水の都フェンティーア
羽生のマンションの和室の引き戸から
異世界に飛び出した周三。
空は透き通り石畳の道。
カラフルな色で塗られた民家やレンガの家。
運河や水路があり
小さな小船が何艇か止められている。
周三は引き戸から飛び出した。
振り向いたら民家らしき建物の入り口。
もう入り口からは和室が見えない。
入り口のむこうは倉庫になっていた。
周三は民家の引き戸をそっと閉めた。
民家の引き戸を開けて中に入れば
周三は元の世界に帰れるはずである。
この民家には誰も住んでいないようだ。
道を行く人々は明らかに外国人。
白人系の通行人が多い。
周三がイメージするヨーロッパっぽい雰囲気が
目の前にあった。
周三はふとある事に気づく。
「言葉って通じるのか?」
通行人たちの会話に耳を傾けると
何を言ってるのかさっぱりわからない。
(やはり言葉が通じないんだ・・・)
周三の胸に不安が広がる。
出鼻をくじかれた周三はもう帰りたくなった。
(この辺りを散歩してもいいけど
迷子になったりしたら
元の世界に帰れなくなってしまうやん。)
元の世界へ通じる民家の引き戸には
竜の頭のようなマークがあったので
周三はそのマークを憶えておいて
少しずつ民家を中心に周囲を散歩する事にした。
迷子にならないようにと周三は細心の注意を払った。
高すぎる建物がなく整った町並みで景観が美しい。
周三の胸は高鳴る。
人々は笑顔で活気がある。
服装も華美ではないがセンスを感じる。
周三はなんだかウキウキして胸躍った。
周三は完全に観光気分になってしまっていた。
少し遠くに教会らしき建物が見える。
行き詰れば帰れる安心感があるので
周三は少し気楽であった。
しかし、手から
稲妻が出せるようになるまでは帰らないと
羽生に大見得を切った手前、周三は
ちょっとだけ頑張ってみようと思った。
周三は広場の噴水に腰掛けた。
「たしかカノレル雑貨店だったよな。」とつぶやく。
「カノレルって日本語の発音で通じるのか?」と悩む。
この世界の言葉は巻き舌で英語風の発音にした方がいいのか
ささやくようにフランス風に発音した方がいいのかなど
色々と考えを巡らしたが情報が無いので
判断材料も無い。
「悩んでいてもしょうがない。行動あるのみ。」
とりあえず周三は話しやすそうな人に声をかけてみようと思った。
「東洋人っぽい人のほうが発音が通じるかもしれない。」
周三はまったく根拠の無い可能性にかけてみることにしたのだった。
周三は白いセーラーのワンピースを
着た同い年くらいの少女が
ひとりで歩いてるの姿に目を留める。
「学生さんかな。なんか優しそうだし
あの子に話しかけてみよ。」
周三は覚悟を決めて話しかける事にした。
ナンパではないから
女の子に声をかけるのにそれほど緊張は無い。
「あの~~すみません。」
周三は正面から前かがみで話しかけた。
「きゃ!あわわわわわ!」
突然、話しかけられた少女はびっくりした様子だ。
「あやしいものではないんです!」
周三はあわてた素振りを見せる。
言葉が通じないなら要点だけを伝えようと片言で
「カノレル」「キャノレル」「カノレール」と色々な言い方で
「カノレル雑貨店」をアピールしたら
少女は次第に落ち着きを取り戻した。
「カノレル・・・・ああ!」
理解した様子で周三に笑顔を向けた。
東洋風の少女は黒髪はセミロングで
とてもかわいらしい顔立ちをしている。
キュートでチャーミングというのは
この子みたいな女性なのだろう。と周三は思った。
少女は表情が豊かで楽しそうに話してくるが
周三は言葉が通じないので
何を言ってるのかがさっぱりわからない。
少女は指を差して何か言ってる。
少女が周三を
案内してくれるような素振りを見せたので
周三は少女の横に並んだ。
少女と周三は二人で歩きだした。
「あれ?なんかこのあたり見覚えがあるな。」
周三がそう思ったら
カノレル雑貨店はなんと異世界の入り口の民家の
向かって右隣の建物だった。
黄土色の土壁の古い建物だが
シンプルでなんだかオシャレな感じがする。
「もしかして灯台下暗しだったのか。
でも、知りようもなかったもんね。」
周三は自分自身に言い訳をした。
二人は雑貨店の扉を開けて中に入った。
店内は動物を象った木の置物や
ステンドグラスのランプやガラス細工の小物や
可愛い小物入れなどが
木の棚や置かれたテーブルに
所狭しと陳列されている。
奥のカウンターに上品なおじいさんが座っていた。
周三を見て何か察したようだった。
老人は椅子から立ち上がると
周三に向けて会釈した。
奥に入るようにと身振りで伝えてきた。
まだ確信は無いが
これでとりあえず大丈夫かもしれないと周三は安心した。
「ありがとう」
言葉が通じないのはわかってるが
気持ちをこめて周三は案内してくれた少女にお礼を言う。
すごくうれしそうに周三の手を握りしめきた。
一緒に喜んでるようだった。
少女は笑顔で周三に手を振りながら店をあとにした。
周三も笑顔で手を振って少女を見送った。
周三は店の奥の間の中央のテーブルに座る。
おばあさんが2階から階段を降りてきた。
おばあさんは周三に会釈してから
キッチンへ向かうと
コーヒーと焼き菓子をキッチンから運んできた。
丁寧な仕草で周三の前にそれらを置いた。
おじいさんは店の扉を開けて外へ出ていった。
おばあさんがニコやかに
色々と話をしてくれてる。
言葉のわからない周三は
まったく話の意味がわからない。
周三は椅子で肩身を寄せて小さくなり
申し訳ない気持ちになっていた。
しばらくして
おじいさんが男性を連れて帰ってきた。
(一緒にいる男性は誰だろう?)
老人に連れられてきた男性は
ガッチリとした体型で白い衣服を着ている。
背中から羽が生えているのが見えた。
「え!?天使なのか?」
周三は戸惑った。
(でも、羽生も天使みたいな雰囲気あるし
羽生からの連絡が天使に伝わってたのかもな。)
周三はなんとなく納得できそうな解釈をした。
奥の間に老人と天使が入ってきた。
入ってきた金髪で
長髪の天使が周三の顔を覗き込んだ。
周三は緊張して天使の顔をまともには見れなかった。
「君って田中か?」
天使は周三に気安い感じで語りかけてきた。
周三は椅子から立ち上がる。
「はい!はじめまして!
田中周三といいます!」とハキハキと日本語で答えた。
(すげぇ!
天使って日本語もペラペラなのか!万能すぎる!)
周三は心の中で驚愕した。
「やっぱり田中か。君もこの世界にきたんやな。」
(ん?まさかの大阪弁?)
周三は天使の顔をマジマジと見つめた。
「あれ?天使様って
なんだか知り合いにすごく顔が似てる気がするんですけど
天使様のお名前って中村って名前じゃないですよね?(笑)」
冗談っぽく核心に迫る質問を天使に投げかけた。
「おお!ナカムラナカムラ!
A組の中村太郎やで。」
(おなちゅう【同じ中学校】の人間が
異世界におるって選ばれる範囲が狭すぎるやろ!)
周三は突っ込みたくなった。
「詳しい話をすると
羽生っていう転校生に『あなた天使の才能がある。
天使やってみない?』って勧誘されてさぁ。
ちょっとそういうスピリチュアルな事に
興味があったから
体験入部みたいな感じならええよって承諾してん。
そしたら、あれよあれよとこんな場所まで来てしまって
なんか天使の修行が始まったんや。」
軽い感じで、いきさつを話す中村。
中村太郎は周三とは同じ中学の2-A組で
周三は2-C組なので違うクラスだが小学校は同じだ。
中村の家は会社を経営してて裕福な家庭で
親戚には国会議員とかがいるそうだ。
かなりボンボンな印象が周三にはある。
中村は、成績も運動も中の上くらい。
能天気で正義感が強くて
たまにアホな所もある人物と周三は記憶していた。
「俺も羽生に勇者の才能があるって言われてここに来てん。」
「そうなん!?
羽生って勧誘しまくってんのかな?
あの女は天使の顔をした悪魔やったらどうしよう(笑)」
「え?羽生は男やろ?」
「ん?羽生って男なん?
ん~、いやいや、リアルの学校で女子制服は
コスプレイヤーとしてはハイレベルすぎやろ。
多分、いや、確実に女やで。」
「名前って羽生優斗やんな?」
「羽生陽子やで。」
「陽子?C組の転校生か?」
「いやA組の羽生や。」
「羽生って何人おんねん!」
2人はそう声を合わせた。
中村太郎がテーブルの席についた。
おばあさんが焼き菓子とコーヒーを
中村の前に置く。
おじいさんは店のカウンター席に座った。
中村は落ち着いた様子で口を開いた。
「まぁ、羽生の事はまたあっちの世界に
帰ったら確認するとしてや。
僕がここに来たのは天界からの通達があったからや。
『第三大陸に外界から勇者候補がくるから
だからタロウ、
あなたはカノレル雑貨店に行って
こちらの事を説明してあげてください。』
って通達があったからここに来た。」
中村はそう説明した。




