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最初の過ち

最近、体の調子が悪い。


咳がとまらないのだ。ついでに体の節々がよく痛む。私の仕事はデスクワークが基本のせいか、ずっと同じ姿勢をしていることが多い。きっと、それが原因で体が固まっているんだろう。椅子に座ったまま、伸びをしてみる。バキバキ音がなった。ふと、横を見て窓の外をのぞいてみる。辺り一面雪が積もっていた。通りで寒いはずだ。私は、仕事に一息いれるために席を立った。こんな日はコーヒーでも飲みたくなる。ここは小さな事務所で、給湯室とは名ばかりの湯をいれるポットが隅に置いてあるだけだ。

それでも、インスタントぐらいは飲める。私は、いそいそとコーヒーの準備をしながら、鞄からこっそり持ってきたお菓子を取り出した。仕事場で堂々とティータイムにふける。休日出勤の醍醐味だ。


「ゲホ、ケホ・・」

咳がまた出始める。おそらくは、風邪だろう。そう思ってまだ病院には行っていない。しかし、一回出始めるとなかなか止まらないのがやっかいだ。それに咳自体もひどくなってきている気がする。ここら辺がちょうじだ。それから、落ち着いた頃を見計らってコーヒーを口に含む。




「あぁ・・・・」


この何とも安っぽい感じがたまらない。インスタントでなきゃ味わえないうまさだ。

それからしばらく、だらしなく席に座りながら、ぼーっととしていた。


だからかもしれない。それから、急な眠気と脱力感に襲われた事に何もおかしく感じなかった。いや、感じることができないようになっていたのかもしれない。

結局それは後になってから分かる事で、恐ろしいことにその時私は、(あぁ、私疲れているんだなぁ)としか思わなかったのだ。


段々、手から力が抜けてくる。カップが手から滑りおちて、コーヒーが零れる。カーペットに染みができる。染み抜き大変だなと、的外れな事を考えながら、下を見ると、床が自分に近づいて来ることが分かる。いや、逆だ。私の方が近づいているのだ。それに気づいた頃にはもう遅い。全身から力が抜け、尻が椅子から滑り落ちる。尻と背中をしたたかにうった。だが、痛みは感じない。不思議に思っていると、今度は、眠気も合わさってか、瞼が落ちて、視界が霞む。最後の最後に、生物の生存本能が勝ったのか、こりゃ、なんかやばいんじゃない?と思った瞬間、私の思考は暗転した。






「シュバルツァー様、おはようございます。ご起床の時間でございます。」

誰かに声をかけられている。知らない女性の声だ。少し、意識が覚醒しはじめる。身じろぎをしたら、何か手触りの良いやわらかな物に包まれている様に感じた。自分はどうやら、ふかふかのベッドに寝かされているらしい。目を閉じながら、そう見当をつける。しかし、シュバルツァーって誰だ?と考えたところで、一気にまぶしい光が差し込んできた。さすがに、目を開けてみる。そうすると、目の前に先ほど声をかけてきたと思われる初老の女性が立っていた。

「まもなく、アンジェリーシュの儀が始まります。本日は、梅の間にて執り行うとのことです。ご遅刻なさらないようにと旦那様からの伝言でございます。それでは、私は準備がございますので失礼いたします。」

当に慇懃無礼といった様子で去っていく。私が呆気にとられて見ていると、周りに控えていたメイド服を着た者達が次々にやってきて、私を着替えさせていく。あれよあれよという間に服を着替え、身だしなみを整えさせられると、目つきの鋭い少年がやってきて、私を廊下へと連れ出す。何となく空気が張りつめている様な気がして、あの・・、すいません。シュバルツァーって誰ですか?なんて間抜けなことを聞ける雰囲気ではなく、着替えているときに気づいた自分の体の変化からうすうす分かってきた事にも目をつぶりつつ、粛々と進んでいく。なんだかお腹が痛くなってきた。



廊下を歩いていくうちに、この家もしくは屋敷はとんでもなく大きい事が分かった。やけに廊下が長く、扉の数も多い。いったい部屋が何個あるんだ。いくつか分けてくれないものかと、私の本来の家を思い出しつつ現実逃避してみる。だが、そんなことをしていても現実はかわらない。それはそうだ。逃避なんだから。そんな阿呆な事を考えつつ、今まで歩いてきた道のりを思い出してみる。この屋敷は大きく分けて4つのセクションから成っており、ちょうど東西南北に一つずつあるらしい。ちなみに方角は勘だ。

それで、私が起きたところはたぶん東。朝日がまぶしかったからだ。それから、南を通り西に行き、その先の他と比べればこじんまりしている別棟に向かっている。ここまでおよそ20分。なるべく近道して結構速足だったのに20分。どんだけデカいんだ。しかし、ここまで終始無言。つらい。空気が重い。いったい何が始まるんだ。


別棟についてから、梅の間まではあっというまで、すぐに中に通された。あっという間といっても、他と比べてなので、数分は歩いている。その間に、おそらく血の繋がっていると思われる人と無難に挨拶をかわした。その様子からみるに、私の身分はそこそこ高いらしい。大抵の者が先に頭をさげているからだ。しかし、今朝の初老の女性の態度から考えると、結構馬鹿にされているように思えたのだが・・・。身分と実態は違うということだろうか。そう考えると、周りの目が違ってみえる。なるほど。これは注意が必要だ。嫌な視線を感じた者の顔を覚えておくとしよう。だが、途中であきらめた。顔の見分けが段々つかなくなってきたのと、ほとんどの者から感じたためだ。反対の者を覚えておけばよかったのだ。そう考えて自分ではないにしろ情けなくなった。シュバルツァー君しっかりしてくれ。嫌な気分になったので思考を切り替える。取り敢えずはアンジェリーシュの儀とやらだ。この部屋にある色々と違和感満載のものについてはスルーを決め込み、私は少しため息をつきながら、これから起こる未知の事に対して気合をいれなおそうとした。しかし、目を部屋の中央に向けた途端、その刺客は目の前にドンと現れた。それは、想像を絶する大きさだった。それでいて、威圧感は全く感じなかった。いや、おそらくは何も知らない者には十分に迫力のある物だろう。だが日本人はダメだ。この色、このフォルム。あまりにもミスマッチ過ぎる。私の決意わすぐさま霧散した。これまで、あえて梅の間という存在にもつっこんではこなかったが、今言わせてもらう。なんで世界観が中世ヨーロッパ風で屋敷の外観もなんちゃってロココ風なのに、名前が梅の間なのか。まるで今から舞踏会でも開くような煌びやかな内装なのになんで床が畳なのか。そのくせ、土足で上がっては意味がないではないか。そして最後に目の前のデカいの。あんたそれ、大仏じゃん。えっ何?何の罰ゲーム?似合わないって。だって、ベルサイユ宮殿に大仏みたいな感じだよ。その発想どこからきたの?しかも何その大きさ。奈良の大仏より大きいよ?4倍はあるよ。顔見えないよ。この別棟の大半は大仏でつぶれてるじゃん。しかも、それを囲んでるのが、きっちりドレスアップした見た目西洋人ってどうなのよ。みんな真面目な顔してるからか余計おかしい。もう、シュバルツァー君の顔面と腹筋が崩壊だよ。どうしてくれるの?おっと、私の緊張という名の鎧がはがれて素が出始めている。これは悪い兆候だ。

いそいで神妙な顔をつくる。私は、同年代の青年達の横に並んだ。場所は決まっているらしい。そして、梅の間に人が揃い終わった頃に大仏の目の前にあるちょっとしたステージに、シュバルツァー君のお父さんと思われる人がたった。


「長らく待たせた。この日の重要性は各々承知のことと思う。余計なことは言うまい。時間もおしているからな。この日を境に、良くも悪くもそなた達の人生は変わるだろう。そなた達の健闘を祈る。」

そう言いながら、こちらを見た後、真っ白な服を着たいかにも神父といった装いの人をステージに上がらせた。

神父はこちらをみながら、

「皆様にはこちらにいらっしゃいますアンジェリーシュ様を愛でる詩を詠んでいただきます。アンジェリーシュ様のご加護を戴けた者のみが資格を与えられることでしょう。」

と言った。そうすると、横から何かどよめきがおこった。

ふと横をみると、なにやら決意を新たにしている者もいれば、青ざめているものもいる。鼻息を荒くして興奮している者もいえば死んだ魚のような目をして、何を考えているか分からぬ者もいる。

中々に面白そうな面子である。

さて、ここで問題だ。いったいここは何処で、私は何者で、こいつらは誰で、あのアンジェリーシュとかいうふざけた名前の大仏は何で、この儀式は何で、この結果、人生はどうかわっていくのか。

そもそも、私は、なぜ、こんな珍妙なところにいるのか。元に戻れるのか。それともここは、夢の世界か。

謎は深まるばかりだ。



はぁ・・・どうやって大仏を愛でようか。

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