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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第88話「道中の決意」

 朝の空気はひんやりしていて、肺の奥まで透き通るようだった。


 子爵邸の門前に集まった一行は、荷を積んだ馬車の脇で最終確認をしていた。馬の鼻息が白く立ちのぼり、革の匂いと藁の湿った匂いが漂っている。


俺の中に昨夜までの影はもうなかった。吹っ切れたように晴れやかで、胸の奥に迷いはない。


「ソウマ!」


 ダンカンが豪快に肩を叩く。分厚い手のひらの衝撃に、体がわずかに揺れた。


「吹っ切れたみたいだな!」


「ああ。もう迷わない」


 力強い返答に、場の空気が少し和らぐ。


 カイは口元を緩めて腕を組み、タリアは

「やっとか」と鼻を鳴らす。


サラも小さく息を吐き、安心した目を向けた。


 ただ一人、リーナだけは視線を逸らし、頬を赤らめる。昨夜の余韻を隠しきれないのだろう。その仕草を見て、ソウマの胸に温かな熱が灯る。


 コハルは敏感にその変化を察した。耳をぴくりと動かし、ぴょんと跳ねてリーナの背後に回ると、背中に頬を寄せる。


『幸せな匂いがする。良かったね、リーナ』


 囁きを受け、リーナは笑顔で小さく頷いた。



---


 門が開き、城下町の喧噪が遠のく。石畳を抜けて街道へ出ると、秋の風が頬を撫でた。冷たさよりも心地よさが勝り、一行は新しい舞台――アルノルト伯爵領へと進み出した。


 街道は思った以上に静かだった。乾いた風が木々を揺らし、馬車の車輪が石を踏む音だけが一定のリズムを刻んでいく。


「……しつこそうなヤツだからな。どうせまた現れるだろうよ」


 ダンカンが低く呟く。

モルドの影を意識していたのだ。


「タリア、あんた狙われてんだろ? もっと自覚しろよな、まったく」


 カイが真顔で突っ込む。


「ははっ!」



 タリアは豪快に笑い、荷の上に腰を下ろして工具袋を抱きかかえ一拍置いてから、肩をすくめた。


「狙われてる? お前らのこと信用してるから、心配は全くしてねぇ! 頼んだぞ!

……それに、研究のこと考えてたら、そんなの忘れちまうんだよな!」





「忘れるな!」


 仲間たちが一斉に声を合わせ、馬まで鼻を鳴らす。場が和み、笑いが零れた。



---


 馬車の中では、

軋む音に混じって議論が続いていた。


「タリア、相談がある」


 俺は懐から通信機を取り出し、卓に置いた。


「これからは今まで以上にこれが重要になる。目標は二つ――小型化と複数端末の同時接続だ。冷蔵庫の大型化は調整でなんとかなる。だから、しばらくはこいつに時間を割こう」


「オッケー!」


 タリアは満面の笑みで即答した。


「虚晶石のストックもある程度あるしな。まずは小型化から攻めるか!」


 大型冷蔵庫の運用や肥料の販路、公爵領との相対し方……議題は尽きず、方針が一つずつ固まっていく。



---


 昼休憩は川沿いでとった。


 俺はリーナを誘い、二人で水音を聞きながら歩く。秋風に草の匂いが混じり、どこか気恥ずかしい空気が漂う。だがそれすら心地よかった。


「……俺は自分を守れる程度には戦えるようにならなきゃいけないと思ってる」


 川面を見つめる俺の声は真剣だった。


「そうだな」リーナが頷く。


「ソウマだけじゃなくて、私も同じだ。どんなに理屈で勝っていても、最後に暴力で潰されたら終わりだからな」


 その言葉に、ソウマは小さく笑みを返した。互いの決意は同じ方向を向いていた。



---


 休憩が終わる直前、カイを呼び止めた。


「カイ、頼みがある。俺に剣術を教えてくれ」


 一瞬、仲間の間に不安が走る。だがダンカンが先に頷いた。


「ソウマは動き自体の筋はいい。やってみる価値はあると思うぞ。第一、モルドみたいな暗殺者の脅威に対抗できなくても、街のチンピラを追い払う程度の力があればいいんだ。ソウマは実力を過信して墓穴掘るタイプでもねぇしな」


「分かった、先生!」


 カイが木剣を差し出す。ソウマはそれを両手で握り、無心で振った。合気道の感覚は残っていたが、剣は別物。だが足を運ぶごとに、体は少しずつ馴染んでいった。


 その頃、リーナはミラに小声で頼んでいた。


「ミラ、ソウマに習った魔法のこと、私にも教えてくれ。マジックボックス以外の術を使えるようになりたい」


 ミラは驚いたが、すぐに頷いた。

「はい、私でよければ!」


そのやり取りを耳にしたタリアが、

にやりと笑う。


「あれれ、ずいぶん仲良しだな、お二人さん」


 リーナは苦笑して肩をすくめた。


「冷やかすなよ。何度も命を狙われてきたんだ。必死になるのは当然だろ。逆になんでタリアはそんなに悠長に構えてられるのかが不思議だ」


「そりゃそうか!とはいえ、ああは言ったが私も自分なりに対策は考えてんだぞ」


タリアはそう言って、魔道具のいくつかを触りながら黙って真剣な表情に変わっていった。


---


 その夜、ソウマは虚晶石を灯火にかざし、じっと見つめていた。


(虚晶石を魔力源にした魔法……小さな結晶でも発動できる術。基礎の力で劣る自分が生き残るために。そして、大切なものを奪わせないために……これが必須だ)


 

決意を胸に、俺は静かに研究を始めた。――生き残るために。



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