礼ですよ。この方は召喚士の師匠なんです」

「あのじじいが?」

 老人は椅子に腰かけると同時に、また学たちに視線を向けると一言告げる。

「聞こえとるぞ」

「し・・・失礼しました。彼は少々やさぐれ者で・・・」

 巳田は冷や汗を垂らして、ペコペコと頭を下げた。老人はハッハッハッと軽く笑っ

ていた。

「気にすることはないぞ。あいつも似たような性格じゃったからのう」

「あいつ?」

 学は首をかしげる。



 高宮はこれまでの出来事を話しながら、休憩所に座って叔父と向き合っていた。学

は少し離れて背を向けて立っている。巳田は一足先に学校へと出勤して行った。

「なるほど、それでワシの所へか」

 叔父は両手を組んで目を閉じて頷いていた。

「ええ、だから学君に、召喚士としての特訓メニューを作ってほしいの」

「はっ!」

 背を向けていた学は、振り向いてチラつくように怒鳴り始める。

「何言ってんだっ!。俺はそんな話聞いてねえぞ!」

「当然よ。先に言ったらどうせ逃げると思ったからよ」

 高宮は真剣な表情で学に視線を向けて言った。

「冗談じゃねー。俺は学校行くぞっ!」

 学は両肩を上げてチンピラっぽく休憩所を離れようと歩き出すと、叔父が立ち上が

り話しかける。

「まあ待て、お前さんはまぎれもなく召喚士の息子じゃよ」

 学はピクリと歩くのを止める。

「お前さんの母親も同じように、最初はやる気はなかったのじゃよ。実の母親、出雲

マナはな」

 学は睨みつけるように叔父を睨んだ。

「おふくろは関係ねえだろっ・・・」

「関係はあるぞ。お前さんの母親も召喚士じゃった。実力に目覚めた有能な召喚士じ

ゃったよ」

「過去形?。今その人はどうしてるの?」

 高宮も目を丸くして立ち上がって問いかけた。学は背を向けたまま批判する。

「関係ねえ話だ」

「亡くなったのじゃろ。震災で」

 叔父の一言で、高宮は言葉を失ってしまった。すると学はゆっくりと振り返り叔父

を睨みつけた。

「知ってんのかじじぃ・・・」

「知りたいのう?。ならば、ワシの作った特訓メニューをこなしてみろ」

「・・・避けては通れねえようだな」

「もちろんじゃ」

 睨み合う学と叔父を静かに見つめる高宮は、浮かない表情をしていた。



 開始から三十分、学は渋々と表情をしながら畑のど真ん中に立っていた。しかも両

手にバケツ一杯の水を持たされている。、

「おっさん・・・。これのどこが特訓メニューなんだ?。どう見ても罰ゲームとしか

思えねえんだが・・・」

「ただの気のせいじゃ」

「嘘つけっ!」

 学は偉そうに言う叔父と高宮を睨みつけて怒鳴り散らした。

「冗談じゃねえぞ。このバケツお前らに吹っ掛けたくなったぞ」

辛抱しんぼうなさい。これも召喚士になるための試練なのよ」

「俺はおふくろのことが知りたいだけだっ!」

「なぜそうまでして、知りたがるのじゃ?」

 叔父は途端に真剣な目で学に問いかけた。学は少し動揺したが、すぐに表情を戻し

て素直に答える。。

「おふくろは、いい加減で自分勝手な性格だが、誰かを助けるためならばボロボロに

なることも平気でやってみせる。G並みの生命力はあると親父は言っていた」

「そうか」

 叔父はただ頷いて聞いていた。すると懐中時計を見ながら高宮が口を開く。

「会話中悪いんだけど、そろそろバケツ下してもいいわよ」

「ふぅ・やっとおわりか」

 学はゆっくりとバケツを下し、辛そうな表情でストレッチするみたく、両腕を交互

に回し始める。

「残念じゃが、死因はよく知らん。知っているのは召喚士であることだけじゃ」

 叔父が残念そうに言うと、学は騙されたと思いまた睨みつけた。開き直ったのか学

は目を逸らして頭をかいて言う。

「まあ、そんなことだろうと思ってたけどな。あえてのってやっただけだ」

「召喚士に興味を抱いたのか?」

「それはねえな。非科学的なことは信じねえ。なんなら召喚とかやって見せようか?」

「やんなさい」

 高宮が学に近づいて、B5サイズの用紙を差し出してきた。用紙には日本語ではな

い意味不な文字が、魔法陣のように書かれていた。

「なんだよこれ」

「いいから受け取りなさい。今から召喚の儀をやるのよ」

「召喚の儀?」

 学はやる気のない感じで用紙を手に取った。

「やり方は簡単よ。左手に用紙を表にして、右手を上から重ねるようにして叩くのよ」

「そんなんでいいのか?」

「いいのよ。やんなさい」

 学は眉を潜めて、言われたとおりに手と手を重ね合わて叩いた。しかし何も起こら

ない。学は呆れ顔で高宮に視線を向けて訴える。

「ほらな。なんも起きねえよ」

 高宮は右のもみ上げを撫でながらちょっと偉そうに言う。

「ちゃんと精霊をイメージしながらやらないと、出るものも出ないわよ」

「イメージったって・・・」

 学は渋々ともう一度手と手を合わせる体制に入った。今度は脳内でイメージしなが

ら用紙を叩いた。

(ヤベッ!。あの猫をイメージしちまった)

 重ねた用紙は、風が通りがかったかのように手から吹き飛んで、用紙はヒラヒラと

舞って徐々に形が変化、気が付いたら一人の少女が目を閉じてその場に立っていた。

「なっ・・・紙からガキが・・・」

「成功のようじゃ」

 学は呆然と少女を眺めていた。少女はセーラー服を着ており、茶色のくせっ毛のあ

るセミロングヘアであった。外見年齢は十三歳くらいで身長は約百五十センチメート

ル程度である。

「んん・・」

 少女は目をそっと開き、学に視線を向けると満面の笑みで彼の腕に寄り添ってきた。

マスターさん!。壱を呼んでくれたんだね~」

「何なんだよお前は!、てか離せっ!」

 学は嫌そうに彼女を引き離そうとするが離れない。高宮が興味津々に話しかける。

「その子、もしかしてこの前の猫?。壱って名前にしたの?」

「はあ?。俺は知らんぞ。どうせ美幸が付けたんだろ」

「どうやらお前さん。精獣と無意識に契約してしまったようじゃのう。しかも人に化

けられる希少な精獣と」

「そうなの叔父さん?」

 高宮の隣に立っている叔父が顎に指を添えて話す。

「うむ、化ける術や言語を取得している精獣は、極めて珍しいのじゃ。ましてや契約

はおろか、遭遇することすら難しいと言われておる」

 壱と名乗っている少女は、学にしがみついたまま、両目をパチクリさせて飛び跳ね

て喜ぶ。

「それじゃあ、壱はすごいんだ!。へへーありがとう主さん!。がんばるにゃっ!」

「なんだその語尾は、なんか腹立つからやめろっ!」

 学は目障りに壱を威嚇した。それを眺めている高宮は少し羨ましく思っていた。

「光栄に思いなさい学君。あなたはランクの高い精霊と契約を果たせたのよ。もっと

大事にしてあげなさい」

「冗談じゃねーぞ。こいつの世話なんかできるかっ!。早くこいつをなんとかしろー

!」

「それは契約者である、お前さんの使命じゃよ。ほっほっほー」

「そうそう」

 高宮と叔父は笑いながら学と壱を見ていた。


  4 


 数時間後、学はポツンと教室の席に座って空を眺めていた。そこへ高宮が再びやっ

てきた。

「随分と疲れ気味のようね」

「あたりめえだ。今朝からカカシのマネをさせられたんだぞ。そりゃあ疲れるぜ」

「召喚士の修業は始まったばかりなのよ。そんな調子でどうするのよ」

 学は突然机を叩いて立ち上がり高宮を睨んだ。にぎやかだった教室がシーンと静ま

りかえったが、またすぐに騒ぎ出す。

「いい加減にしろよ。俺の目の前で二度とその話を振るんじゃねえ・・・」

「まだそんなこと言ってるの?。現実を見なさい」

 高宮がそういうと学は席についてまた空を眺める。

「七年前、転校してきたクラスに変な女子がいた」

 学は視線を空に向けながら、冷静に昔話を語り始める。

「そいつは、震災で家族を失いながらも、前向きに学校にやってきてた。うっとうし

い程に挨拶してきた。そいつは天涯孤独てんがいこどくだった」

 高宮は口を挟まずただ学の話を聞いていた。

「俺が女を嫌いとする理由が、そいつが原因の一つだ」

「それで、学君はその子の事をどう思ってたの?。可愛そうな子だなーと哀れんだ目

で見てたの?」

 高宮は冷たそうに言うと、学は険しい表情で高宮に視線を向ける。

「何がいいたい・・・。お前を見ていると、あいつが思い浮かんで目障りだ!」

 学は鋭い視線で愚痴を言い終えると空気は沈黙と化した。すると一人の小柄の男子

生徒が二人の前にやってきて声を掛ける。

「あ・・あの・・」

「何よ。今取り込み中よ」

「出雲さんですよね」

 男子生徒が言うと学は彼に視線を向けた。彼は手に持っていた長方形に折りたたま

れた紙きれを、震えながら手渡してきた。

「これを・・・」

「なんだよこれ・・」

 学は不機嫌な顔をしながらも紙を受け取った。紙には果たし状と大きく書かれてい

た。

「果たし状じゃない。学君なにしでかしたの?」

「知るか!」

 そう言うと学は紙を広げて書かれている文字を読んだ。

「えーと{出雲学よ、貴様の妹は預かった。助けたくば学園の外の広場まで来い。必

ず一人で来い。三十分までに来なければ、貴様の妹がただではすまないことになるか

もよ。フフフ・・・ブラスターより}って書いてあるぞ」

「ブラスターですって!」

 高宮は目を丸くして大声を出した。

「なんだよ知ってんのか?」

「以前オーグを退治したでしょ。あいつを裏で操っていた張本人よ」

「あの豚を?」

「豚ってどういう意味ですか?」

 高宮は教室を見渡し終えると、立ち上がり学のえりを引っ張って教室を出た。

「いきなり何しやがるっ!」

 高宮は人気のない薄暗い廊下へ学を連れ出した。

「ブラスターは魔物を召喚することができる恐ろしい悪行召喚士よ」

「強いのかそいつは?」

「奴だけならまだいいけど、魔物が味方に付けられると色々厄介な相手よ」

「つまり、あの豚獣人がまた出てきたってことか?」

 学は嫌そうに言った。

「一体だけじゃないわ。百体くらいは余裕で召喚できる。それほどに厄介な男なのよ

ブラスターていう奴は」

「あんなのが百体も!?。匂いがきつそうだぜ。俺はパスだっ!」

「はあっ!?」

 学は振り返って歩き出そうとする。高宮は声を上げて学の袖をガッシリと掴んだ。

「あなた、妹が囚われの身になっているのに、なんでそんな逃げ腰なのよ」

「ならお前が行けよ。召喚士なんだろ」

 学は振りほどこうと揺らすが離れない。

「相手はブラスターよ。一人で敵う相手じゃない、だから学君の力も必要なのよっ!

。力を貸して、ブラスターの召喚術を封印するの」

 高宮は掴んでいる手を震わせて、うつむいてしまった。

「お願い・・・。私が強くなるまでは、手伝って・・・」

 学は高宮を見ていたが、すぐに掴まれていた手を解いて、「俺には・・・関係ねえ

・・」と呟いて歩き出す。高宮はその場に膝をついてうつむいてしまった。

「これだけは言わせて・・」

 高宮が顔を上げて一言話すと、学は背を向けたまま立ち止まった。

「精獣がいる限り、あなたは死なないわ・・」

 学は下唇を噛みしめて、振り返らずその場を去ったのであった。 



 広大なグラウンドに数人の男たちが群がっていた。空は灰色の雲が埋め尽くされ、

今にも雨が降りそうな悪天候である。

「おい見ろ、誰かくるぞ!」

 校舎から一人の学生が男たちの元へと歩いてくる。不機嫌そうな表情を作っている

学であった。三十メートル付近で立ち止まる。

「ホントに来るとはな、馬鹿な奴だ」

 男たちの中から前に出てきたのは、Yシャツ姿に所々に包帯を巻いている怪しげな

男がヤンキー座りをしていた。顔も全焼したのか、目と口だけは見えている。

「お前が出雲学だな。オレんとこの魔物が世話になったな」

 包帯の男はニヤニヤしながら話しかけている。学は真顔で話をそらした。

「お前がブラスターとかいう奴か?、中二病ごっこなら、ほかでやんな。妹は?」

「無視すんなよ。いかにもオレ様はブラスターだ。召喚士の先輩だぜぇ、礼儀はちゃ

んとしねえといけねえな」

「それはお前もそうだろ」

「ヒッヒッヒッ、言ってくれるじゃねえか。おい、女を連れてこい」

 ブラスターが呼びかけると、地味な男と両手を前に結ばれている美幸が太々しく連

れて立っていた。

「むー!」

「お前ら何もしてねーよな」

 学は睨みを浴びせながら包帯の男に問いかけた。

「安心しな。ガキには興味はねえ。ただの人質なだけさ」

「ふーんだっ!。一体何しに来たのよ!」

 美幸は突然大声を上げて学を怒鳴った。学は美幸に視線を向ける。

「頼んでもないのに来ないでよ。あたしのこと、兄妹として見てないくせに!」

「当然だ。お前が妹だなんて、俺の方からごめんだ」

 周りにいた男たちはキョロキョロと騒ぎ出した。するとブラスターは鋭い視線を向

けて右足を大きく踏みつけて立ち上がる。

「てめえらっ!オレ様を無視すんじゃあねええええ!」

 ブラスターが人差し指を学に向けたとたん、グラウンドの地中から鉄の鎧を身にま

とったオークたちが斧を掲げて姿を現した。

「ヴヒィイイイッ!」

「フィイイイッ!」

「な・・なんだありゃあ!」

「獣人だああ!」

 男たちは未知の生物を目撃し、驚いてグラウンドの端っこへとそれぞれ逃げ出す。

「キャアッ!」

 美幸は見捨てられ、その場に倒れてしまった。学もさすがの展開に動揺を隠せない。

「くそっ!。いきなりかよっ!」

「ヒッヒッヒッ。さすがのてめえも、ビビっちまってるようだなあっ!」

 ブラスターは高笑いをしながら学を指して、オークたちがドスンドスンと迫ってく

る。学はゆっくりと後ろへと追い込まれてしまう。

「ヴフィイイ!」

 学が後ろに下がって逃げようとするが、目の前に新たなオークが飛び出して逃げ場

を防がれてしまう。

「ここにもいやがったかっ!」

 とうとう学は、十体のオークたちに取り囲まれてしまった。

「これでおしまいだなぁ。やれえ、完膚なきまでに切り刻んでやれぇえ!」

「ヴヒィイイイ!」

 オーグたちは奇声を鳴らし終えると、斧を持ち上げて学に歩み寄ってくる。

「あんちゃああああん!」

(くそっ!。ここまでかよ・・・)

 美幸の叫びも虚しく響き、学は覚悟を決めようとした、その時であった。

「ヴフイ?」

 突然矢のような突風が、オークたちの頭部に次々と飛んできた。

「な・・・なんだ?」

「この気配は、まさか?」

「こっちよ!」

 学が声の方に視線を向けると、弓を持った高宮と美幸が立っていた。学はオークた

ちがひるんでいることに気がつき、隙を見て抜け出し高宮たちの元へ駆け寄った。

「水臭いじゃないの。助けに行くならそう言って」

 高宮は呆れ顔で言う。学は視線をそらして呟く。

「う・・・うっせえ」

「あんちゃん・・・あ・・ありがとう」

 美幸は少し照れた仕草でお礼を言った。高宮は美幸の手を縛っていた紐を解いてこ

こから離れるように伝えた。

「てめえらいつまでひるんでんだ。さっさとザコ共を始末しろっ!」

「ヴフィイイ!」

 オークたちは蹴りをくらい、ようやく正気を取り戻し再び学と高宮に、斧を振りか

ざして接近してくる。

「それでこの後どうすんだよ」

 学は息を切らして高宮に話しかけた。高宮は弓を持ちあげて、冷静に視線を向けて

答える。

「魔物を一体一体倒すのは不可能よ。ブラスターの間合いに飛び込んで仕留めるしか

ないわ。なんとかオークたちの気を引いて、でないとこのラノベがいかがわしい物に

なってしまうわよ」

「何しろってんだ。俺が囮になれとでも言うのか?」

 睨み合っていると二人の背後から高宮の叔父が抹茶の袴を羽織って立っていた。そ

して割り込むように声を掛ける。

「案ずるな少年。お前さんには精獣が付いておるじゃろ」

「精獣?」

「おじさん。どうしてここに?」

 高宮はビックリして叔父に視線を向けた。学はヤサグレ気味に返答する。

「刹那君からの伝言を伝えるためにじゃよ」

「巳田先生が?」

「{学君、十二支獣を召喚するのよ。マナさんが操っていた精獣を呼び出して}とな」

「おふくろが・・・十二支獣?。訳がわからねえぞ!」

 学は目を細めて叔父を睨みながら頭をかく。

「学君!、その話は後よ。今はブラスターを止めることに専念して」

 慌ただしく高宮が学の肩に乗っけて言う。

「わあってるよ。いちいち触んじゃねえ!」

「伝言は伝えたぞい。後これは餞別せんべつじゃ」

 叔父は文字が記されたB5の用紙を学に手渡して、そそくさとその場から退散した。

学は受け取った紙を見て唖然として黙り込んでいた。

「あぶないっ!」

「えっ?」

 高宮の呼びかけで我に返った学は後ろを振り返ると、一体のオークが目の前に立ちふ

さがり、斧を振り下ろす直前である。それを見て高笑いするブラスター。

「ハッハッハッ!。油断したな出雲学!」

「ヴフィイイイ!」

(くそっ!!。ここからじゃ逃げ切れねえ!)

 学はやけになり目をつむって、受け取った紙に両手を添えた。

「頼むっ!。何でもいいから出てきてくれ!」

「学君!!」

「あんちゃああん!!」

 その瞬間であった。突然学の耳に鉄が衝突するような金属音が入った。

(何だ・・・今の音は、痛くもねえ・・)

 学はそーと目を開く。すると目の前に紫ヘアの、ボブウェーブな少女が学に背を向

けて立っており、オークの攻撃を防いでいた。

「お呼ばれされましたわ~」

 少女は余裕そうに穏やかに呟くと、斧を押し返した。オークはヨロヨロと後ずさっ

た。

「な・・・何なんだよお前は?」

 学は恐る恐る少女に声を掛けた。彼女はひらりとフリルエプロンをヒラヒラさせて

の振り返り笑みを見せる。エプロンの下は、紫色のハイカラである。ゴシックブーツ

を履いて一見不釣り合いに思えるが意外と似合っていた。

「わて(私)を呼んでおおきに」

(なぜ京都弁?)

「白岩希未どすえ、以後お見知りおきを~」

「ど・・・どうもこちらこそ・・・」

 麗しくお辞儀をする希未に対し、冷や汗を垂らしながら渋々と頭を下げる学である。

「二人とも呑気に挨拶してる場合じゃないわよ!」

 学と少し距離を取っている高宮が怒って言うと、ブラスターがまたガミガミと暴言

をはいて激怒する。

「ザコ精獣相手に何をもたついてやがる!。十人がかりで構わねえからとっとと黙ら

せろっ!」

「ヴフィイイイイ!」

「ヴヴフウウウウ!」

 オークの一体が雄たけびを上げると、他の獣人たちは学の方へ走り出した。

「来るわよ!」

 襲っては来るものの、オークたちの走るスピードは遅かった。それを見て学の前に

立っている希未は頷き、学に視線を向けて話す。

「ようは、あの者らをケチらせばええんどすな」

「そういうことだな。できそうか」

「十二支獣をなめたらあきまへん」

 笑みを見せながら希未は何処からともなく骨付きのマンガ肉みたいな棒を指に挟ん

で取り出す。

「なっ!」

 学は一瞬よだれを垂らしそうになるが、急いで手の甲で拭き取り激怒する。

「おいっ!。ふざけてんじゃねーぞ」

「怒んなさんな。ここはわてが引き受けるさかいに」

「でもよ・・・」

「ヴフィイイ!」

 そうとうしている間にオーク一体がよそ見している希未の真横まで迫っていた。希

未はすぐさま視線を向けて姿勢を低くして回り込む。

「あまいどす!」

希未は器用に持っていたマンガ肉をオークの口に骨ごと差し込んだ。

「ブ・・・・フフウイイイ・・・」

「骨付き肉が、突き立てたわ」

 口に放り込まれたオークは、息ができなくなり立ったまま上を向いて震えている。

「ブ・・・ブ・・・」

 オークはみるみるうちに全身が透明化して消滅していった。その様子を見ていたオ

ークたちは互いをキョロキョロ見て動揺している。

「なんだかわかんねーけど、あっさりと倒したってことか?」

「今のうちよ学君」

 高宮は希未に魔物たちの相手が務まると思い、ブラスターの元へ走り出した。学は

首をかしげながらも後追った。

「チッ!。どうやらオレ様がやんなきゃなんねーようだな。きやがれザゴ共!」

 ブラスターは両手を叩いた。すると右の片腕が細かい粒子がまとわりついて、鉄の

鎧へと装着した。その光景を見た学と高宮は危険を感じたのか、五メートル付近で立

ち止まってしまった。

「おい、あいつ一体何をしたんだ?」

「おそらく魔物をバーン(憑依)したんだわ。それを装備することで強力な力を得て

しまうのよ」

「それってヤベエじゃん!」

「一刻も早く封印しないと、取り返しのつかないことになるわ」

 学は声を震えながら聴く。

「取り返しのつかねえってどういう意味だ?」

「おいおいお前ら!。随分と弱腰になってるみてえだなっ!」

 アームをつけたブラスターは不気味な笑みを見せながらゆっくりと近づいて来る。

「そりゃあそうだよな~。なんたってこのブラスター様がマナバーンして、相手にな

ってもらえるんだからっよ!」

 言い終える瞬間、ブラスターはいつの間にか学と高宮の間に立っていた。高宮は手

に持っている弓で攻撃しようとするが、目にも止まらぬ速さで高宮の死角へと回り込

まれしまった。

「おせえなっ!」

「しまった!」

 ブラスターのアームが襲い掛かる。高宮は間一髪のところ弓でガードして、片腕の

直撃は免れたが、衝撃は強烈で空中に吹き飛ばされてしまった。

「クッウウ!」

「高宮っ!」

 高宮は転がり倒れ込んでしまった。ブラスターは視線を学に向ける。

(ま・・・まずいっ!)

 学は生命の危機を感じ、顔面に汗を垂らしながら後ずさりする。ブラスターは余裕

そうに笑みを見せて下がる学へと歩き出す。

「ヒッヒッヒッ・・・。お前はどう料理してやろうか~」

「くそっ!」

 学は崩壊しそうな古びた校舎へ背を向けて走り出した。

「ハッハッハッ!。逃げろ逃げろ。鬼ごっこのはじまりだぁっ!」


 5


 学は汗をびっしょりとさせながら静かな校舎の屋外に隠れていた。ブラスターは楽

しそうに校舎を歩き回っている。

(くそっ!。どうすればいいんだ)

「にゃ~」

(ん?。なんだ?)

 学の足元に獣らしき気配を感じる。視線を向けると畑で練習召喚で現れた壱がシャ

ム猫姿ですり寄っていた。

「にゃーお」

「なんでお前がここにいるんだよ。じじいの家で寝てたんじゃねーのか」

 学が小声で言っていると、恐怖の戦慄が彼の五感を震え上がらせた。

(なんだ?。このとてつもなく嫌な気配は・・・まさかっ!)

 学が校舎の外に視線を向けると、すでにブラスターが居場所がわかってるかのよう

に笑みをつくって立っていた。

「残念だったな~。マナバーンしたオレ様には、小さな声でも居場所がわかっちまう

んだよ」

「な・・・なんだよそのチートは、反則だっ!」

「んなこと知るかよ!。世の中かちゃあいいんだよ」

 ブラスターは鎧の右腕を学に向けて掌を見せた。

「何をするきだ!」

「ヒッヒッヒッ・・」

 右腕から光のような球体がバスケットボール並みにでかくなり、ボヨボヨと不思議

な擬音を鳴らして浮遊していた。学はこの後、球体を飛ばしてくると予想してしまっ

たのか、足がすくんで動けなくなる。

(ヤベエッ・・・逃げ場がねえ。今度こそおしまいか・・・)

 あきらめかけようとする学を見て、突然壱は学の腰に前足を差し出してきた。

「ニャー!」

「うるせえなっ!。こんな危機的状況に何なんだよ」

 ブラスターは不審に思ったのか、球体を学から壱へと標的を変える。

「うるせえ猫だ。消えろっ!」

「やめろっ!」

 球体が掌から離れた瞬間、学はとっさに壱を守るように両手で包む体制を取り目を

つむった。すると突然バーンと灰色の煙が立ちこんだ。

「なんだ!?」

 ブラスターは煙が立ちこむ校舎からバックジャンプして離れる。煙が消えると校舎

の陰から学がグローブをつけて、右手を前に添えて立っていた。

「馬鹿な。ダメージがねえだとっ!」

 ブラスターは無傷の学を見て少し動揺していた。学は目を見開いて状況を確認する。

「ど・・・どうなってんだ?。それにこのグローブはまさか」

(主さん落ち着いて)

 学の脳裏に壱の声が響き渡る。

(どうなってんだ?。テレパシーか?)

(そんな感じかな。とにかくよく聞いてね)

 学は額に五本指をあてて壱の話を聞く。ブラスターは首をかしげて唖然として見と

れていた。

(壱がバーンになっていられる時間は少ないの。その代わり、強力な一撃を相手に与

えることができるの)

(つまり、ワンパンでブラスターを倒せってことか。そんなうまくいくのか?)

(主さんならできるにゃ。壱を信じて)

「だからその語尾はやめろって言ってんだっ!」

 学は思わず手を下ろして喧嘩腰に大声を上げてしまった。それを見ていたブラスタ

ーはニヤリと笑い、右腕を大きく振り上げて攻撃する構えを始める。

「てめえの一人芝居に付き合うのは、もうごめんだぜっ!。さっさとくたばれぃ!」

 ラリアットを食らわせようとブラスターが走り込んでくる。学は目を見開いて動揺

するが、すぐに目を細めて冷静に間合いを見極める。

「くらえぇぇっ!!」

(これがラストチャンス。一気に決めてやる!)

 学は歯を食いしばってブラスターの懐へ踏み込んで、右手の拳を少し引いてアッパ

ーをするみたいに、拳を下から上へと振り上げた。

「てああぁっ!!」

「!?」

 ガツーンと拳を入れたのは、ブラスターが装備している鎧の二の腕付近であった。

「ゲッ!。何処狙ってやがる。ふざけやがって・・・ん?」

 学が拳を離すと、鎧の二の腕にヒビが入る。さらにヒビは拡大していき、無残に欠

片となって崩落した。先ほどまでの余裕の笑みを見せていたブラスターは青ざめて、

散りとかす鎧の破片を唖然として見ていた。まるで時が止まったかのように微動だに

しない。

「はあ・・やったか」

「にゃ~!」

 壱はすでに息を荒くしている学の右手から離れ、足元にうずくまっていた。

「く・・・くそっ!。まだ勝負は終わっちゃいねえぞ!」

 我に返ったブラスターは眉をかくかくと震わせながらも、喧嘩腰になり今にも殴り

かかってきそうな状態であった。しかし、その強気も彼女の再登場により、焦りを漂

わせた。

「まだやるきのようね。さっきの仕返しをしないとね」

「ようやく・・ご登場・・だな」(やれやれ)

 学は疲れ気味に校舎の屋根を見上げると、高宮が弓を構えて立っていた。そして屋

根からジャンプして、なんと飛んでいる最中に紙を結んだ矢を弓の弦にセットしてブ

ラスターへと、矢を放った。

「いけっ!」

 スパーンと勢いよく矢が放たれ、ブラスターの頭部へ一直線に飛んでくるが、突き

刺さる寸前である。

「甘いぜ!」

 ブラスターはなんと右腕だけで矢を受け止めてしまう。地面に着地した高宮は振り

返りブラスターに視線を向けて笑みを浮かべる。

「かかったわね」

「何がだっ!。な・・」

 手にした矢は燃えカスとなって消え、ブラスターは突然両膝が地面について倒れむ。

はいつくばる周りに謎の文字が半透明に浮かび上がり、魔法陣のように彼を囲んでい

た。

「て・・・てめえ、一体何しやがった」

「あなたが受け取った矢はね。魔物召喚士に強制封印の術を施しておいたのよ」

「まさか、矢に結ばれていたこの紙切れごときに・・」

「少しばかし横になってもらうわよ。次に目覚めたときは、善人として生きることを

心がけることね」

 ブラスターは重力に引っ張られるみたいに地面にはいつくばっていた。何故か笑い

ながら目を閉じて眠ってしまった

「ひ・・ヒッヒッ・・まあいい。どうせ最後に笑うのは・・・ZZZ」

 高宮は学の元へと歩み寄り、学は汗をぬぐってやれやれと疲労している。

「とりあえず、一見落着ね」

「ハイカラの女は」

「ブラスターの召喚は封印したから、オークは全部消滅しているわ。きっと元いる場

所へと帰ったんじゃない」

「それが本当ならいいんだけどな」

 壱は寝込んでいるブラスターを見ていた。学と高宮は安心したのか、ブラスターに

背を向けて校舎を後にしようと歩き出した。

「んん?」

 高宮は突然学に視線を向けた。学も高宮の行動に不審に思い話しかける。

「どうした?」

「さっき、後ろで変な物音がしたんだけど」

「気のせいだろ、ここの校舎は結構やばそうだからな」

「そうじゃないわ・・・。なんかこう、とても嫌な予感が・・・」

 高宮が後ろを振り返った瞬間である。何かが放たれたような擬音に反応した学と高

宮が後ろに振り返ると、銀色の針のような細長い棒が学の頭部に飛んできており、も

はや直撃しそうな寸前であった。しかし、学の目の前にセーラー服を着た誰かが視界

に入り込んできた。

「ぐっ!」

「ああっ!」

「嘘・・・」

 学は目を疑った。目の前にいたのは、人に化けた壱が両手を水平に上げて守るよう

に立っていたのである。

「お・・・お前・・」

「言ってたでしょ。精獣がいる限り、主さんは死なせないって・・・」

 震えた声で言い終えると、壱は仰向けのまま学の前に倒れ込んできた。学は無言で

両手を伸ばして壱を支える。少女を見下ろすと胸元にボウガンの矢が突き刺さってお

り、セーラー服を貫通して血で染まっていた。

「壱っ!。しっかりして」

 高宮が駆けつけて壱を支える。壱は苦しそうにしながらも笑顔で大丈夫とアピール

して見せる。その途端、雨がぽつぽつと降り始める。

「へ・・・平気だよ。こんなの・・・」

「ふざけろ・・・」

「へっへっへっ、ザコ・・・に命を救われる・・・とはな。本当におめでたい奴だぜ

・・・へへ」

 ブラスターははいつくばっているにもかかわらず、何処からかボウガンを持って笑

っていた。学は俯き、壱を高宮の膝に横たわせて、ゆっくりとブラスターの元へやっ

てきて、胸元を左手で掴み持ち上げる。そして、右手を拳に変えて殴る素振りを見せ

て言う。

「誰が・・ザゴだって?」

「オレ様が・・憎いか・・へっへっ・・」

 学はブラスターの左頬にパンチをくらわし吹き飛んで倒れる。ブラスターは衝撃で

今度こそ気絶した様子である。しかし学は歩み寄り、またエリを掴んで殴ろうとする。

「待つのじゃ!」

 学の右腕を高宮の叔父が掴んで止めに入った。

「気持ちはわかるが、それ以上はしてはならん」

「く・・・」

 学は唇を噛みしめて、ブラスターのYシャツのエリを離なし両腕を下げた。学はゆ

っくりと瀕死の壱を抱いている高宮の方へ視線を向ける。

「学君!。壱が・・・」

「俺を助けようとしたから、そうなったんだ。自業自得だ・・・」

 学の反応は冷たかった。その反応見た高宮は、眉を潜めて感情的に怒鳴る。

「このヤサグレ馬鹿っ!。目の前に死にそうな女の子がいるのに、どうして平然とひ

どいが言えるのよっ!」

 壱は弱弱しくも、高宮の腕に手を伸ばして握った。その表情は目の下にクマが出て

おり、うっすらと涙が浮かんでいるが、嬉しそうである。

「怒らないで・・・ぼふぇ・・」

 血を吐く壱はとても苦しそうであり、とても見て居られない状態にまで追い込まれ

ている。

「もう喋らないで、・・」

「・・・・」

 学は寂しそうな面で、壱の目線に合わせてしゃがみこんで近寄った。壱は学に視線

を向けて、学に触れようと手を伸ばした。

「・・・泣かないで・・・」

「黙れよ・・・」

 学は顔を逸らしながらも壱の手を強く握った。その優しさを見て安心したのか、壱

は息を引き取るように静かに眠りについた。さらに壱の体は透明と化し、跡形もなく

消えてしまっていた。

「いやあああっ!!!」

 高宮は消えてなくなった空間を抱くように声を校舎に響かせた。叫びが終わると、

静まり返った憂鬱な空気と、雨音だけが寂しく学たちを誘うのであった。



 その後雨は止み、史上生徒会とラグビー部の活躍でブラスターは学園を追放性分す

ることに成功、綾南学園に平和が戻った。高宮と叔父は、事情聴取を受けるため放課

後居残りとなり、学はというとずる休みしていた。険しい顔をしながら自宅へと帰宅

へ帰ると、母親である出雲幸恵がバスタオルを用意して待っていたのである。

「学君聞いたわよ。学園で大変なことがあったそうね。喧嘩はダメだけど、美幸ちゃ

んを助けたのね。本当にありがとう」

 学はうつむいたまま、幸恵の話に耳を貸すこともなく自分の部屋へと入り込んでい

った。自分の部屋に入ると、学はドアに背をもたれて呟く。

「俺は・・・・、全員を助けたわけじゃねえ、なのに俺は・・・」

 学は座り込んで感情が高ぶった。

「あいつに・・・何も言ってやれなかった・・・。あの時と同じだ。おふくろ・・・」

 学はての甲で顔を拭いていると、妙な違和感が室内にあることに気が付く。

「っ!?」

 学は立ち上がり、自分のベットへと歩み寄った。近づくと掛け布団が膨らんでいる。

「誰だ?。美幸はまだ学校にいるはず・・・」 

 恐る恐る布団を取り上げようと手を伸ばすと、布団が突然ウニウニと動いて誰かが

姿を見せた。

「お・・・おまえっ!」

 学は意外な人物がいることに、目を丸くした。

 なんと死んで消えたはずの壱であった。しかも少女の姿で乱れたセーラー服と下は

スカートを穿いておらず、太ももまで丸出しであった。

「ふぁ・・・よく寝たにゃ~」

 壱は眠たそうにあくびをして目を擦り、学に視線を向けた。

「い・・生きてる?。幽霊か?」

 学の様子を見て反感する壱は、何かがおかしかった。

「ぶーっ!。壱は列記とした精獣なんだにゃ!。初対面の相手にいきなり失礼な言い

ぐさにゃっ!」

 壱はほっぺを膨らませて怒って見せた。学は妙な違和感を抱き、壱に問いかける。

「お前・・・本当に壱なんだよな」

「そうだけど、変なんだよね。起きる前のことが全然思い出せないんだ。壱って名前

だけは覚えてるんだ」

「記憶喪失なのか?」

「わかんないけど・・・」

 学たちが話し合っていると、ものすごい足音がしたから駆け上がり部屋のドアが開

くと美幸と幸恵が、汗だくになって入ってきた。

「あ・・・あんちゃん?。誰よその子は!」

「お前らっ!。ち・・違うんだ」

「お母さん許しませんよ!。黙って女の子を自分の部屋に誘うなんて!」

「誤解だ!。俺にも何がなんだかよくわかんねえよ」

 学はドギマギしながら二人を説得するが、言い逃れできなかった。

「言い訳しないで、正直に言って」

 家の中で騒いでいるその頃、玄関前に高宮があきれ顔で見上げていた。

(一体、家で何が起こってるのよ)

 高宮は学園で叔父からある裏話を思い返していた。



「ええ!、転生の陣?」

 回想、夕焼け空の学園の渡り廊下を歩きながら高宮と叔父が話していた。

「うむ。壱の頭皮を調べたんじゃが、そのような陣がスミで細かく書かれておったの

じゃ」

「どういうものなの?」

「転生の陣は、本来特級クラスの召喚士だけが扱える禁忌の陣なのじゃ。それを書か

れた精獣は、一度だけ転生して蘇生することができる。無論、転生の陣は消滅する」

 高宮は真剣に聴いていた。

「ただし、陣を発動させると、その精獣は一部の記憶以外はすべて失ってしまうリス

クを背負わされる」

「生き返るための、対価・・」

「うむ、今頃壱は、少年の家で再び目を覚ましているところじゃろ」



 高宮はその事実を学に知らせようと、家を訪問してきたのであった。そしてこの有

様である。

(壱に書かれた陣、誰が書いたんだろう。十二支獣のことも気になるし、特級クラス

の召喚士ってもしかして・・)

 高宮は玄関前で考えていた。壱の正体とは、出雲学に秘められた力とは、そして、

七年前の震災とは何なのか、謎は膨らむばかりである。

「俺のやさしさをかえせ~!!」

 二階の窓から、学の叫び声が鳴り響いた、こうして散々な学の学園生活はここより

始まるのであった。

                                   END


 あとがき


 マナ・バーン~選ばれし召喚士~はいかがだったでしょうか。本作の舞台は美府市

と書いてありましたが、モデルは九州地方の大分県の別府市が元ネタとなっておりま

す。僕は一〇年前に、移住してたこともありまして起用しました。当時はかなり不便

な生活を強いられておりました。インターネットはない、見たい番組もない、趣味の

店は別府駅まで行かなきゃならんわで、都会育ちの僕には辛すぎる環境でした。その

かわり大自然はいいし、海は見えるからまあいいかな~。でもやっぱり何か物足りな

さを感じて、いざ都会に戻ると、やっぱここが落ち着くわ~って感じてしまうんです

よねwww。

 内容はかわりますけど、本作で一番注目してほしいのは、やはり学と紗砂との関係

性がウリですかね。

 学は、「普段やさぐれで面倒ごとが嫌い。だけど情に厚く、ちゃっかり助けに来た

りするツンデレ的な性格。」一方スナは真逆で「正義感が強く、真面目そうに見えて

実はおてんばで、人を巻き込んでしまう。」というカップリングですね。二人とも心

に精神的な傷を負っていながらも、がむしゃらに生きていく。その二人の生きざまを

後ろで見て、仲間が集う。在り来たりな展開ですが、何故か心が引き寄せられて共感

しまう感じが、たまらなく好きです。

 ただ挿絵がないため、人によっては想像するのが難しいかもしれませんね。追々イ

ラストを作る予定なのでお楽しみに。

 短編のスピンオフ、マナ・バーンShotも目を通してくれたらうれしいです。

 最後になりましたが、マナ・バーンは二年くらいは続けたいなと思っております。

(予定)面白い面白くないは関係なく、気軽な気持ちで読んでくださるなら、僕はそ

れだけで幸せです。また、次回作でお会いしましょう。

 

                                稗桜 晶

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