潜入
周三とロアンの2人は敵の軍船団を発見し飛行偵察に成功する。
しかし、周三が魔眼で見たものは
軍議で予想していたような大規模な空間転移魔法ではなく
大規模な物質分解魔法だった。
味方の一部を犠牲にすれば有効な手段もあるが
周三は誰かを犠牲にする選択をするほどの覚悟は無かった。
四面楚歌に陥った周三は
自分が危険になるため黙っていた情報をロアンに提示する。
それは周三は構築式を解読した事で起動式を解除する事が
できるということであった。
解除するためには大規模魔法式の本体の核に直接触れないといけない。
敵の軍船に乗り込むという危険を避けたかったが
周三はロアンの戦闘力に運命を賭ける事を決意する。
敵の軍船団の中心にある大規模魔法の核が載っている軍船に
侵入し魔法を解除する作戦を実行に移すことにした。
周三とロアンの2人はグリフォンに騎乗し低空を飛行しながら
敵軍船団とかなり距離をあけて後方から追尾していた。
「シュウ、敵船に乗り込んだらそこはもう戦場です。
万が一の時は敵を斬る覚悟もしておいてください。
敵地では何が起こるかわかりませんから。
もちろん敵の攻撃からは必ずわたしが守ります。」
周三は後ろのロアンに顔を向けて覚悟を決めた表情で
「わかりました。」と言うと左手で自分の腰の剣を強く握り締めた。
周三は人を斬る覚悟などできてはいなかったが
敵地に乗り込む提案をしたのに、敵を斬れません。と
士気を下げるような発言をするのは気がひけただけだった。
ロアンは周三の返事に頷くと
「では、アルフレッドから降りましょう。」と言った。
「え!?まさか泳いで乗り込むとかいう無茶ぶりですか?
俺はまだ勇者という名のただの少年です。
遠泳の経験とか皆無ですけれど
プールでなら50メートルまでは一応は泳げます。」
「あははは。安心してください。
泳ぐなんて言いませんよ。海上に降りて海の上を移動します。」
「はい!?それはどういうことですか???
人魚さんに運んでもらうんですか?」
「なるほど。人魚に運んでもらうのでも構いませんが
実は水の精霊ウンディーネを召喚して海の上を歩いて移動します。」
「へぇ~。そんな事ができるんですね。」と周三は感心した。
「では、準備しましょう。まずヘルメットとゴーグルを
外してください。」とロアンは周三に指示した。
「はい。」と周三は返事すると
ヘルメットとゴーグルを外してロアンに手渡した。
ヘルメットを外すと周三の髪の毛がぺしゃんこになっていた。
それを気にして周三はしきりに手櫛で髪を整えた。
ロアンは周三から手渡されたヘルメットとゴーグルの紐に
左腕を通してひっかけると
次に周三に取り付けていた命綱をほどいた。
続いてロアンは自分のヘルメットとゴーグルを外すと
それを周三のヘルメットとゴーグルと一緒にして
ヘルメットとゴーグルの紐に命綱を絡ませて締め上げて馬具に固定した。
ロアンはゴーグルとヘルメットがしっかりと固定したか確認してから
腰の細身の片手剣を抜いて切先を上に向けた。
剣に刻まれた4つの召喚魔法陣の
上から2つ目に左手の人差し指と中指で触れた。
ロアンの口元を微かに動いていたが周三には何も聞き取れなかった。
「では、降りましょうか。」とロアンが周三に向かって微笑んだ。
「あの。どうやって降りるんですか?」
「見ててくださいね。」とロアンは応えるとまず手綱を引いた。
するとグリフォンが羽をばたつかせて速度を落として
ゆっくりと海面に降りていく。
「海の上に着陸するんですか!?」
「ええ。そうです。もう海面は陸地のように歩けますよ。」と
ロアンが当たり前の事のように応えた。
グリフォンが海面に4本の足をつけて着陸して止まると
軽い足取りで海面を何歩か歩いて立ち止まると伏せた態勢をとった。
「ではわたしから降ります。」とロアンは言って
グリフォンの背中からさっと軽やかに海面に飛び降りた。
周三はロアンの海面に飛び降りる姿をジッと目で追った。
ロアンはしっかりと海の上で立つと
「シュウの番ですよ。さぁ手を貸しましょう。」と周三に手を差しのべた。
「ありがとうございます。」と周三は礼を言って
差し伸べられた手に摑まるとロアンの肩にも手を置いて
恐る恐るグリフォンの背中の馬具から降りる。
海面に足をつけると確かにしっかりとした地面の感触があった。
海面に両足をつけた周三は
「ロアンさん!俺、海の上に立ってますよ!
うわぁ~!テンション上がりますね!」とはしゃぎだした。
テンションが上がって無意味に走り回る周三に
「限られた範囲の海面を固定化していますので
あまり遠くへは行かないようにしてください。
落とし穴のように落っこちてしまいますよ。」と自重を促され
周三はその言葉にビクッとして「はい!気をつけます!」と足を止めた。
「走って船に追いつくのは無理なので
この固定化した海面を軍船団の内側に移動させて
一気に中央の軍船まで向かいます。
移動する勢いで転倒する危険があるので
地面に座ったり寝転がっても構いませんので
体が安定する好き姿勢を取ってください。」
「はい。それじゃあですねぇ。」と周三は少し考えるそぶりをしてから
半身を前に向けて腕を水平に広げた。
「それは何の姿勢ですか?」とロアンから不思議そうに訊かれて
「俺の国には板の上に立った姿勢で
大きな波に乗るサーフィンって
競技があるんですけれどその競技の真似です。
俺は波乗りした事がないので
気分だけでも味わおっかなって思いまして。」と周三は説明した。
「それは楽しそうですね。わたしもご一緒しましょう。」
ロアンも半身になり両手を肩に水平に広げた。
「では、準備はいいですか?」
「はい。俺は準備オッケーです。」
ロアンは何か小声でつぶやいた。
そのあと周三は体を後ろに徐々に引っ張られるような感覚を覚えて
海面が動き始めている事に気付いた。
グリフォンは移動する海面から飛び上がって上空に舞い上がった。
どんどん海面のスピードが上がっていくと
それに比例して前方からの風圧が強くなってきた。
波乗りというよりスケートボードに乗ってるような感じがした。
「なかなか爽快ですね。今度、本当の波乗りも教えてください。」
「いえ、俺はオカサーファーなんで無理です。」
「あはは!陸の波乗りというのは面白い例えですね。」とロアンは笑った。
遠くに軍船団が見え始めた。かなりの速さで軍船団に近づいている。
周三とロアンの乗る水面が一気に加速し敵の軍船団の群れに突入した。
軍船の側面のギリギリの距離で移動して甲板からは
見えにくい位置取りで軍船団中央を目指して軍船を追い抜いていく。
軍船団に追いつくまでは直線移動だったので
海面に立った姿勢でも体は安定していたが
軍船団の群れの中の移動は左右の動きが加わるので
足腰が弱い周三は横揺れに耐え切れず豪快に尻餅をついて転倒した。
「シュウ!大丈夫ですか!?」とロアンはすぐに
海面に両膝をつけて周三の体を心配そうに両手で支えた。
「ありがとうございます。大丈夫です。
これがオカサーファーの俺の限界ですね。
サーフィンではなくスケルトンのポーズにします。」
「スケルトン?」
「氷の坂を平べったいソリに乗って頭から滑り降りる競技です。」
周三はそう言うとうつ伏せに寝転ぶと両手両脇を体に密着させて
気をつけのポーズをして頭だけを上げて顔を正面に向けた。
「頭から坂を滑り降りる競技とは。
まさに勇者のイメージにぴったりですね。」
「そうっすね。でも、俺はやったことが無いし
これからも挑戦するつもりはないです。」
周三は勇者らしからぬ事をキッパリと言い切った。
「でも。その姿勢は空気抵抗も少ないですから
安定することもさることながら敵に見つかりにくいですね。
わたしもその姿勢になりましょう。」
ロアンも海面に水平にうつ伏せになったが気をつけの姿勢はせずに
両肘をついて匍匐前進のような姿勢を取った。
2人は目視で各軍船に目を凝らしたが
活発な人影らしいものは見あたらない。
軍船からは明かりさえも漏れてはなかった。
海面を滑るように移動し続けて中央に近づくと周三は魔眼を発動した。
周三たちの直線上にある軍船に大きな魔力を探知した。
「あの船です。」とロアンに言うと
200mほど先を航行中の軍船を指差した。
「わかりました。」とロアンは応えると
その船の方向に向かって海面は速度を緩やかに落としながら
目標の軍船に追いついて船尾の真下に2人の乗る海面がぴったりとつくと
周三は魔眼でもう一度念入りに軍船全体を凝視した。
すると船の一番下の中央に強大な魔法の塊が魔眼で見えた。
その周りに魔力を放出する者が多数いるのも
魔力の光を魔眼で視認して確認できた。
船の上部は魔力を持つ生物が大勢いるが魔力がかなりぼやけている。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
3人の乗組員が甲板内の別々の位置で歩いて移動しているのを
魔力の光として魔眼で捉えて認識できた。
ロアンは左隣でうつ伏せになっている周三の肩を軽くさすった。
周三が軍船からロアンに視線を移した。
ロアンは小さな声で周三に
「今から海面を上昇させて最後部の甲板に
下りて潜入しますが悪魔の気配はありますか?」と訊ねた。
軍船と軍船との間隔はある程度は開いている。
それに夜なので視界も暗い。
他の軍船に周三たちが発見されるなんて事は無さそうだった。
船尾のあたりには活発な人影を感じない。
周三は軍船に潜入できそうだと判断した。
「おそらく大丈夫だと思います。」と周三が小声で言うと
「わかりました。では潜入しましょう。」とロアンが小声で返事した。
周三はロアンの口元が微かに動いたように見えた。呪文だろうか。
すると2人の乗る海面がゆっくりと上昇し始める。
しばらく上昇すると上昇がピタリと止まった。
船尾の手すりの間から船の甲板の様子をそっと覗くと
翼の生えた悪魔たちが甲板にたくさん寝転がっていた。
悪魔は黒い鎧を身につけてるようにうっすらとだが見える。
青い月が出ているが月明りはそれほど甲板を照らしていない。
肉眼では悪魔の姿を完全には
捉えにくかったが魔眼でしっかりと魔力の光が見える。
目視で甲板の悪魔にはだいたい翼が生えているようだ。
「羽がみんなに生えてますけどここの悪魔は堕天使でしょうか?」
周三はささやくような声でロアンに訊ねた。
「いいえ、違うでしょう。
堕天使は第二大陸ではとても地位が高い悪魔だそうです。
腐っても元は天使です。それに人数も少ない。
天使が悪魔に堕ちるなんて相当な悪事を働かないといけません。
悪戯程度で天使が堕天してたら
悪魔の勢力がどんどん強くなるだけです。
天界もそれくらいことは承知しているでしょう。
影の国の王は堕天使のルシカルなので
なおさら堕天使の地位は高くなるとわたしはおもいます。
堕天使というだけで将軍か上級士官になるはずです。
一兵卒なら鳥系か虫系の悪魔の可能性が高いですね。」
「そうですか。鳥や虫なんですね。
虫は苦手なので鳥であってほしいです。
魔眼で見渡しましたがほとんどの悪魔が寝てるようですよ。
歩いてる悪魔もいますが見張りというよりも
ウロウロしてるだけな感じがします。
悪魔は夜行性かと思ってたけれどそうでもないようですね。」
「悪魔は夜行性が多いかはわたしにはわかりませんが
もしかすると昼間は重労働をさせられているのではないでしょうか。
見たところ船の型はかなり時代遅れです。
こんな船で遠い国から強行軍で航行してきたなら
相当な無理をしているはずです。」
「そんな苦労をしてまでなんでこんなとこまで来たんですかね。」
「確かに疑問ではあります。
シュウは世界情勢についての知識がまだ無いですから
意味のわからない行動のように思うでしょう。
実は世界の平和というのは完全なものではないのです。
カンベインが世界に対して力ずくで
押し付けた平和ですのでかなり歪んだ形の平和なのです。
しかし、カンベインのあまりにも強力すぎる力で
平和を押し付けたので歪んだままで世界は落ち着きました。
ですから世界全体を巻き込むほどの
大きな紛争や戦争は起こりませんでしたが
国家間の戦闘や国家内の内部紛争は世界各地で今も起こり続けています。
今回の事も第二大陸の紛争だけが原因ではないのかもしれません。
その原因がわかれば政治的な防衛策も見えてくるでしょうね。
いけない。長話をしてすみません。すぐ潜入しましょう。」
「了解です。ロアンさんの話を聞いて
力ずくだとしても世界を平和にしたカンベインさんはすごいと思いました。
さぁ、潜入してさっさと大魔法を解除しないといけないですね。
朝日が昇る前に仕事を終わらせないといけませんもん。」
ロアンは周囲を見渡して目視で敵の姿が無いかを確認すると
スッと音も立てずに船の甲板に華麗に飛び乗った。
周三にはそんな脚力は無いので甲板のロアンの肩を
借りながら手すりをまたいでそっと甲板に足をつけた。
「ロアンさんなんだかお手数おかけしまくりですみません。」
「まったくお気になさらないでください。
シュウを補佐する為にわたしはここにいるのですから。」
2人は腰を落としながら甲板を慎重に移動した。
悪魔たちがイビキをかきながら甲板の上で無造作に横になって熟睡してる。
2人は周囲を警戒したが見回り兵は特にはいなさそうだった。
周三とロアンは腰をかがめて悪魔を踏まぬようにとゆっくりと移動した。
魚の骨や鳥の骨などの残骸が床に散乱して床がヌメヌメして気持ち悪い。
そんな不衛生な床にそのまま寝転がって寝てる悪魔の姿を
目の当たりにして周三はなんとも言えない気持ちになった。
マントを毛布代わりにしている悪魔が多かった。
寝相が悪くて体がマントからはみ出していたり
足のあたりにマントを蹴飛ばした状態で寝ていたりする。
2人はそんな悪魔たちからマントを2着拝借した。
このマントを羽織ってフードを被れば他から怪しまれないかもしれない。
しかしマントを着てみるととにかく異臭がひどかった。
マントは鳥臭さと腐臭が入り混じっていて不快な気分にさせた。
もう!軍服に匂いがついちゃうよ!と周三は自分の軍服の心配をした。
2人は悪魔のマントを着て甲板上で移動を続けた。
ぼんやりと座ってる悪魔やフラフラと歩いてる悪魔もいたが
こちらに気付いても興味が無さげだった。
2人は軍船の船内に入るための階段を発見し船内に入ろうとした。
後ろから「おい!」と声がかけられた。
周三は驚きすぎて体がビクっとなった。
ロアンはマントの中で腰の剣に手をかけた。
周三は恐る恐る目線を後ろに向けた。
そこには羽の生えた悪魔が立っていた。
「お前ら。。。羽が無いって事はウィザード(魔術師)か。」
カラス顔の翼の生えた悪魔が2人に声をかけてきた。
「はい。ウィザードです。」と周三は答えた。
周三とロアンは猫背気味な姿勢を取りながらフードで顔半分を隠した。
「やっぱりそうか。2人とも今頃に休憩か。大変だな。
休憩はまだ残ってるか?まだ時間があるだろ?
いい物やるからこっち来いよ。」とカラス顔の悪魔が
馴れ馴れしく周三の肩を組んできた。
邪魔臭いなぁ。と周三は思いながら「いえ、もう戻らないと。」と言うと
「そなの?それじゃ、しゃ~ねぇわな。じゃ、今、持ってる分をやるよ。」
そう言って周三に何かを手渡してきた。
カラス顔の悪魔はその何かをロアンにも手渡した。
周三はカラスの顔をじっくりと凝視した。
カラス顔の悪魔の目はとても優しい光を帯びていた。
手渡されたのは黒く錆びた銀のような四角い物体。
まるで銀紙に包まれたチョコレートのようだった。
「お前らはずっと魔法を使ってるからきっと魔力切れで疲れてるだろ。
おいらたちは肉体労働だからよ。
魔力より体力を使うから肉とか魚とか欲しいけれどよ。
お前らにはこっちの方がいいだろ。」
周三は魔眼で手に持った四角い銀色の板を見た。
魔眼から頭の中に流れ込んだ情報で四角い銀色の板は
魔力の結晶体だとわかった。周三はこれは魔石に違いないと思った。
「どうもありがとうございます。」と周三が言うとカラス顔の悪魔は
「みんなには内緒にしとけよ。おいらの巣から結構持ってきたんだけどよ。
もうあんまりストックがねぇ~んだ。あははは!」と笑った。
「なんで俺らに優しくしてくれるんですか?」と周三は悪魔に訊ねた。
「なんつうかな。おいらたちはウィザードとあんまり絡む事がねぇからよ。
一回くらい喋ってみたかったんだ。この船に乗った時以来
ウィザードが一度も外の甲板に姿を見せねぇからさ。
一番下の甲板でもう死んでんじゃねぇかなって
外で噂になってて心配してたんだけどよ。
お前らを見かけてちゃんと生きてたんだな。ってわかったら
なんかこう嬉しくなってよぉ。まぁそんなこと言っても
結局はみんなこの戦いで死ぬんだろうけどさ。
でも最後のその時までお互い頑張って生きようや。って
それだけは伝えたかったんよ。
だからその魔石はなんつうかおいらからの気持ちだな。」
カラス顔の悪魔は照れくさそうにそう言った。
周三はなんだかとても切ない気持ちになった。
周三は四角い魔石を眺めてると魔眼からの情報が頭に入ってきた。
魔眼は魔力を吸収する事が出来る事がわかった。
魔眼って魔力を蓄積できるのか。と魔眼の新たな能力に感心した。
「じゃあ、遠慮なく頂きます。」と
カラス顔の悪魔に言って周三は体をかがめて魔石を左目に近づけた。
すると魔眼の前で魔石が黒い煙になって一瞬で魔眼に吸い込まれた。
周三より背の高いカラス顔の悪魔には
フードを深く被って猫背ぎみな姿勢を取っている周三の顔はよく見えず
周三が夢中で魔石をほおばって食べてるように見えていた。
ロアンも魔石を食べているフリをしていた。
「お前ら、いい食べっぷりだなぁ。
まぁ、おいらが名乗ってもあんま意味ないかもしれんけど
おいらの名前はテントウってんだ。憶えといてくれよ。」
「俺はシュウ。こっちはロアン。よろしく。」
「ほう。シュウにロアンか。また休憩しに出てきた時に
俺を見かけたら声をかけてくれよな。なんか時間取らせて悪かったな。
お前らが見張りの兵に怒られたりしたら悪いからおいらが送っていくわ。
兵士になんか言われたらテントウのせいって言えばいいからな。」
テントウは2人を連れて歩き出した。
テントウは軍船の中央にある櫓の中に入るとそこにある階段を下りた。
周三とロアンもテントウに続いて階段を下りると広い廊下に出た。
軍船内の廊下はランプが少なく火も小さいのでとても暗い。
階段のすぐ左側にまた下りの階段がありテントウはその階段を下りた。
2人も続いて下りるとまた広い廊下に出た。
その廊下をテントウは真っ直ぐ船尾の方向に歩いて行く。
2人もテントウの後に続いた。
しばらく歩いて行くと廊下の行き止まりに大きな扉があった。
この扉に着くまでに廊下の隅で寝ている悪魔や
階段で座り込んでる悪魔を何十人も見かけたが
テントウが先頭を歩いているおかげで悪魔たちに怪しまれなかった。
テントウは大きな扉の前で2人に笑顔を向けた。
「俺が門番にちゃんと言ってやるからな。」と言うと大きな扉を開けた。
扉の中には翼の生えた悪魔が2名立っていた。おそらく門番だろう。
テントウが門番の一人に話しかけた。
「ちょっといいか。えっと、こいつらと今まで話し込んでてよ。
おいらの話がすげぇ長引いてちまってさ。
なんかこいつらの休憩時間がとっくに終ってたみたいなんだわ。
だからおいらが全部悪いんだ。
だからこいつらを叱らないでやってくれるか。」
その説明に門番は眠そうな顔で
「そうか。わかった。2人とも入れ。」と興味なさげな声で言った。
テントウは満足げな顔で「じゃあまたな。頑張れよ!」と言うと
周三とロアンの2人に向かって大きく手を振りながら去って行った。
周三とロアンの2人はテントウに手を振り返して見送った。
扉をくぐるとそこは踊り場になっており突き当りに幅の広い階段があった。
その階段からウィザードらしき3人組が連れ立って上がってきた。
休憩というのは本当にあるのかもしれない。
休憩もせずに魔術を使い続けるのは悪魔であっても
体や精神がもたないだろう。
周三とロアンは踊り場から突き当りの階段を下りると
そこには大きなフロアが広がっていた。
部屋を区切る壁や仕切りなどはまったくなく
このフロア全てが1つの空間となっている。
フロアの中心に大理石のようなものでできた円柱形の台座があった。
その台座の上に直径1mほどの球体が青白く不気味な輝きを放っている。
その球体は台座から20cmくらい浮き上がっていた。
ロアンが球体を目視して「あれですね。」と
小さな声で周三に確認すると「はい。」と周三はすぐ応えた。
青白い球体が載る台座の周りにはおよそ100名ほどのウィザードが
台座を取り囲んで取り囲んで所せましと直に床に座っていた。
ウィザード達は皆が球体の方向に両手をかざしながら呪文を唱えている。
フロアの隅々に延べ棒のような形をした魔石が山のように詰まれていた。
船内の廊下に比べこのフロアは蝋燭やランプの灯りが多くとても明るい。
証明が明るいのは24時間体勢の作業場だからという理由だろうか。
もしくは大規模魔法の配置されたこの場所が重要視されているからか。
周三はゆっくりとした足取りでウィザード達を丁寧に避けながら
フロアの中央付近に向かって歩いていく。
周三は心の中で、俺はウィザードや。俺は悪魔のウィザードや。と
何度も自分に自己暗示をかけていた。
自分に暗示をかける事で場の雰囲気を壊さない自然な立ち振る舞いが
できるかもしれない。というおまじない程度のものだった。
気持ちを落ち着かせる効果はあったと言える。
そのおまじないが十分に効果的である理由が他にもある。
実は悪魔軍は軍船に敵が入り込む事など最初から警戒していない。
敵と遭遇するのはまだ先だという思い込みと油断が悪魔軍にあった。
ゆえに相当に怪しい行動や目立つ行動をして気づかれない限りは
悪魔たちは個々の役割を淡々とこなすだけの無気力な集団でしかなかった。
連合軍と遭遇するまでは悪魔たちに警戒心や緊張感は沸いてこないだろう。
文化レベルが低い第二大陸の中で
最も田舎の辺境にある影の国の軍隊の実態といえた。
フロアの中央に向かう周三の後にロアンも続いた。
ロアンが周三の後ろを歩く理由は敵に気づかれた時に
血路を開いて逃走路を確保できるようにだった。
ウィザードたちは皆が目を閉じて精神を集中していた。
2人が体のすぐそばを通ってもウィザードたちは目を開けなかった。
敵に気づかる事なく青白い球体の周囲の最前列に周三は到着できた。
周三はホッとしたがすぐにウィザードたちの視線を感じた。
ウィザードたちは中央の球体の方を向いているので
最前列まで移動する周三とロアンに視線が向くのは自然な事であった。
周三は最前列で腰をかがめて両膝を床につけると魔眼を発動させた。
周三は自然な動作で床に腰掛けると台座の上の球体に手をかざした。
ウィザードが詠唱している呪文を聞いて真似をして呪文を唱え始めた。
ロアンは周三の背後の床に腰掛けて同じように呪文を真似して唱えた。
すると周三とロアンに目を向けていた一部のウィザードたちの
興味が失せたようでウィザードたちは目を瞑ると淡々と呪文を唱えている。
周三は周囲を警戒しながら指に意識を集中した。
指にマナを集めるためだ。
魔術への干渉はマナを使わないといけない事は
偵察で魔眼で核を見た時に頭に入ってきた情報で理解をしていた。
両脇に座るウィザードがマナに気づかないように細心の注意を払った。
周三はマナによる魔術使用は未経験だ。
ディアナとの剣術の稽古でマナによる剣術への応用技術がある事を知った。
ディアナの剣術を魔眼で見ることでその仕組みは頭では理解できている。
だから周三は初めてなのに自分の中のマナを指に集める事が出来た。
マナを帯びた指じゃないと魔法文字に触る事が出来ない。
マナ以外では魔力で魔術に干渉することが可能だ。
先ほどテントウからもらった魔石を吸収した事で魔力は手に入れたのだが
周三にはまだ魔力の使い方がわからない。
魔力で魔術干渉した方が人間しか使わないマナを使うよりも
悪魔たちに怪しまれないが使い方がわからないのだから仕方ないだろう。
周三は両目を瞑ると意識を魔眼に集中させて
どんどんと集中力を上げていく。
魔眼は周三の脳と神経でつながっているので
今まで魔眼で見て得た情報は頭の中に送られてくる。
魔眼に意識を集中し続けると断片的な情報が魔眼の中で
おおまかにまとめられて整理されて脳に送られはじめた。
今まで見た情報の因果関係や共通点がはっきりしてきて
それが深い知識となり魔法へ介入する為の
いくつかの方法が頭の中で見えてきた。
周三は両目を開くと台座の上の青白く光る球体をジッと凝視した。
よく見ると球体の周囲に幾つも取り巻きながら
回転している帯状の魔法式が見えた。
無数にある帯状の魔法式の中のひとつに起動式があるのを周三は発見した。
呪文を唱えながら球体にかざした手を徐々に球体に向けて伸ばしていく。
周三は帯状の起動魔法式の中に刻まれている多くの文字の中から
アルファベットのTに似た文字があるのを見つけた。
それが起動式を維持する為の魔力を供給する意味を持つ文字だと気づいた。
球体の周りをグルグルと回転する帯状の起動式の文字列から
Tの文字を周三は必死で目で追った。
周三は体の姿勢を少し前かがみにして両腕を伸ばしきると
マナを帯びた指でTを摘むタイミングを計った。
緊張で周三の手のひらは汗で湿ってテカりを帯びていた。
ここだ!と周三はタイミングを見切ると伸ばした右手の親指と人差し指で
素早くTの文字を挟んだ瞬間に手首をひねってTの文字を逆さにした。
青白い光だった球体がドス黒い球体に変化した。
やったー!やったったー!と周三は心の中でガッツポーズした。
周三は心臓の鼓動が耳から聞こえるくらいに高ぶった。
必死で気持ちを抑えながら魔眼でドス黒い球体を確認すると
その球体は凝縮された魔力の塊である事がわかった。
大規模魔法を押さえ込む魔術を軍船団全体でいまもなおおこなっている。
その影響で魔法式が魔力化したあとも球体のままの形を維持させていた。
周三はふと頭の中にある可能性が浮かんだ。
それは、この魔力って魔眼で吸収できるんじゃね?という可能性だった。
周三は大魔法の解除が成功した事で舞い上がり冷静な判断を見失っていた。
可能性があるならやってみたい。という気持ちを
周三は抑えることができなくなっていた。
周三は球体に顔を近づけて一か八か魔眼を使って魔力の吸収を試みた。
するとほんの一瞬で球体が分解されて煙状になると
スッと周三の魔眼の中に吸収された。
台座から球体が消えたのに周りの大勢のウィザードたちに反応は無い。
しばらくして徐々に周囲で衣服がこすれる音が多く聞こえ始めた。
おそらくウィザードたちが動揺し周囲を意識し始めた。
ウィザードが周りをキョロキョロと見渡しはじめている。
ウィザードの一人がかすれた声で「門番!門番!来てくれ!」と叫んだ。
その声をきっかけにウィザードたちは立ち上がったが
その場を動かずに手は中央の台座にかざして呪文を唱える事はやめない。
ウィザードたちは立ち上がって足元をキョロキョロと見渡している。
どこかに球体が転がっていないかと確認しているようだった。
大規模魔法の本体がここに無い事がはっきりと確認されないと
ウィザードたちは呪文を停止できないしその場も動けない。
紛失したと思ったら実は台座から球体が転がり落ちて
見失ってたいだけなんて事になれば呪文を唱える事を
停止するのは自殺行為になりかねない。
門番をしていた2名の悪魔が走って階段を下りてきて
目についたウィザードから事情の聞き取りを始めた。
門番の2名は事情を把握すると大規模魔法の本体である球体を
必死になって探し始めた。
2名のウィザードが走って階段を上っていったのを周三は目撃した。
責任者に連絡に向かったのか?と周三はそれを見て思った。
周三は背後に座っているロアンに向かって目配せすると
ロアンは軽い頷きで返事した。
周三とロアンは動揺しているウィザードたちを
かき分けてウィザードの群れから抜け出すと急いで階段を駆け上がった。
階段を上がると大きな扉は開いていた。
ロアンは先に出て周囲を確認して安全を確認すると周三に合図した。
2人は階段に向かって廊下を真っ直ぐに走った。
周三が魔力球体を魔眼で吸収して球体が消失してしまった事で
フロア内は大騒ぎにはなったが
その騒ぎにまぎれてフロアを抜けだせた事は幸いだった。
球体は膨大な魔力量なのでもしも魔眼が魔力の吸収に手間取って吸収に
時間がかかっていたら周三が犯人である事がバレていたかもしれない。
廊下の中央にある階段を上ると数名を連れ立った悪魔と廊下で鉢合わせた。
その悪魔たちは黒い鎧を着ているが鎧の装飾が凝った造りだった。
悪魔軍の上級士官だろうか。
「おい!ウィザード!下が騒がしいが何かあったのか?」
集団を率いている大柄な悪魔が周三とロアンに大声でそう訊ねてきた。
「シュウ、この階段を上れば外に出ます。さぁ行きましょう。」
ロアンは周三の耳元で小声でそうささやいた。
ロアンの言葉に対して周三は何故か無反応だった。
歩み寄ってくる悪魔の集団に対して周三は
「あの~。すみません。あなたたちは偉い人たちですか?」と訊ねた。
ロアンには周三が何を意図して発言したかわからずにジッと見守った。
先ほど2人に声をかけた大柄な悪魔が周三の言葉に反応した。
「そうか。暗くてわしの顔が見えんのか。わしは将軍のギヨクだ。」
周三はギヨクの顔を凝視した。
ギヨクの顔は梟そのものだった。
こんばんは。




