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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第七章【契りと誓いの帝都】
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第87話「二人きり×1=」

 夜の静けさが、石壁に染み込んでいた。

 窓は閉じられているのに、遠くの虫の声がかすかに届く。机の上で短くなった蝋燭が細く揺れ、芯が焦げる匂いが漂った。


今日は寝てしまおうと何度もベッドに入ったが、様々な思考に邪魔をされ、いつしか寝ることを諦めた。


 俺は椅子に腰掛けたまま、何度も同じ紙をめくっていた。だが目は文字を追っていない。考えをまとめようとしても、頭の中はぐるぐると回っているだけだった。胸の奥に沈んでいる重さが、どうしても取れない。



 ――コツ、コツ。


 不意に、扉を叩く音。小さなはずなのに、広間の鐘の音よりも大きく響いた。


「ソウマ……少しだけ話がしたいけど、いいかな。まだ一人で考えたいなら、戻る…」


 リーナの声だった。


 喉が鳴った。息を吸ってから、答える。

「…リーナがいいなら、一緒にいてほしい」


驚くほど素直に出た言葉だった。


いつもなら考えられないような弱音だ。こんなに誰かに、いや、リーナに側にいて欲しいと願っていたのだと気付く。


 短い間のあと、扉が軋んで開き、彼女の姿が見える。リーナも一度眠りにつこうと思ったのだろうか?シルクのように柔らかな服を纏っている。


目だけでこちらの様子を確かめているようだ。彼女は何も言わず、ためらうようにベッドの端に腰掛けた。俺も自然に隣に座る。ベッドが沈み、体温が近づく。沈黙が落ちた。


「こうやってソウマの部屋に来るのは、二回目だな」


 リーナがぽつりと口を開く。


「ああ。あの時は……洞窟に閉じ込められて、死にかけた後か」


 思い返すと、不思議に笑みが浮かんだ。

「短い期間でずいぶん色々あった」


「全くだよ」リーナも笑う。


「コウモリの糞を集めて売るわ、公爵に命を狙われて宿に火を放たれるわ……とにかく色々あったな」

 その笑顔のまま、彼女の手が俺の手の上に重なり、体温がはっきり伝わる。


「まだ考えがまとまらない….。考えてもしょうがないのは分かってるが、思考が止まらない」


「もっと早く伝えるべきだった…すまない。守ると言いながら、ただ伝える事を躊躇っただけなんだ。この世界に来たばかりの時に伝えなくてはいけなかったんだ」


リーナの声には後悔が滲んでいた。


「転生したばかりでそれを聞いてどうなっていたかは分からない。だから間違いとは言えないさ。もちろんショックはある。でも、リーナから聞けて良かった。他で聞いていたら、とても耐えられなかった…」


リーナが息を小さく吸い、何かを決めるようにこちらを向く。


そして、そっと腕を回し

——暖かく抱きしめてくれる。


乱れてバラバラになってしまった心がゆっくりとここに集まってくる心地よい時間と感覚。自然とリーナを抱きしめ返す。


「……私はね、ソウマの事が好きみたいだ」


いつもは力強い声が、

今はかすかに震えていた。


「絶対に離れたくない」


 心臓が強く跳ねた。言葉が喉につかえる。昼間から自分が何を恐れていたのか、今はっきりした。だから逃げてはいけない。


「……俺も一緒だ。リーナがいてくれたから、ここまで来られた」


 声が自分でも驚くほど低くなった。


「でも、俺は異郷人だ。そのせいでリーナに危険が及ぶくらいなら――」


「そんなの今さらだ」


 リーナが遮った。


 近い距離で見つめ返す瞳は、炎に揺れているのに揺らぎを見せなかった。


「私はさっき、ソウマを守るとみんなの前で誓った。でも……ソウマだって私を守ってくれるんだろ?」


 言葉が見つからず、沈黙が流れた。蝋燭の火が小さく爆ぜる音がした。


 俺は彼女の手を強く握り、そのまま引き寄せて抱きしめた。髪からは乾いた木の匂いと微かな香油の甘い匂いがした。


「ああ、絶対に守る。何があっても君を傷つけさせない」


 その言葉のあと、距離は自然に消えた。唇が重なる。触れた瞬間、握る手にさらに力が入る。リーナも同じ強さで握り返した。


 離れた後も、しばらく額を寄せ合ったまま呼吸を整えた。胸が上下するたび、相手の温度を確かめ合うようだった。


 蝋燭の炎がまた揺れた。

そのままゆっくり、何度も体が重なり合う。触れ合う体温が、ぎこちなく揺れる心をゆっくり同じ速さにそろえていく。


 ――俺は、この人を守る。何があっても。




どれくらい時間がたったのだろう?


腕の中にすっぽり収まったリーナ。抱き合う肌が静かに鼓動を伝えてくる。熱すぎず、冷たすぎず、ただ優しく心を鎮める温度だった。


窓越しに満月が見えた。満月の夜はリーナの声を通信機で聞いていたのに、今は吐息がかかる距離にいる。


 俺はそっと問いかけた。

「……昔、商隊にいた異郷人の人、名前は?」


 リーナが目を閉じたまま答える。

「みんなタクヤって呼んでたよ? 何で?」


「そうか」

 俺は吐息を整えながら言葉を続けた。

「タクヤさんがいたから、リーナは俺を助けてくれたんだろ? 転生してきたばかりの俺を。だったら……俺とリーナを引き合わせてくれたのはタクヤさんだ。そうやって懸命に生きた証が、次につながってるんだ」


 腕の中のリーナが、少しだけ動いた。まぶたを開き、俺を見上げる。


「……うん」


 柔らかい声。

「きっとソウマは、もっとたくさん残せるよ」


 その言葉に胸が熱くなった。俺は彼女を強く抱き寄せる。


「……必ず繋げる」


 夜はまだ静かに深まっていく。

 だが、もう一人ではなかった。



ここまで読んでくださってありがとうございます!



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