馬車
帝国監督府の4階の総監室の東側にある会議室にて
各国武官が集まって意見交換が行なわれた。
意見交換会は帝国参謀仕官ミュアン・ヤーコック少佐の
進行で行われたがミュアンの独壇場となった。
ミュアンが作戦や諸将の配置をひとりで全部決めてしまった。
すべて決まってしまったので意見交換会が無事にお開きになった。
それぞれの準備が出来次第にフェンティーア議事堂の裏の停泊所にて
軍艦フェンティーア号に全員が搭乗して
フェンティーアの北にある軍港に向かう事になった。
周三は帝国監督府からカノレル雑貨店に帰宅する事にした。
ディアナはそのまま総監室に残ると言った。
帝国の官僚や役人らと事務的な処理をしなければならない為だ。
ミュアン少佐もディアナの事務処理の手伝いで総監室に残った。
中村は監督府から北に向かった。
部下1000名と合流するために
部下との集合場所であるアルベルク大聖堂に行く為だ。
甘根とシュトム将軍は馬車で
そのまま真っすぐにフェンティーア議事堂に向かうそうだ。
甘根が外交団として連れてきた炎の国の文官たちは
炎から渡航してきた時の船で第二大陸イシュエル半島に帰国するらしい。
周三は監督府の窓から甘根が馬車に乗る姿を目撃したが
馬車は屋根の無い荷台だった。野菜の行商人を彷彿とさせた。
荷台には赤い敷物を敷いてある。
絨毯はレッドなので貴人扱いはされているのだろう。
甘根とシュトム将軍が胡坐をかいて座っていた。
屋根の無い馬車である原因はシュトムの体が大きすぎるからだ。
シュトム将軍の体はそれだけ規格外なのだろう。
リュークとハヤトールの2人は監督府の裏にある剣術稽古場に向かった。
稽古場に待機させている仕官たちと各部隊の配属などを
軽く打ち合わせてからディアナとミュアン少佐と共に
帝国仕官一同は帝国軍の所有する馬車数台に乗り込んで
議事堂の裏の停泊所に向かう予定だ。
ディアナは皇族なのでおそらくは特別な馬車が用意されるだろう。
コーラント少将は軍艦を早く見たいらしくて単身で
帝国軍の馬車に乗りこんで停泊所に向かった。
コーラントは水軍士官なので最新鋭の軍艦に興味があるのだろう。
周三は徒歩で監督府に来たので歩いて帰ろうと思っていた。
周三はロアンに呼び止められた。
「シュウ、よかったら馬車で一緒に帰りませんか?
カノレル海上貿易会社が馬車を用意してくれまして
フェンティーア議事堂とシュウの下宿先の雑貨店は
同じ方向ですのでぜひどうですか。」とロアンに誘われた。
「お言葉に甘えます。ありがとうございます。」と周三は承諾した。
ロアンは総監室を出た直後に耳の隠れる白い布の帽子をかぶった。
ロアンは今後もずっとフェンティーアの街で暮らしていく。
だから他の人の目を気にしての事だろう。
周三はロアンと一緒に帝国監督府の建物を出た。
帝国監督府の門の前に高級そうな黒塗りの馬車が停まっていた。
馬車の運転手も黒の正装をしていて馬車の扉の横に立っている。
運転手がロアンを目で確認すると馬車の扉を開けた。
周三が雑貨店で先に馬車を降りるのでロアンは先に馬車に乗った。
周三もロアンに続いて馬車に乗り込むと
運転手にカノレル雑貨店の近くで降ろして欲しいと伝えた。
運転手は周三に向かって頷いて「かしこまりました。」と言った。
運転手は扉を閉めて馬車の前方の運転席に座った。
馬車がゆっくりと発進した。
道が舗装されてるせいかそれほどの揺れはない。
周三はロアンに顔を向けた。
「ロアンさんって妖精国の偉いさんだったんですね。」
「いえ、家がそういう家柄というだけです。」
「じゃあ、貴族のお生まれなんですね。
俺はつい数日前までは一般家庭に生まれた庶民の子だったのに
さっきいきなり総司令官とか言われて今も混乱してるんです。」
「確かに今回の事はいきなりでしたし大変だと思います。
でも生まれで資質の全てが決まるわけではありませんよ。
現に剣の名門の家に生まれたディアナ姫に
シュウは剣で勝利したではありませんか。」
「いや確かにそうですけど。あれはロアンさんのおかげです。」
「いいえ、確かにお手伝いはしましたが勝ったのはシュウの力です。
そうだ!剣で思い出しましたが必ず戦場にはシュウが
カノレルさんから頂いたあの剣を必ずお持ちになってくださいね。」
「どうしてですか?」
「あの剣は実は聖剣です。フェアリーは神と妖精の中間の存在です。
フェアリーと同化した剣には強い対魔力効果があるのです。」
「そうなんですか!?それはすごいですね。」
「ええ、あの剣さえあれば敵の魔法攻撃に対応ができます。」
「それはありがたいですが俺はこの戦争で
剣で敵を斬ったり斬られたりするんでしょうか?」
「戦場ですから十分にあり得ます。しかし、シュウは総司令官なので
厚い金属の板で覆われた戦艦の中で命令するだけでいいのですよ。
逆に戦いの前線に出たりして
総大将であるシュウが捕まったりしたらこちらの負けになります。
ですからシュウは戦艦から出て戦闘してはいけないのですよ。」
「え!?俺はずっと戦艦の中にいていいんですか?」
「ええ。それで大丈夫です。戦うのは現場の各将兵たちです。」
「なんかそれはそれで申し訳ないっていうか。」
「総司令官はとても大事な役目です。
誰にでもなれるものではありません。
ですからそんな事に気を使わなくていいのですよ。
それに総司令官は良い事ばかりでもありません。
戦いに負けたら全部シュウの責任になってしまいます。」
「うわぁ!それも嫌だ!俺のせいで
フェンティーアが大被害を受けるとか絶対考えたくないです!」
「フェンティーアに被害が出るなんてわたしも考えたくはありません。
シュウは出来る範囲の事に全力を尽くせばいいとわたしは思います。
戦争は役割分担を決めて行なうものですから
シュウがひとりで頑張っても勝てるものではありません。
全員がひとつになってこそ勝利があるのではないでしょうか。」
「それはロアンさんの言うとおりだと思います。」
「シュウ、ここだけの話なのですが。」
「どうしたんですか?急に改まって。」
「おそらくですがこの戦いはこのままでは負けるかもしれません。
出撃前にこのような事は言いたくなかったのですが
シュウは総司令官ですので現実を知ってもらう必要があります。」
「え!?何で負けるんですか!?
決定した作戦はバッチリじゃなかったんですか?」
「実は軍議中も意見交換会でもずっと思っていたのですが
言ったからといってどうにもならないので黙っていました。」
「何を黙っていたのですか?」
「わたしたちは今も敵について何の情報も無いままです。」
「え!?だいたいの事はシュトムさんの情報と
ハシルさんの分析でわかったんじゃなかったんですか?」
「そうですが、結局は全てが推論だけで軍議が終ったのです。
敵の目標もフェンティーアとは断定できていません。
敵の目的もネヴェシス姫とは決まっていません。
作戦もあくまでも敵が一カ所に固まりながら
行動をするという推論に基づいて立案されたものです。
敵がこちらの推論通りなら勝てますが推論から外れたら負けます。
それでは戦争というよりギャンブルです。
こちらは敵を確実に全滅させないといけないのですから
今のままで勝てると思うのは楽観視をし過ぎていると思います。」
「なるほどロアンさんの言うとおりだと思います。」
「最もわたしが不安に思ったのは
敵が使うという消失という戦略級魔法です。」
「何か疑問があったんですか?」
「はい。この消失という魔法は空間形成と空間転移の
両方を行なうという超高度な魔法なのですが
空間形成は宇宙を作る初歩のチカラですので神に近いチカラです。
それは神に近い存在と言われたルシカルなら可能かもしれません。
しかし、空間転移も十分に神に近いチカラなのです。」
「そうなんですか!?」
「ええ。空間転移はかなり高度な魔法です。
それなのに悪魔の魔術師たちが大勢集まったら
広範囲の空間転移魔法が可能のような仮説を立てていました。
炎の国のウィザードは魔法の分析が得意ではありません。
理由は簡単です。第二大陸には魔法の研究機関が無いのです。
空間転移は悪魔の魔術師が大勢集っても使える魔法ではありません。」
「空間転移魔法は簡単なのかと勝手に思っていました。」
「簡単に空間転移魔法が使えるのでしたら
瞬間移動が簡単な魔法という事になってしまいます。
しかし、瞬間移動を使う魔術師なんて今まで聞いた事がありません。」
「そうか。確かに簡単に空間転移が使えるなら影の国は
一瞬でフェンティーアに大軍を送れるはずなのに
わざわざ水軍を編成して兵隊を船で送ってきていますよね。」
「転移の力は天界や魔界などの門に使用されているのみのはずです。
そのような神の領域に近い力を魔術師が使うという事を
前提にして会議していては本質に近づけません。
主天使ハシル氏も本質に近づけていない事に気付いていた気がします。
だから作戦は現場の将官で臨機応変にと提案をしたのでしょう。
その提案で無駄な話し合いは避けたのだとわたしは感じました。
わたしも炎の国の魔法分析に異論を唱えたら
答えの見えない水かけ論になると思われたので
そんな事で時間を無駄にするのを避けました。」
馬車がギィィィィィっと音をたてて止まった。
馬車がカノレル雑貨店の近くに到着したのだろう。
運転手が降りてきて馬車の扉の取手に手をかけている。
「あ。下宿先に着いてしまいました。
ロアンさん、話の続きはあとで話しましょう。」
「はい。ただ最後にこれだけは言わせてください。」
「ええどうぞ。何ですか?」
「影の国の水軍に戦略級の魔法が存在するのかを確かめるのと
もし存在するなら戦略級魔法の秘密を暴くために
魔眼のチカラがきっと必要になります。」
「え?魔眼を使うのですか?」
「できればお願いをしたいのです。
シュウに司令官は前線に出なくていいと言ったそばから
こんな提案はしたくはなかったのですが
1度でいいのでシュウには敵の水軍を空から
偵察を行なって頂きたいのです。」
「マジっすか!?俺は空を飛べないですよ!」
「それは承知しています。
もう時間もありませんのでまた詳しい話はのちほど致しましょう。」
「わかりました。ではまたのちほどで。」
周三は馬車を降りるとロアンの方に振り返った。
運転手が扉を閉めると運転席に戻った。
馬車はゆっくりと発進した。
周三はロアンに向かって手を振った。
ロアンも周三に手を振った。
周三は、俺はこれからどうなっちゃうんだろ。と思いながら
カノレル雑貨店の横の家の前に立っていた。
扉には竜の頭を象った紋章が描かれている。
この家の扉は元の世界の入り口である。
周三はこの扉を開けて元の世界の家に帰りたい欲求にかられていた。
こんばんは。




