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-病葉-

作者: masayo

起承転結はありません

承承承結という超短編です

-病葉-


小学校の頃授業参観に母が来ると僕は少なからず誇らしい思いをしたのだ

当時の母は同級生の同じ世代の母親に比べずっと若く子供心に綺麗に見えた

母の好きな花柄をあしらったブラウスは子供心にも良く似合っていると思った

 

そんな母親を同級生の母親たちは幾分あざけるような目線を向けたのだが当時の僕にはその意味が分からなかった

 

父は母が僕を産んですぐ他所に女を作り次第に家に寄り付かなくなった

 

駆け落ち同然で父と実家を飛び出した母は父に去られたからと言って実家に戻ることはできなかった

 

そこから母にとって苦痛の日々が始まったらしい

 

それでも母は僕にお金の心配はさせなかった

時々レストランで食事にも連れて行ってもらったし誕生日やクリスマスにはクラスのだれも持ってないようなおもちゃをプレゼントもしてくれた

 

小さなマンションではあったが僕は幸せに暮らしているという自覚があった

 

母がその収入をどういう方法で得ていたかを知るのはずっと後になってからのことだった

 

----------------


思春期になり母が僕を育てるためにコールガールをしてたのを知った時、僕は僕自身の存在に嫌悪を感じずにはいられなかった

 

母を責めることはできないが授業参観の時の同級生の母親の目線が記憶にこびりついていた

その頃になると母も40才を過ぎそういう仕事から次第に離れていった


更に長い年月が経ち僕は小さな会社で係長をしていた

僕が母を養っていた

それは決して苦痛ではなかったが結婚からは縁遠くなっていた


僕が50才になった時母はすでに老人だった

クラスで自慢した母の姿はもうそこには無かった

そして痴呆症が出てきていた

ある日母が独り言を言った

『ターさん、今日はダメよ息子の誕生日なの、ほら、これ息子が好きなヒーローなのよ』

母の記憶の片隅の思い出なのだろうか

そのターさんと呼ばれた人はどういう人だったのだろう

 

母の記憶を調べる術はない

ただそういった時の母はとても楽しそうだった

 

ある日会社が倒産した

会社都合と言うことですぐに失業保険は下りたがその給付の半年の間に次の仕事を見つけることはできなかった

 

市の生活保護の申請に行った

母の介護やさまざまな書類を書かされたが申請は通らなかった

 

マンションを解約し車上生活になった

それでも母は文句も言わず時々思い出に浸っては独り言を言っていた

 

貯金を切り崩しその内ガソリンさえも買えなくなった

空き地に止めた車が私と母の住まいになった

  

ある日母の姿が見えなくなった

探すうちある衣料品店で怒鳴り声と鳴くようなが聞こえた

間違いなく母の声だった

 

母は一枚のブラウスを手に取り放そうとしない

それは母の好きな花柄のブラウスだった

 

なけなしのお金からそのブラウスを買った

そのために晩御飯はコンビニのおにぎりだけになった

 

母はそのおにぎりを『おいしいね、おいしいね』と言って食べる

風呂にも入れず髪の毛も整えられない母が一枚のブラウスを放さなかった

 

それが私には切なく、そしてコンビニのおにぎりを美味しい美味しいと言って食べる母の姿が悲しかった

『かあさん、ごめんな』

そういって私は母の首に手をかけた

母はあっけないほど簡単に息をしなくなった

母の『ごめんね』という声が聞こえたような気がした


--------------------------

私は逮捕され裁判にかけられた

情状を酌量あれ執行猶予はつかないものの短い刑期の判決だった

 

その三分の二の刑期を務めたところで仮出所が許された

仮出所の場合必ず身元引受人のところへ行かなければならない

 

その途中最後に母と過ごした空き地に行ってみた

そこはすでに舗装され駐車場になっていた

 

車はすでに無く当時の面影はなかった

まだ拡張するのか隅に廃材や段ボールが積まれていた

その中に薄汚れた布地が挟まっている

それはまぎれもなく母が人生の最後に望んだ花柄のブラウスの切れ端だった

 

母をこの手にかけて以降初めて涙を流した

母のせつない人生を、その人生を奪った自分の行為に涙を流した


私は市役所の屋上へ行きそこから身を投げた

 

母の『ごめんね』と言う声がまた聞こえたような気がした

 

              2014/04/25   了

今の日本の貧困の実態と貧困層になる過程を描きたかったです

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