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傾国の女神  作者: 野津
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SAVE ME!? 1

 神さま仏さま天国の父さま、ええいこの際わたしとお爺共々貧乏男爵家をあっさり捨てて新しい男に走った母さまでも誰でもいいから、とにかく助けて!ヘルプミー!エスオーエス!


 ――のっけから、いきなり何を言ってるんだって?まぁそれは至極尤もなご意見。

 ということで種明かしをすると、これは現在近年稀に見る(いいや恐らく本来ならば一生経験する筈がなかったであろう)緊急非常異常事態に直面することを余儀なくされている、わたしの正直な心の叫びである。

 紙より蒼白な顔をして情けなくもへっぴり腰で背中から全身をベッタリ壁に張り付けたわたしを、神がお創りになられたとしか思えない程完璧に整われた端正な容貌を、日頃の不機嫌さに憤怒と激情とを足して更に二乗したような世にも恐ろしい形相で上から見据えておられるのは、畏れ多くもこの国をしろしめす尊き国王陛下その人である。切れ長の眼が今は完全に三白眼に攣り上がっておられて、途轍もなく怖い。恐ろしい。この世の終わりだ!

 ああ、屋根の傾き掛けたボロ屋敷でひとり寂しくわたしの帰りを待つ、これ又寂しげな肌色バーコード頭のお爺、あなたを置いてあの世に先立つジジ不幸な孫娘をどうかお許し下さい。

 極度の恐怖にガタガタと震えながら、わたしは早くも心の中で手を擦り合わせ、何度も何度も脳裏に浮かぶお爺に対して涙ながらに謝り倒したのである――









 この絶体絶命な危機的状況に陥るまでの事の発端と途中経過、そして詳細な事態解説を行うに当たって、話は今から一週間程前に交わした侍女のお姉さんとの会話まで溯る。









 曰く、この度陛下が新たなお妃さまを迎えられるらしく、そのお相手というのが才色兼備と名高い、匂い立つ艶やかな薔薇もかくやと言うような絶世の美貌を誇る名門公爵家のご令嬢で、しかも陛下とは幼少からの幼馴染であられるという、お互いに気心知れたる間柄。

 ――これが喜ばずにいらいでか!

 すわ、王妃降板の一大ビッグチャーンス!リーチ!確変!大当たり!ということで、わたしはそのお顔も知らぬご令嬢にさっさと王妃の座を献上し、お爺の待つ愛しい我が家(屋根の傾き掛けたボロ家だけどさ、冗談じゃなく)にとっとと帰還すべく、入念且つ綿密な計画を練り上げたのである。

 そして、この一世一代の大好機を確実にモノにすべく、わたしは王妃就任から四年、毎日欠かすことなく王立図書庫に通い詰めて細々と、しかし堅牢に構築した重臣方とのコネクションをフル活用し、廃妃の為の根回しと協力とを申し入れたのだ。

 皆さんは何故か非常に微妙な顔をされて互いに確認し合うように何か相談されておられたけれど、すぐにこの計画の協力を快諾して下さった。

 ああ、やっぱりいい方々ばかりだ。二度と会えないと思うとちょっぴり寂しいけれど、それでも家に帰るという四年越しの悲願とは比べるべくもない。

 図書庫の蔵書を完全網羅することが出来なかったことは心残りだが、ここにしか置かれていない稀覯書はひと通り読み終わったし、後は誰か知り合いの家から借りよう。これで後顧の憂いは一先ず解決だ。







 計画の第二段階として、わたしは身内にも内密の協力を仰いだ。

 え?「身内っつってもお爺だけじゃん」って?うーん、それはちょっと違うんだよね。

 ここだけの話だけど、男を作って蒸発したわたしの母っていうのが、実は押しも押されぬ由緒正しい侯爵家のお姫さま。そんな人が一体何の手違いであんなボロボロな男爵家に嫁いできたのかは未だに謎だけど、これは紛れもない事実。まあ、輿入れした当初はあの家にもそれなりに貴族としての権勢があったみたいだから(本当に信じられないけど)、万に一つもありえなかったって訳じゃないようだ。

 でも、わたしという娘を生み終えた途端「これであたくしの役目は終わりよ、オホホホホ!」と高笑いせんばかりに、嫁入りの際に持たされた莫大な持参金を片手にさっさと愛人とトンズラこいたんだから、実家の侯爵家の面子は丸潰れ。格式も何もかんも天と地程も掛け離れている格下男爵家まで、侯爵さま自らわざわざ出向いてその場に泣き崩れんばかりの様相で何度も平謝りなさったっていう話を、ベロンベロンに酔っ払ってへべれけになったお爺が、お酌の相手をしていた当時五歳の(ツマミをくすねただけで別に酒は飲んでないよ)わたしに実に楽しげに語ってくれた。

 それから、嫁ぎ先から娘が逃げたというとんでもない負い目から、侯爵さまはせめてもの償いとして男爵家に対する毎年の慰謝料のお支払いを申し出られた。でも、その額というのが本当に目玉が飛び出るくらい吃驚くりくりくりっくり!ドゥーン!な大金額だったものだから、お爺と父は侯爵さまに負けないくらい真っ青な顔で飛び上がって、すぐさま辞退したそうだ。

 それでも是が非でも払わせて欲しい、これではこちらの気が済まないと散々懇願され、どちらも譲らない双方が仕方なく妥協に妥協を重ねて、結局最初の提示額からゼロを十個程切り捨てた(これでも、生活費やら使用人さんたちに支払う給与やらその他の諸費諸々を含めても、一年間男爵家を継続させるには充分過ぎる大金なんだよね。侯爵家にとっちゃ雀の涙みたいなもんらしいけど。ちょっと腹立つ)額を入れて貰うことで話が着いたんだって。

 この支払いは二十年経った今も現在進行形で続いていて(侯爵さまはとっても律儀な方だ)、このお陰で男爵家は赤貧のド貧乏にまで落ちぶれながらも、何とか潰れないでやってこれたのだ。

 …改めて考えてみると、少し情けない話だ。主に、自分の家の財政を自分たちの力で支えられない男爵家が。


 ああ、話が逸れちゃった。

 そうそう、それで今わたしが言った身内っていう言葉が差しているのが、この蒸発しちゃった母の実家である侯爵家の人たちのこと(畏れ多くて、表立って「身内」だなんて口が裂けても言えないけど)。

 侯爵家のご当主の座におられるのはまだ、わたしの祖父に当たる(これも畏れ多くて実感が全くない)先程の話に出て来た侯爵さまだけれど、実質的な権限は既に、母の兄君に当たられる伯父さま(これも畏れ多くて以下略)に移っておられて、現在はこのお方が侯爵家を切り盛りしておられるらしい。

 しがない男爵令嬢でしかなかったわたしが曲がりなりにも王妃の位に就くことが出来たのは、偏に(母方とはいえ)この侯爵家の血を引く者であったからだ(だからって、全然有難くないけどさ)。


 年に一度、義務的に顔を合わせる程度の付き合いしかない侯爵家の人たちの中で(でも決して蔑まれている訳ではなく、寧ろ血縁者としてそれなりに可愛がっていただいていると思う、多分)唯一わたしが気兼ねなく親交させて貰っているのが、伯父さまの一人息子にして侯爵家の跡継ぎ、おまけに若くして近衛団の騎馬兵連隊長を務めておられる本当にスバラシイ従兄君だ。

 わたしは彼のことをお兄と呼んで、文字通りそれこそ実の兄の如く激しくお慕い奉っている。

 このちょっとばかし頭の弱さを感じさせる呼び名は、まだおバカな子どもだった頃に初めてお会いした時、そんな尊いお人だとは露知らず気さくにそう呼んでしまったことがきっかけだ。

 最初は吃驚されていたけれど、すぐににっこり笑って「うん、これからはぼくが君のお兄さんだよ。よろしくね」と温かいお言葉と共にそっと手を握って下さったあの慈母観音の如きお優しさは一生忘れない。


 王妃就任以来、お兄は毎日一度、昼下がりの決まった時刻に必ず顔を出してくれている。なので、わたしはその時間が近付くと図書庫から部屋に戻り、彼の訪れを待つことにしている。

 このことを知る人々(主に図書庫の管理人さんや大臣方)はいつも微笑ましげに黙ってわたしを見送ってくれる。最初は内緒にしていたのだが、いつの間にかどこからか知られてしまったらしく、今では公然の秘密(陛下だけはご存じないのだ)となってしまった。まあ、別にそれはどうでもいいけど。

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