第84話「狡猾に」
矢雨は止まない。街外れの石畳はすでに無数の金属片で埋め尽くされ、火花と砂埃が入り混じっていた。生き物の気配すら沈む、獲物を追い詰めるための矢場のようだった。
ダンカンは前に出て、矢を両腕で叩き落とし続ける。鍛え上げられた筋肉はまるで鋼の壁のようで、迫りくる矢を音と共に粉砕していく。
ザイルも負けじと、土盾を次々と隆起させて矢を弾き飛ばした。
土壁の中、タリアとサラは拳を握りしめ、外の轟音に息を呑んでいた。
「……大丈夫、きっと二人が勝つ」
と互いに言い聞かせるように。
敵は一向に懐へ踏み込んでこない。黒布を纏ったモルドは路地の影を縫い、常に一定の距離を保ちながら射撃を繰り返していた。
「チッ……小癪な真似を!」
ダンカンが舌打ちする。
「……さすがに不用意には近づいてこねえな」
ザイルが短く返す。
二人はじりじりと間合いを詰めた。
ザイルは牽制にロックバレットを放ち、さらにアースニードルを地面から突き上げさせる。
だがモルドは舞うように身を翻し、矢を返しながら余裕でかわしていく。
「ははっ! 遅い遅い! そんなノロい土魔法、当たるわけないでしょー!」
仮面の奥から嘲笑が響いた。
ザイルの奥歯が軋む。
(……くそっ、やっぱりこうなる。遅い、遅いっていつも言われる……!)
額から汗が流れ落ちる。悔しさと苛立ちが、しかし冷静な火を彼の胸に灯していた。
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膠着はしばらく続いた。やがてモルドは矢の連射をやめ、するりと路地裏に身を隠す。
「逃げる気か!」
ダンカンが低く唸り、即座に駆け出した。
ダンカンは石畳を蹴り、狭い路地へ飛び込んだ。だが――そこには誰もいなかった。
「……っ!」
視界が空振りし、背筋を悪寒が走る。
直感に突き動かされ、ダンカンは即座に踵を返した。
――ザイルの背後に、黒い影。
「ザイ! 後ろだ!」
怒声が空気を裂く。
(ザイに油断したフリをしてどこかのタイミングで二人の距離をわざと開けて釣りだそうとは言われたが…これはミスったか!!)
振り返ったザイルの瞳に、仮面の狂気が映った。
「さようなら、のろまな土魔法くん」
モルドの声は冷酷に響く。刃が閃き、距離はあまりにも近い。この間合いでは、土魔法の発動に必要な詠唱は到底間に合わない。
ザイルの喉元に冷たい死の気配が触れた。
「ノロマはノロマらしく、その女どもを置いて死ね! 魔法が解ければ土壁は崩れる! すぐに素材を連れ去る! あんな逸材は簡単には殺さない! 残念だったな筋肉ダルマ、ターゲットから離れたお前の負けだ!」
勝利を確信した狂笑が響いた瞬間――ザイルが静かに呟いた。
「……ビンゴだ」
「間に合うわけねぇよ、ノロマ!」
次の瞬間、轟音が路地を揺るがした。
モルドの足元――誰も気づかなかった地面が、突然、内側から破裂した。
火花と砂煙が爆ぜ、石畳が跳ね上がる。
「……なっ!?」
爆風に煽られ、モルドの体が宙を舞った。土煙に包まれ、仮面の奥の視界が揺らぐ。
(何だ……何が起きた!? 地面が爆発した?あいつの魔法陣はまだ出てもなかった……!)
混乱が脳裏を支配する。その隙を、巨影が裂いた。
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土煙を切り裂き、巨大な腕が迫る。
「ようやく捉えたぜ」
ダンカンの声が低く響く。
前回の戦いで味わった悪夢――あの重く鈍い衝撃が、再び迫る。
「ぐ、が……ッ!!」
腹にめり込むのは巨岩のような拳。
内臓が一瞬で潰れた錯覚が走り、世界が反転する。
モルドの肺から息が強制的に押し出され、視界が白く弾けた。
鎧で防御していたはずの衝撃は、
骨の髄まで響いていた。
続けざまに拳が飛ぶ。二撃、三撃。仮面がひび割れ、破片が散る。血が吐き出され、石畳を赤く染めた。
「まだだ……まだ死なねぇ……ッ!!」
モルドは獣のように叫び、全身から白煙を噴き上げる。煙幕だ。
「逃がすかッ!」
ダンカンが拳を振り下ろすが、煙に紛れたモルドの体はするりと路地を駆け抜け、壁を蹴って上方へ跳ね上がる。
視界の端に、ふとザイルの姿が映った。
(最後に一矢報いてやるか……!)
仮面の奥の目がザイルを射抜いた――その刹那。
ゴン、と乾いた音。
小さな岩弾が一直線にモルドのこめかみを撃ち抜き、体が壁際に叩きつけられる。
「が……ッ!」
呻き声を残し、黒い影は再び路地の向こうへ消えていった。
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静寂。
ダンカンは拳を下ろし、荒い息を吐いた。
「……チッ、また逃がしたか」
モルドが逃げ去った後、ザイルが魔力を解いた。重く覆っていた土壁が音を立てて崩れ、ようやく光が差し込む。息を殺していた二人が外へ飛び出す。
「それにしても……ザイ、お前……、説明しろ。今のは下から魔法が発動したように見えたぞ」
ザイルは土埃に汚れた顔で、肩を竦めた。
「ちょっとな。先生に相談しといて正解だった」
「何を……?」とサラが問う。
ザイルの脳裏に、遠征に行く前の会話が蘇る。
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「なあ先生、土魔法って便利だけどさ……どうしても遅いんだ。発動も、攻撃も。速ぇ敵には全然当たらねぇ。なんかいい方法思いつかねぇか?」
ソウマは腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「それなら、事前に魔法陣を展開しておけばいい」
「は? そんなの当たり前だろ。今はその時間がねぇから困ってんだよ」
「違う。発動直前で止めるんだ。例えば、小さくて目立たない魔法陣を作って、地面の下に仕込んでおく。維持には魔力を食うが……お前は魔力量が多いんだろ?」
ザイルは目を丸くした。
「……そんな芸当、可能なのか?」
ソウマはにやりと笑った。
「少なくとも、異郷人が魔法を使うよりは現実的だろ?相手を誘導して狡猾に引き込む必要はあるが……得意だろ、そういうの?」
ザイルも思わず吹き出す。
「ちげーねぇな……サンキュー、先生」
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ザイルは拳を握り直し、悔しげに吐き出す。
「派手さはねぇし、仕込みの手間もある。けどな……ああいうヤツは後ろから狙ってくるのが定番だろ?まあ、簡単なお仕事だ」
と、いつものように戯けて見せるザイルだが、全員がザイルの影の努力をそこに感じていた。
タリアが大きく笑った。
「ははっ! ノロマどころか一番キレのある一撃じゃねえか!やるなー」
サラも安堵の息をつきながら、思わずこぼす。
「もう……何で商隊なのに戦ってばかりなの。。」
街外れの路地に、仲間たちの声が響いた。
恐怖の残滓を押し流すように、確かな強さと絆の音色で。




