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傾国の女神  作者: 野津
6/11

SAVE ME!? 3

 それから程なくして、陛下が先程描写したような世にも恐ろしい形相で、突然何の前触れもなくノックもせずに部屋に突入して来られたかと思うと、無言でこちらを激しく睨み据えたまま、恐怖に慄くわたしを壁際まで追い詰められ、現在の状況に至るのである――







「へ、へへ、へへへへへ、へ、陛下ッ!?あ、あのあのあの、わ、わし、じゃなかった、わ、ワタクシ、何か陛下のお気に障るようなことを致しましたでしょうか!?」



 ああ、完全に声が裏返ってる。でも……仕方ないじゃないか!眼と鼻の先に陛下の大変麗しくもそれ以上におっとろしく不機嫌そうな竜顔があるのだから!漏れそ……じゃない、泣きそうだ!いや、本当にもう既にちょっこし涙がちょちょ切れ掛けてるし!

 うわーん!嫌だよお!この若い身空でまだ死にたくないよー!誰か助けてー!

 何?何?わたし、知らない内に何かとんでもないヘマをやっちゃったのか!?地雷踏んじゃった!?これぞまさしく『やっちまったなあ!』状態ってか?

 ああああもう何が何だか全然訳判んないよー!


 相当に烈火の如き激情を孕んだ陛下のお顔など到底直視出来ず、わたしは半べそを掻きながら壁にベッタリと背面を張り付けたまま、喚くように必死に謝り倒した。



「も、申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません!何が何だか事情はさっぱり判りませんけど何でもいいからともかく何卒何卒何卒お許し下さいませえええ!!」



 こちらを激した眼で見下ろしたまま、陛下は何もおっしゃらない。

 何コレ、もう極刑決定なのか、わたし。何かしましたか、わたし!?


 ――ハッ、ひょっとして不敬罪か!?そりゃ陛下にとっちゃ途轍もなく見苦しく不愉快極まりないナリでしょうけどさ、それは生まれ付きってもんで、わたしにはどうしようもないんだよ!この面白味に欠ける平凡な顔も凹凸のないチビな躰も、全部わたしには選びようのないものなんだから、「陛下のお眼汚しである」なんて理由でいちいち不敬罪に問われちゃ敵わないってんでい!


 ……なあんて内容の啖呵を陛下相手に堂々と切れる筈もなく、小庶民な小心者を地で行く極度のビビリ性なわたしは亀の如く首を竦めて縮こまり、只管恐怖に震え続けた。

 やだやだやだ一刻も早く終わってよーー!と心の中で泣き叫んでいると、引っ込めていた顎に手を掛けられ、強引に上向かされた。するとあら不思議、何故か眼の前に陛下のお顔が。



「―――――ッ!!!!!」



 も、イヤ。勘弁して下さい。最早声すら出せなくなってしまったじゃないですかァ!


 激しい恐怖と畏怖に青褪めた顔を絶叫の形に歪ませるわたしの額に手を伸ばし、前髪に触れるなり、陛下は彫刻の如く完璧に均整の取れた端麗な面を忌々しげに顰められた。



「……誰だ」

「ひいッ!………って、へ?」



 誰だ、って言われても、何。

 駄目だ、この展開に思考が全くついていけてない。



「お前のこの美しい黒髪に、いかにも慣れた様子で口付けていたあの慮外者は、一体誰だ」

「……へ?え?ふえ?く、口…?……あ、あの、ひょっとして、お、お兄のことですか?」



 ハッ、し、しまった、きちんと貴族名で答えなければいけなかったのに、ついいつもの癖でお兄と言ってしもーた。

 蒼白な顔で「あわわ」と慌てふためいている間にも、陛下の不機嫌そうな表情は更に険しさを増してゆく。

 ひ、ひえー!マズイ!何か弁解しないと!



「あ、あの、あの、その、お兄……じゃなくって、ミルワーズ子爵さまはわたしの母方の従兄君なんです!近衛団で騎馬兵の連隊長も務めておられて、ほ、本当にご立派な方で!

 えと、えと、つ、つまりですね、決して陛下が見咎められるような怪しい方ではなくて……」

「近衛騎馬隊のミルワーズ……奴が、お前の従兄だと?」



 眼の前の整った薄い唇から紡がれるお声が、一層低く険を増す。

 ひいい、何でー!?



「そ、そうです、そうなんです、従兄妹っていっても全然似てませんけど!

 そりゃ、わたしはあの方の従妹であるということすら烏滸がましい、みっともなくて情けない真っ黒で貧相な鶏ガラ烏娘ですけど!でも本当なんです!信じて下さ……ッ!?」





 ――不意に、陛下のお姿が視界から消える。





 あれ?と不思議に思う間もなく、今度は全身を長い両腕と鍛えられた胸とで挟まれ、わたしは陛下の肩口に顎を乗せる形でめいいっぱい締め上げられた。





 うひー、く、苦しいッ!こ、これは新手の処刑方法なのだろうか?このままプレスされて圧迫死とか?そんなのやだー!!わたしの頭はパニックパニック!だ。



「へ、へーか、ぐ、ぐるじ……」


「あの野郎………俺の眼を盗んでよくも……」



 え!?へ、陛下、今「あの野郎」とか言われませんでしたか?こんな口汚……いえいえ少々乱れ遊ばしたお言葉を陛下が発されるなんてありえない!

 うん、きっと空耳だ。「後でじっくり絞り上げてやる」とか何とか、訳の判らない言葉がまだ聞こえてくるけど、これもきっと空耳なんだ。絶対そうだよ!惑わされてはいけない、しっかりしろ、わたし!


 それより何より、今はこの状況を何とかしなくては!このままでは殺されてしまう!



「い、痛い!痛いです!放して下さい!わたし、まだ死にたくないですー!!」

「……?何を、言っている」

「だ、だってだって!わたしがあんまりにもみっともなくて目障りだから、不敬罪でこのまま圧死させようとお考えなのでしょう!?後生ですからそれだけはご勘弁下さいぃぃ」

「………」



 多大に呆れを含んだ盛大な溜息と共に、きつく躰に巻き付いていた陛下の両腕が離れた。

 よ、良かった、わたしのチキンハートな叫びが陛下のお心にしっかりと届いたのだ!

 これで最悪の結果(=陛下のお胸でプレス死刑)は何とか免れた。後はこのままなるべく穏便に傍から離れていただくだけだ。不用意に怒りのツボを刺激しないようにしなければ。


 …などと思っていると、どういう訳か陛下は再び深々と、それこそこれ以上深くは出来ないだろうという程に深く長ーい溜息をお吐きになった。

 あれ、今度は何だか酷く不貞腐れておられないか?何だ、これ。一体どういうことなんだ?

 誰か事情を説明して下さい。



「…もう、いい」



 投げ遣りな口調で吐き捨てるようにそれだけ言われると、陛下は最高潮に険しい表情のままさっさと踵を返され、一切振り返ることなく大股で部屋を去ってしまわれた。


 …び、吃驚したよー!ほ、本当に殺されるかと思った!生きてて良かったーッ!!

 極度の緊張状態から漸く解放されたわたしは、ダラダラ安堵の涙を流しながらズルズルとへたり込んだ。









 翌日。昨日と打って変わって、病人かという程蒼白な顔色とこの世の生き地獄でも見たような引き攣った表情を引っ提げてフラフラとよろめきながら現れたお兄から、息も絶え絶えに計画の失敗を告げられた。

 うわあ、昨日一日で一体なにがあったんだ、お兄!しっかりしてええ!



「…す、済まない……。おれには、もう、無理だ……」



 疲労困憊といった態でぐったりと椅子に凭れ掛かり、草臥れ切った端正な面に多大な悲壮感と悲哀とを滲ませたお兄は、事情を一切語らずひたすら「済まない」と連呼し続け、いつもの別れの挨拶もないままによろよろと退室した。


 ――それからというもの、お兄の訪れはぱったりと途絶えてしまったのだった。


 本当に、一体何があったんだお兄ッ。お願いだから、わたしを見捨てないでえぇぇ!


以下、百戦錬磨を誇る老練な重臣らを中心とした廷臣たちの会話の一部始終。







「――いやはや、危ないところでございましたな、方々」


「ええ、全く。『結婚して四年、やっと彼女が自分に微笑み掛けてくれるようになった』と小躍りなさる程喜んでおられたというのに…。今、王妃さまに後宮を辞されては、折角鰻登りに上昇しておられたご機嫌が一気に奈落の底まで下落し、政務が破綻してしまうわ」


「とばっちりは全て、我等に回ってきますからなぁ…。困ったものじゃて」


「しかし、ミルワーズ子爵にはちと可哀そうじゃったのぉ。前途有望な若者であったが…」


「いや、これも全て、滞りなく円滑に今後の政を進める為――延いては天下の太平の為、致し方のない犠牲でござった。子爵には悪いが、この国を揺るがす一大事なれば…」


「左様。

 …各々方、これからも王妃さまの動向には常に眼を光らせておかれるように。ゆめゆめご油断召されるな」


「おお、判っておるとも」


「この歳じゃ、これ以上貴重な命数を減らしたくはないからの」


「同感じゃな」







宮廷内の平穏(プラス自身の身の安全)の為、宰相を筆頭とした老臣たちの間で密かに『王妃逃走防止監視兼情報交換網』なる強固な共同戦線が張られていることを、麗しくも恐ろしい国王から不運にも眼を付けられ、熱烈に愛されてしまった哀れな王妃はまだ知らない。

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