表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第六章【見えざる刻限】
90/126

第85話「途絶える道」


 翌朝の街は、どこか慌ただしかった。遠征組が戻り、街組も子爵との交渉を終え、出発の準備が整ったからだ。


 アルノルト伯爵領へ――次なる舞台は、国家規模での交渉と技術の実証。その重さを全員が理解していた。


 だが、最後の買い出しに向かう一行の足取りは意外と軽やかだった。


「おいソウマ!この革の袋、魔道具入れにちょうど良さそうじゃないか?」


「タリア、それ昨日も同じこと言ってただろ」


「ちょっとでも丈夫なやつを探すのは研究者の性分なんだよ!」


 豪快に笑うタリアの背後では、サラが薬草を選びながら眉をひそめる。


「また散財する気でしょ……まあ、足りなくなって困るよりマシか」


 カイは露店の武具に目を輝かせ、コハルは干し肉を物色して尻尾を揺らしている。ミラはソウマの手を引き、ここの名物の食べ物だと教えてくれる。


 その光景は一見すれば、ただの商隊の買い物風景だった。


 しかし――その輪の外側に立つソウマの胸中は、どうしても晴れなかった。



---


 街路を歩くたびに感じる、刺すような視線。

「異郷人だ……」と囁く声。


決して手を出されることはない。


だが、距離を置かれる。忌避と好奇の入り混じった視線が、常に彼を追っていた。


 仲間たちが一緒にいれば、その視線はただの雑音にすぎない。


 けれども――ふと気づく。


(そういえば、俺は一度も“ひとりで”街を歩いたことがない)


 思い返す。


 市場を歩くときはミラが腕を組んで隣にいた。


 道具屋ではタリアが勝手に先導していった。


 食堂ではカイが大声で注文をしていた。



 ――必ず、誰かが一緒だった。


 そして、今までは気にも留めなかった事実が、今になって妙に胸に引っかかる。


(……俺以外の異郷人を、誰一人として見かけた事がない。これだけ多くの市民が認知しているのにも関わらず、そんな事があり得るのか?)


 その小さな違和感は、買い物を終えて子爵邸に戻り、出発前の打ち合わせをしているときに、さらに膨らんでいった。



---


 広間の机に地図が広げられ、リーナが旅程を確認している。


「明日の朝には門を出る。道中は警戒を緩めるな。……ソーマ、どうした? さっきから浮かない顔をしてる」


不意に声をかけられ、

俺は一瞬言葉に詰まる。


「……いや、悪い。大したことじゃない」


 そう言いかけて、喉の奥で言葉が止まった。


 今、聞いておかなければならない

――直感が告げていた。


「……すまない、関係ないことかもしれないが、一つ聞きたい」


全員の視線が集まる。


深く息を吸い、問いを放った。


「俺以外の異郷人に会ったことがないのは……偶然か?それとも….」


問いを投げた瞬間、広間の空気が、見えない膜で覆われたように揺らいだ。



 ルッツが眉をひそめて口を開きかける。



「ソウマ殿、それは――」



 しかしリーナが手を上げ、制した。


「待て、ルッツ。それは私が答える。私が話すべきことだ」


 彼女の声音はいつになく重く、仲間たちは思わず息をのんだ。



---


 沈黙の中、リーナはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……ソウマが感じている違和感は正しい。異郷人が姿を見せないのは、決して偶然じゃない」


 ソウマは眉をひそめる。

「どういうことだ?」


「ソウマ、あんたはここに来て何年になる?」


「……三年目だな」


 一呼吸置き、

リーナは仲間たちを見渡してから視線を戻した。


「――この世界で、異郷人が五年以上生きていたという公式な記録は、一つもない」



---


 広間に、深い沈黙が落ちた。

 誰も声を上げられなかった。

 ただ外の鐘の音だけが、遠くで虚しく響いていた。


 ソウマの胸に重石が落ちる。


胸の奥が冷たく沈み、ふいに“自分だけが透明になっていく”ような感覚に襲われた。


 この世界に来てからの三年の記憶が、一気に圧縮されるように胸を圧迫した。



 ――あと二年



 それが、見えない刻限であるかのように。


目の前には、新しい道があり、これからそれに向かって歩もうとしているのに。自分にだけ道が閉ざされてしまう。


魔力が使えないから?


今のところ体に不調はないが病気になるのか?


それとも、またどこか別の世界に飛ばされる?



様々な最悪のケースが頭にフラッシュするように次々と映し出される。



記録がない? 生き残れない? 


なら――俺は、あと数年で消えるというのか…



 唇が乾き、言葉が震えながら漏れた。



「……なんで、だ」


 誰も答えなかった。


 ただ重苦しい静寂が仲間たちを縛り、次の言葉を待たぬまま夜は深く沈んでいく。


自分の目の焦点が合っていないのが分かる。


深い闇に落ちていきそうな、そんな感覚に襲われていたその時、優しく手を差し伸べるように声が響き渡った。


「ソウマ」


リーナの優しく力強い声。もう一度呼ばれる。


「ソウマ」

名を呼ぶその声は、暗闇の底に落ちていく意識を、そっと支える手のようだった。


そうだ。自分はこの声に何度も助けられた。リーナだけではない。ここにいるメンバー全員に助けられ、ここまで生きている。


気づけばミラが手を握ってこちらを心配そうに見ている。


「すまない。少し動揺した」


ソウマの目に力が戻ったのをリーナは感じ取った。


「お前なら乗り越えられる。

 どれほど残酷な道でも、ソウマなら必ずだ。」



第六章【見えざる刻限】 ー完ー


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ