悪のミカタ!―正義はなくとも陽は昇る―
ものすごーく久しぶりに、特撮を見た。
「あっははー。相変わらず悪の組織はヘボいねえ。」
子供向けのその番組を暇つぶしにと見てみたが、これはどうしてなかなか面白い。腹抱えて笑うには、下手なお笑い番組見るよりもずっと楽しい。
「あー、面白かった。しかしなんで悪の組織はここぞと言うときにチャンス逃すのかなー。まあ、正義が勝つにはしょうがないかあ。」
「悪かったなあ、ヘボくてよ。」
突然、背後から男の声がかかった。
「ほえ!?」
ばっと振り返ると、そこには二十歳くらいのワイルドな雰囲気の美男がいた。
「な……どっから……!」
恐怖で震える。人間本当に恐ろしいときは叫ぶこともできないっていうけど、本当のことだったんだ。……ていうか一体なんなのよー!?
「落ち着け。別に取って食おうたァ思わねえよ。てめェみてえなガキ。」
「なっ!?」
カーッと顔が熱くなる。
「……あんたにコレを渡しに来た。」
はぁ、とため息を吐くと、男は私に綺麗なブローチをくれた。
「何よ、これ……。」
黒を基調とした、中央に紫の石がはめこんであるブローチ。……高そうね。
「まあ使い方は自分で探してくれ。じゃあ、待ってるぜ。」
そう言うと、男はふっと黒い闇に消えてしまった。
「ちょ、説明ぐらいしてきなさいよ! ……って、消えた……?」
こんなもんだけ置いて、一体私に……
「私に何させようってのよー!?」
叫び声は、虚しさを残すだけだった。
「渡してきたか、メフィスト。」
「は、ヘルゲート様。」
声が響く薄暗い室内で、ヘルゲートと呼ばれる“いかにも”悪の組織のボスといった男の目だけが光っている。
「……ところで、その我ら獄悪軍の救世主というのは?」
ヘルゲートは男――ワイルドなイケメン――に尋ねた。
「名は竹内京。15歳の中学生にございます。能力は平均的ですが――」
「……が、なんだ?」
「は、彼女は我らの秘宝・ルシフェル水晶を扱える唯一の人物にございます。」
メフィストはにやりと笑った。
「……ほう、あの水晶を……。なるほど、ならばルシフェル様覚醒は近いということか……。」
勝利を目前にした獄悪軍の首領・ヘルゲートはくつくつと笑った。
「もー、なんなのよー!! こんな高そうなもん返さなきゃ……。」
一方平凡な中学生だった京は、悪の組織の救世主になってしまったとも知らず、ルシフェル水晶とにらめっこしていた。
「……でも、渡しに来たってことは、くれるってことなのよね……。あはっ、私ってばイケメンにプレゼントされたー!?」
京は喜びの舞を踊る。彼がいきなり現れ、消えたことは気にしていないようだった。どったんばったんと足踏みしながら、早速ブローチをつけてみることにした。
「あいつ、使い方は知らんとか言ってたけど、ブローチなんて胸につける以外使い方なんてないじゃないの……――」
ぶつぶつと京は、「使い方は知らん」の部分だけメフィストのまねをして呟く。そして、ブローチを胸の中央につけた途端――
カッと石が光った。
「きゃっ! まぶし……――はあ!? 何コレ!?」
京は目を見開く。
わかるでしょ、気がついたら変身してたのよ!
「う、うそ……。いつの間に……。」
黒と紫の凝ったデザインのワンピースに、背中には蝙蝠のような黒い翼。胸にはブローチ。ご丁寧に髪型までツインテールに変わっている。まるで悪魔をモチーフにしているようだ。
「もしかして、平和を守る女の子に変身みたいな……でもコレ黒って……明らかに悪者っぽい服装じゃない……。」
尖った黒い付け爪をまじまじ見つめていると、またも背後から声がかかった。
「目覚めたか、ルシフェルの巫女よ。」
そう、現れたのはメフィストだ。
「あー!! さっきの! あんた、よくも私をこんな格好に……ていうか、なによナントカの巫女って! 妙なことに巻き込んだら承知しないから」
「落ち着けと言っただろう。」
次々まくしたてる京を軽くあしらうと、メフィストは彼女に近寄った。
「な、なによ……。」
京はたじろぐ。
「俺の名はメフィスト。獄悪軍幹部だ。お前はルシフェルの巫女として目覚めた。ルシフェルの力を覚醒させたのだ。これから獄悪軍本部へ案内するぞ。」
「え、“極悪”……? ま、待ってよ、そのネーミングってつまり悪の組織じゃ」
「落ち着け。」
ひょいと京を抱えると、メフィストは闇の中へ潜っていった。
(私どうなっちゃうのよー!?)
「待っていたぞ、ルシフェルの力を呼び覚まし者よ……巫女、今日から私の下で働いてくれるな?」
薄暗い大広間へ連れて行かれると、かなり見上げないとてっぺんの見えない玉座に、目だけが光っている悪のボスがいた。……ねえ、これ従わないとヤバいよね、私?
――曰く、ルシフェルの力はブローチの水晶の中で眠っていて、ルシフェルの巫女の私しか封印を解けないらしい。だから私は悪の組織の幹部として働けと。
そりゃあ私は正義か悪かって言ったらどう見ても悪だし? (カンニング常習犯ナメんなよ!)特撮とかだってヘボい悪を応援したくなるのは当然だ。誰だってそういう心理になるじゃん? 判官贔屓って言うんだっけ。
……でもさ、自分が倒される悪になるのは話が別だ。負けるとわかってる戦いに手出す? ふつう。……でも断れる状況じゃないよね。悪者の陣地のど真ん中だし。
(大体なんで悪の組織が実在してんのよー!!)
「どうだ、受けてくれるか?」
メフィストが、黙って俯いてた私に問いかける。やばいやばいやばいよー!
「そ、そういえば、ここが悪の組織なら、正義の味方は……?」
緊張のあまり声が裏返っている。何やってんのよ私のバカー!
「あ? そうだな、そろそろ――」
そうメフィストが言ったとき、どこからかモニターが現れた。
『――おのれ聖義軍のジャスティスレッドめ! 今日こそは貴様らの命、頂く!』
そこに映った正義の味方は、私が今朝見た特撮のジャスティスレッドに間違いなかった。
「じゃ、ジャスティスレッド!? 何よこの人……コスプレぇ!?」
騒ぎ立てる京を見て、メフィストは怪訝そうに尋ねた。
「なんだ、知っているのかミヤコ?」
「はあっ!? だってテレビで……い、いや、やっぱなんにも知りません。」
余計なことは喋るなと、脳が警鐘を鳴らす。何訊かれても知らんふりしとこ……。
『ククク、愚かなジャスティスファイブどもめ。いいことを教えてやろう。たった今、ルシフェルの巫女・ミヤコ様がルシフェル水晶の力を解放したばかりなのだ!』
『な、なんだと!?』
モニターの中の雑魚手下その1が、得意げに私の名を出した。ジャスティスレッドがビックリしてる。
あれ、これってまさか――
「ミヤコ、さっそく出番のようだぞ。ジャスティスファイブなど、お前と大悪魔ルシフェル様の力にかかればひとたまりもないだろう。」
余裕の笑みを浮かべたメフィストが、私にゴツいムチを手渡した。女幹部はムチ使いというのが相場だ。ってそうじゃなくて!
「うむ。ミヤコよ、ジャスティスファイブどもを蹴散らしてくるのだ!」
ヘルゲートにまで命令された。私まだ「はい」とは言ってないんだけどー!!
しかしここは悪の根城。逆らえば殺される。
「は、はいヘルゲート様……この命に代えても、ジャスティスファイブどもを抹殺して参ります……。」
涙目で京はひざまずいた。ちょっとサマになってるのがまた悔しい。なんとしてもジャスティスファイブを倒さなきゃ……殺されるのはまっぴら御免なのよー!
(ん? 待てよ、そういえば――)
ジャスティスファイブのもとへとぼとぼと向かう途中、京はふと思い出す。
「次回のジャスティスファイブのサブタイトルって、たしか……――」
『次回、聖義戦隊ジャスティスファイブ! “ついに開放ルシフェルの力! ルシフェルの巫女ミヤコ登場!!”……お楽しみに!』
(ちょっと作者! 夢オチとかにしなさいよ!! これじゃホントに私、悪の組織の女幹部として倒される可哀想な中学生になっちゃうじゃない! 聞いてんの!? なんとか言いなさいよ、ちょっと!)
京の悪者生活は、まだ始まったばかりである。
(まあこっからメフィストとの恋物語とか始まったらいいか……って、よくなーい!)