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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第92話「帝都への道程」

 リオネールを出立した朝は、雲ひとつない青空だった。畑にはまだ朝露が残り、家々の煙突からは白い煙が上がっている。豊かな伯爵領の景色を背に、一行は石畳の街道を進んでいた。


 最初のうちは、旅路は穏やかだった。牛を追う農夫や、子どもを背負った母親の姿もあった。馬車の中で仲間たちが笑い合う声も自然と響いた。


 だが、領境を越えたあたりから空気が変わり始める。


 村の門は固く閉ざされ、人影はほとんど見えない。畑は荒れ、麦の穂は実りきらぬまま刈り取られたように途切れている。


「……荒れてんな」

 ザイルが低く呟き、視線を左右に走らせた。


 やがて、街道沿いの小さな町に入った。広場の中央には石造りの壇があり、その前の石畳には黒い焦げ跡が残っている。崩れ落ちた木材の破片や、割れた器の欠片も散らばっていた。


 ルッツが険しい表情で口を開く。


「……数日前、この地の領主が『選別』と称して禍石を飲まされ、衆人環視の中で命を落としました。住民の一部は歓声を上げ……残りは恐怖で声も出せなかったそうです」


 沈黙が落ちた。


 ミラは青ざめた顔でソウマの袖をぎゅっと握る。

 カイは拳を固く握りしめて吐き捨てるように言った。


「ふざけやがって……ただの見せ物じゃねえか!」


 サラは小さく震えながら呟いた。

「……治せる命なら良かったのに。どうして、わざわざ……」


 リーナは眉を寄せ、静かに言葉を重ねる。


「これが、もう帝都まで広がっている。悠長にしている時間はないな」


 馬車を護るように前を歩いていたダンカンが、ふと振り返った。


「ソウマ。悪いが……ここからは顔を出さない方がいい。異郷人だと気づかれりゃ、火種になりかねん」


 俺は短く息を吐き、頷く。


「分かった。隠れていれば皆が動きやすいなら、それでいい」


 仲間たちが一瞬だけ視線を交わし、その決断に安堵の色を浮かべた。



---


 その夜。野営地で焚き火の火がはぜる。炎の光に照らされる仲間の顔は疲れていたが、誰も弱音は吐かなかった。


 空を見上げている隣にリーナが腰を下ろす。


「……帝都はリオネールのようにはいかない。混乱と暴力が渦巻く街だ。けど、安心しろ。必ず守るからな」


 その言葉にそっと頷き、革表紙の本をそっと抱えた。



「この力も……使う時が来るだろうな」



 燃える火がぱちりと弾け、夜空に火の粉が散った。帝都への道程は、確実に暗雲を孕んでいた。



焚き火の明かりが落ち着いた夜。俺とタリアは肩を並べ、革に描かれた魔法陣の下絵を広げていた。


「やっぱり小型化が壁だな……」


タリアは溜息をつき、こめかみを押さえた。


「魔法陣を全部詰め込もうとすると、どうしても大きさも安定性も犠牲になる」


「全部を入れるのをやめよう」


「空間接続の“基盤”だけ魔法陣に組み込む。あとは――誰に繋ぐか、その部分は使う本人にやってもらうんだ」


 タリアは思わず眉を上げた。


「本人が魔法陣を組む?……ああ、接続先を自分で“番号”みたいに描き込むってことか」


「そうだ。要は、相手を指定する“アドレス”を覚えてもらう。四十桁の数字を一人分、暗記するくらいの感覚だ。それを魔法陣の適切な場所に埋め込む」


俺は枝で土に記号列を描きながら説明した。


 しかしタリアは苦笑いを浮かべる。


「確かに理論的には可能だ。相当小型にできるからイヤリング型にできるな。誰かに通信機を盗まれても使い方が分からないのもいい。ただな…」


「……リーナやミラ、サラはできるだろうさ。ルッツもザイルもいけるか。でも、ダンカンやカイ、コハルのバトルチームにそんな繊細な作業……できるか?」


「やってもらうしかない」


俺はきっぱりと言い切った。


「これがあれば戦闘の布陣も情報収集も全く違ってくる。覚えさせる。大丈夫だ」


 タリアは額に汗をにじませ、思わず空を仰ぐ。


「一人当たり四十桁を適切な場所に埋める?それを感覚で覚えろって……嫌な予感しかしねーぞ。。」


 焚き火の火がぱち、と弾け、二人の影を揺らした。



 翌日、リオネール郊外の草地。仲間たちは輪になり、俺とタリアの手で試作された小型通信機を受け取っていた。


「よし、じゃあ一人ずつ接続を試してみよう」

俺の声に頷いたのはリーナだった。


 彼女は指先で魔法陣を描き込み、わずかに魔力を流す。次の瞬間、通信機の水晶が澄んだ音を響かせた。


「……繋がったな。これは便利だ!」


あっさり成功し、目を輝かせる。


 続くミラも真剣な顔で魔法陣を描き込む。


「す、すごいです!最初は難しいと思ったけど……慣れれば簡単ですね!」


「同時に二人呼び出せるのもいいじゃない」


サラは早くも応用段階に進み、器用に接続を切り替えてみせた。


「……くそ、なんとかできた」


額に汗を浮かべたザイルは水晶を握りしめ、深いため息をつく。


「疲れるな、これ。お前らの記憶力どうなってんだ……おかしいだろ」


 そして問題のバトルチーム三人。


「……なあ、カイ」


ダンカンが眉間に皺を寄せ、低くつぶやく。


「そもそも意味が分からんのは俺だけか?……俺、かなりバカなのか?」


「良かった……ダンカンもか」


カイはほっとした顔で大きく息を吐く。


「実は俺もさっぱり分からない。ちょっと安心したぜ!」


 横で黙っていたコハルが尻尾をぱたぱた揺らし、きっぱり言った。


「私たちは頭が悪いからしょうがない。諦めよう」


 その潔すぎる宣言に、場が一瞬沈黙――そして爆笑が広がった。


タリアは腹を抱えて笑い転げ、俺も思わず顔を覆う。


「……バカヤロー!!これはプライドをかけた闘いだ!俺は諦めん!!あ………」


ダンカンは真っ赤になりながら吠えるが、水晶は握り潰されて砕け散った。


ぱきん、と乾いた音が虚しく草原に響く。


「馬鹿力」

ボソリと呟くコハルの声が悲しく草原に広がった。


仲間たちは一瞬言葉を失い――次の瞬間、爆笑の渦に包まれる。


ザイルは腹を抱えて転げ回り、タリアは涙を流すほど笑い続ける。


「お前……ほんとに通信より殴る方が得意なんだな!」


「……予備の水晶、まだ残ってたよな?」


俺が深いため息をつくと、タリアが笑いながら親指を立てた。


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