BAD COMMUNICATION 3
「…ねえ、王妃さま、お聞きになられましたか?あのお噂」
「噂?何じゃね、そりゃ」
訳知り顔で眉宇を寄せ、人差し指を立てながら侍女のお姉さんが内緒話をするように落とした声で語ってくれた内容に、わたしは諸手を上げる思いで顔を輝かせた。
何と!陛下が今度新たなお妃さまを迎えられるのだそうである。
お相手は、建国以来王家を長年に渡り支え続けてきた名門中の名門公爵家のご令嬢で、紅薔薇の如き華やか且つ艶やかな絶世の美女であられるという。もとより、陛下ご自身も大層な美男であらせられるから、お二人が寄り添われるお姿はまるで一対の名画の如く、それこそ絵になるであろう(その公爵令嬢さまにお会いしたことはないが)。
…いやいや、実際に実物をこの眼で見るというのは、見た目も中身も凡庸甚だしいわたしには余りにも恐れ多いことだ。想像するだけで充分充分。いやー、絶対眼福だって、きっと。
しかも、かの美姫は陛下の幼馴染だとか。これはもう確実に筒井筒の仲という奴だ、間違いない。
――よし、これを機に、かの美人令嬢にちゃっちゃと王妃の座をお譲りし、さっさと我が愛しき男爵家に帰宅してしまおう。
ただ、図書庫に置かれた全ての本を読破出来なかったことが唯一の心残りであり、誠に残念ではあるが、それでも家に戻るという悲願に比べれば天秤に掛けるまでもない。貧乏男爵家の、しかも石女の証明された出戻り娘など誰も欲しがらないだろうし、一生独身でいたいというわたしの願望ともピッタリ利害が一致するではないか!
ううむ、我ながら何とスバラシイ計画だ、惚れ惚れしてしまう。
……とまあ、こんな風に、この時わたしは嬉々としてひとり浮かれまくっていたのであるが。
後日、この噂話が根も葉もない単なる侍女の聞き違いであることを知り、待ちに待った『ザ・王妃降板計画』は見事水の泡と化すことになり、最終的には結局糠喜びで終結するのだった。
蛇足ながら今ひとつ。
噂話を語り終わった侍女のお姉さんが、「でも、陛下は王妃さまにベタ惚れでいらっしゃいますから全く心配いりませんわ!」と固く拳を握り締め、鼻息も荒く力説して話を締め括ったことも、スルー機能の特化したわたしの耳は綺麗に右から左へと受け流していた。
更にもうひとつ。
毎日陛下と何かしら図ったように視線を合わせてしまうのは、わたしの運が悪い訳ではなく暇さえあれば陛下がこちらを見つめておられるからであり、不機嫌そうに睨まれていると感じていたのは、俗に言う「熱い視線」というものであったらしいということも、わたしはその時全く知らなかった(それからも長いこと気付かなかったけど)。
おまけにもひとつ(持ってけ、ドロボー!)。
陛下がわたしに手をお出しにならなかったのは、わたしが余りに怯えるものだからなかなか事に持ち込めず、又、嫌われたくない一心で必死に理性で己を押し留めて来られたからであるらしく、美しい側室の皆さん方は何とその性的衝動を吐き出す為のわたしの身代わりであったそうな。
このことも、わたしは蟻の鼻くそ(自分で言っておいて何だが例えが汚いな!)程も認知してはいなかった。
最後に、駄目押しの一撃を。
陛下は決してわたしのことを嫌っておられたのではなく、寧ろその真逆であらせられたようなのだが、何でも、本当にお好きな相手に対してはついツンツンしてしまう、大変天邪鬼且つ厄介な性格をしておいでとのこと。
――何もかんも判りにくいんだよ!