天使の理
「天使は破壊されると魂は天界に還るのか? 」と
カレンはファデルに質問をした。
カレンの質問に感心しながら
ファデルは口を開く。
「天使の頃はオレは
事務職のような仕事ばかりをしていてな。
そのせいで堕天使になっても戦闘が
どちらかといえば苦手だったんだ。
天使時代はデスク仕事ばかりだったからこそ
色々とこの世界について知り得て
それについて考える事も多かった。
カレンは『天使は魂が天に還るのか? 』と訊いたよな。
魂って、なんだ?
そもそも魂とは何なのかが漠然としているだろ。
例えばオレが創造神だったとする。
創造神であるオレが、ただの紙きれに
『ファデル』という天使の名前を
文字で書くとしよう。
そして、そのファデルと書いた紙を燃やす。
そうすればファデルと書いた紙は消滅するよな。
その後に創造神ではない存在、例えばカレンが
新しく別に用意した紙きれに
『ファデル』と文字を書く。
その紙に書かれた『ファデル』は
本物か偽物かどっちだと思う?」
「まわりくどい例えだねぇ。
考えるから、ちょっと待っておくれよ。」
カレンはかなり悩んでから口を開いた。
「う~ん。そうだねぇ。
『ファデル』と書かれたオリジナルの紙きれは
燃えて無くなったんだろ。
あたしは創造神では無い。
ただのカレンという人間だし
『ファデル』という天使本人ってわけでも無い。
あたしがファデルの名前を
紙に書いたってそれはただの偽物だろ? 」
ファデルは頷く。
カレンの目をファデルは見つめて口を開いた。
「いや、そうではないんだ。
『ファデル』とカレンが書いた紙切れも本物なんだ。
例えがわかりにくいかもしれないが
そういう仕組みが天使の魂の仕組みだと
思ってくれたらいい。
紙きれは偽物でも『ファデル』という名前は本物であり
ファデルの魂が宿っている。
そういう考え方なんだけれどわかりにくいかな? 」
「チンプンカンプンだね。」
カレンは意味がわからないと
言わんばかりの表情をした。
ボビーが口を開く。
「たしかに、よくわからん理屈だ。
同姓同名の天使が複数いたら
それは全員が同一人物って事にならねぇか? 」
ファデルは目線をボビーに向けて口を開いた。
「それがならないんだ。
複数の同じ名前の天使が
全員で、それぞれの紙に名前を書いたとしても
その一枚一枚が持っている意味は
別々の個体の意味を表している。
同じ名前の天使が複数いて
皆が同じ筆跡で名前を書いても
その名前は別々の天使を表しているんだ。
この世界そのものが個別に認識している個体。
それこそが天使の魂。
天使の魂を世界に刻めるのは創造神だけだが
天使の魂の復元は創造神でなくても出来るって事さ。」
「おう、そうなのか。」
意味が理解しきれずに悩んでボビーが口を開けた。
「もしも、ファデルという名の天使が一人しかいないのに
創造神が複数の紙に『ファデル』と書いたらどうなる? 」
ファデルが頷いて口を開く。
「創造神が書いた紙きれはその全てが本物だ。
全てが本物だが個体は1人を生み出したのか。
それとも複数の別々の個体のファデルの魂を
生み出したのかは
創造神の意思次第だろう。
要するに創造なんて自分勝手な思いつきなのさ。
その思いつきを
現実に具現化するのが創造神ってことだ。
天使ってのは創造神が頭で描いた情報が
具現化した存在。
情報体とでも言いかえれるか。」
ブラッドフォードは口を開く。
「情報体か。ふむ。
例えるなら赤子に名前を与えるのは誰でも出来るが
その名前をその赤子の本人のものだと
認定できるのは創造神だけという事だろうか? 」
ファデルはブラッドフォードを
見ながら首を横に振って口を開いた。
「ニュアンスは近いが違う。
名前なんて大人になってから
自分で変える奴もいるだろ?
名前が重要なのではなく
その天使の個体をこの世界にひとつの存在として
認識させる事が出来るのは創造神だけなんだ。
もっと詳しく言えば
創造神が残したこの世界の仕組みだけだ。
天使の『存在』それが天使の魂。
創造神以外は天使の魂は作れないが
天使の魂を復元する事は創造神以外でも出来る。
だから、天界に天使の魂が還るのではなく
創造神が作った世界の中なら
どこにでも現身を破壊された天使の魂は存在している。
天使以外の別の種族については
この理屈とは多少は異なる。
創造神が手続きせずとも人間の魂は
人間が繁殖することで増やす事ができる。」
「そりゃ人間は子供を作れば
いくらでも魂は増えるだろうぜ。
子供を作れる種族は全て魂を増やせるってわけだろ。」
ボビーが自信ありげにそう言った。
ファデルは大きくボビーに頷いた。
「だがあまり知られてはいないと思うが
天使の現身には生殖機能があるのを知っているか? 」
ファデル以外の全員が驚きの表情を浮かべた。
ボビーがニヤけた笑みを浮かべて口を開く。
「マジかよ!
天使が子作りできるなんて思わなかったぜ。
天使は天界でイチャコラしてんのかよ。
じゃあ、きっと、天使も母乳が出るんだな。」
ボビーに冷ややかな視線を送るカレンが口を開く。
「天使と人間のハーフとか聞いた事がねぇよ。」
ブラッドフォードは真剣な表情で口を開いた。
「ファデル。
それは超一級の機密事項ではないのかね? 」
「秘密ってわけじゃねぇが
天使は誰もその事を口にしたりはしない。
天使籍は総数がキチンと決まっているから
天使の数は増えようがない。
だから、子作りする必要がそもそも無い。
天使の誰かが堕天すれば
人間の中から天使を補充する仕組みがあるからな。
天使がなぜ人間から
天使を補充するのかはわかる? 」
ファデルは皆に問いかけた。
ブラッドフォードが口を開いた。
「創造神が留守だからか。」
ファデルは大きく頷いた。
「そういう事だ。
別の種族である人間の魂を
無理やり天使籍に組み込んで
天使の魂であるように
世界に思わせるという無茶な仕組みで
天使を作っているんだ。
創造神がいない事で天使の仕事が多忙だから
目いっぱい天使枠を使いたいのさ。
もしも生殖で天使を増やせば
時間と手間と労力がかかる。
忙しいから即戦力を欲しがっているのさ。
天使が夫婦揃って産休育休をとられたら
天使たちは手が回らなくなるのが嫌なわけ。
創造神が作ったオリジナルの天使は
天使の総数からしたら
比率はほんのごくわずかだ。
性欲という概念がない天使に
生殖能力なんてものがあるのは
天使の個体数を維持する為の
保険のようなのかもしれないと
オレ個人は考えている。
人類が滅亡するシナリオも考慮してかもな。
しかし、天使同士では子供は出来ない。
相手が別の種族に限り天使は子供を作る事ができる。
天使は天使の魂を作れない。
そういう創造神が作った縛りがあるからだろう。
性欲が無いから性への好奇心は強いが
性欲が無いから性的な行動はしない。
子供を作ろうと思ったら
天使を襲って無理やり作る方法と
天使が納得するような理由で
説得するしかないだろうな。
だが人間は所詮は天使に管理されている存在。
天使を手籠めにするほどの
力がある人間などほぼ存在しない。
それと天使が納得して子供を作らせるほどの
正当な理由が人間に存在するかは疑問だ。
この世に天使一人と人間一人しかいなくなったら
可能性はあるのかな。」
ブラッドフォードが口を開く。
「それでは質問だが
天使の総数が決まっているのなら
その事には何か意味があるのではないのか?
天使を大量に破壊すれば
人類に不利益があるのであれば
内容次第ではわたしは君の行動に賛成は出来ないし
君の行動を止めるために
実力行使もわたしは考えなければならない。」
カレンが口を開いた。
「天使を破壊するなんてあたしは怖いよ。
どんなバチが当たるか、わからないじゃないか。」
ボビーが口を開く。
「俺も同感だ。
人間である俺たちはユンディーの加護を
受けてはいても天使の管理下なのは変わらん。
闇黒天であっても人間籍を捨てたわけではねぇぜ。
天使殺しの共謀なんて計画は狂っている。
巻き込まれるなんてまっぴらごめんだぜ。
背負わなくてもいいリスクは背負いたくねぇ。
至極、無いのは当たり前の事だろ? 」
ファデルが口を開く。
「ごもっともな意見だね。
たしかにブラッドフォード達の言う通りだ。
天使が破壊されるのは
第三大陸には不利益しかない。
天使は色々な仕事をしているが
大事な仕事のひとつに『瘴気の浄化』がある。
天使が破壊されて破壊された天使が
復活するまでかなりの日数がかかるわけだが
この世界に天使不足の時期が発生すれば
第二大陸からの瘴気が
そのまま風に乗って第三大陸にやってくる。
流れ込む瘴気はごく僅かであったとしても
第三大陸の生物には毒でしかない。
瘴気によってこの大陸の生物はまず精神が侵され
精神が崩壊し、肉体は魔物化が進む。
地下に眠る魔物らも目を覚ますだろう。
人間の胎児は特に影響を受けやすい。
魔物化した奇形児が増える。
植物は毒草となったり
モンスター化する植物も発生するだろう。
家畜がモンスター化して
人を襲うなんてことにもなる。
第三大陸で生物が魔物化すると
第二大陸の管理外の魔物になるから
存在が不安定化して曖昧になり
知性の無い狂暴なモンスターになる。
そうなった生物は浄化での完全な回復は難しいだろうな。」
ブラッドフォードの眉間に皺が寄る。
「私はそのような世界になるのを
」阻止する立場だと思っている。」
ブラッドフォードは不快感を露わにした。
「まぁ、そんな世界は俺だってごめんさ。
俺も体はただの人間だ。
瘴気に侵された世界で
人間の体の生命活動を維持する事はできない。
あ。聖剣でならモンスターの浄化回復ができるかもしれん。
しかし、聖剣はこの世界に7本が確認されているが
第三大陸には何本あるのかはわからない。
天使が不足して大量にモンスターが発生したら
モンスターを一体一体を浄化するなんて事は
現実的には不可能だ。
作物や家畜がモンスター化すればどうなる?
瘴気に侵されているモンスターを食べたら
正常な人間はモンスター化するか。
死んでアンデットやゾンビになるか。
結果的に何が言いたいかと言えば天使を破壊しすぎると
この第三大陸の人間が全滅して
モンスターが蠢く大陸になっちまう。
だが安心しろ。オレは1426名しか天使を破壊しない。
そのくらいでは第三大陸にまったく影響は出ない。
それにご機嫌斜めなブラッドフォード艦長は
許可をくれなさそうだし
もう許可はいらないや。
君らは知らんぷりしていてくれたらいい。
オレはただ有給扱いで半給をもらえたら
ラッキーだなと思って話しただけ。」
ブラッドフォード、カレン、ボビーは
困惑した様子を見せた。
ブラッドフォードは口を開いた。
「ファデル。
君はなぜ魔眼から
課せられたというノルマにこだわるんだ?
ノルマを達成したら人間の体から
堕天使の体に戻れるからか?
それとも何か特別な事でもあるのかね?」
ファデルは少し困った顔をして口を開いた。
「ブラッドフォード。
悪いがあんたのその疑問にはオレは答えたくない。
だがこれだけは信じてくれ。
オレは傭兵を辞めて就職して
平穏に暮らしたいだけだ。
あと、天使の多数を破壊した時に
起こるリスクを話したのは
ユンディーという善悪の仕切りらない創造神に
仕える者は、いずれそういうリスクを
背負う可能性がある気がしたからさ。
神を信じてもいいが妄信するなよ。
人間の為に創造神がいるわけじゃないんだ。
それにこれは忠告だが勇者を
人間の味方なんて思うのはやめた方がいい。」
ボビーが腑に落ちない顔をした。
「じゃあ、勇者は誰の味方なんだ?」
「勇者は勇者の味方だ。」
ブラッドフォード、ボビー、カレンは
緊張が緩んで笑った。
「たしかに勇者カンベインは
自己中なのは知ってけどさぁ。
でもさ、この大陸を守り
繁栄までもたらしたのはカンベインなんだろ。
じゃあ、人間の味方ってことじゃねえの?」
カレンはそう疑問を口にした。
「勇者の本質は破壊であり
本質的には魔王よりもたちが悪い。
勇者が人間を全滅させる可能性だってある。
勇者が人間を愛しているなら
勇者に悪意を抱く人間を
豚に変化させる呪いをかけるかな。」
ブラッドフォードは頷き口を開いた。
「言いたい事はわかるが
カンベインの話はやめにしよう。
この部屋にいる人間から豚を出したくはないのでね。」
「おっと、そりゃそうだな。すまんね。」
ただ、忠告ついでに最後まで言わせてもらうと
真祖がフェンティーア都市国家を襲ったのは
勇者がいないと思ったからだ。
カンベインとは別人とはいえど
勇者という存在がこの世界に存在しているのなら
真祖がフェンティーア都市国家を攻撃しても
戦果は期待できないだろう。
真祖が絡んだ大規模な戦争は
今後は起きない。と
いうわけではないだろうが
無謀な計画でフェンティーア都市国家を
狙う可能性は低い気がする。
そうなれば、第三大陸内で
どうでもいいような理由で
起こった小規模な人間同士の紛争にも
暇を持て余した勇者が介入しかねない。
君らも早めに傭兵稼業から足を洗った方がいい。
勇者が存在する世界で小遣い稼ぎに
見合う戦場なんて無くなるかもしれん。
それでも傭兵を続けたいなら
勇者と互角に戦えるという伝説の闇黒天将にでもなることだな。」




