第83話「狂気再び」
アルノルト伯爵領へ出発するための準備もかなり整い、明日の出発となった。
「よし、工具を揃え直すぞ! この間ぶっ壊した分も補充しなきゃな」
その勢いにダンカンが肩をすくめる。
「ったく……また物騒なもん買う気だろ。俺がついていってやる」
タリアは肩越しに振り返り、にやりと笑った。
「お? 護衛ってわけか。頼もしいな、ダンカン!」
そのやり取りにサラが割って入る。
「なら私も行くわ。薬草が切れてきてるし、補充しないと」
さらにザイルも腰を上げる。
「どうせ荷物持ちは俺なんだろ? ほら、早く行こうぜ」
結局、四人が街外れへと繰り出すことになった。
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石畳を歩きながら、タリアは工具の種類や改造案を楽しそうに話し始める。だが他の三人の頭の上には「?」が浮かんでいた。
「でな、この回転軸に細工すれば爆散じゃなく拡散にできるんだ。角度を調整すればほら、三六〇度に一斉射出――」
「……なあ、サラ。今の分かったか?」
「全然。私、薬草の煮出ししか知らないし」
「ザイルは?」
「さっぱり。俺、魔法一筋だからな」
最後に視線を向けられたダンカンは腕を組み、きっぱりと言い放つ。
「全く分からんが、お前が楽しそうって事だけは、よく分かる!!」
タリアは一瞬呆気に取られ、
次の瞬間腹を抱えて笑った。
「ははっ! 何だそのマッチョ発言! 最高じゃねえか!」
笑い声が石畳に響く。四人の空気は和やかで、日常の一幕そのものに思えた。
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しかし、人気のない通りに入った瞬間、空気が変わった。
先頭を歩いていたダンカンが不意に立ち止まり、右手で後ろのタリアを制した。表情は一瞬で戦士のそれに切り替わっている。
「……止まれ」
ザイルも眉をひそめ、すぐに戦闘態勢へ入る。そのただならぬ気配に、タリアとサラは思わず足を止めた。
その直後、物陰から鋭い風切り音――矢が飛来した。
「チッ!」
ダンカンが片手で矢を掴み、へし折る。
「ザイ!」「分かってる!」
ザイルが詠唱を終えると同時に、地面が隆起して厚い土壁が立ち上がった。
直後、金属の矢が数本――ドガガガッと壁に突き立つ。
矢じりが震え、石屑がぱらぱらと落ちた。もし一瞬でも遅れていたら、タリアとサラの喉を貫いていただろう。
「な、何だよこれ……!」タリアが叫ぶ。
「いいから黙ってろ!」ザイルの声が鋭い。
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裏路地の中から、ゆったりとした声が響いた。
「いやぁ、用心深いですねぇ。やっぱり後ろの土魔法使いさんから壊すしかなさそうだ」
その声に、全員の背筋が凍る。
姿を現したのは、黒布をまとい、傷跡だらけの仮面を付けた男――
まるで死んだはずの影が歩き出したかのように。
モルドだった。
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モルドは奇妙な弓具を構え、矢を連射する。ボウガンのような仕込み武器から、金属の矢が雨のように放たれた。
ダンカンが前に出て両腕で叩き落とし、ザイルは土の盾を次々と展開して防ぐ。しかしモルドは決して距離を詰めてこない。遠距離攻撃に徹し、二人を翻弄していた。
「おらおらぁ! どうした肉壁! どうした土壁!」
嘲る声と共に、金属矢が火花を散らす。
「……チッ!」
ザイルも反撃に移るが、ロックバレットは宙を裂くだけ、アースニードルは地面を穿っただけで終わる。
モルドは舞うようにかわし、嘲笑を投げかけてくる。
「やっぱり土魔法は遅いですねぇ!鈍い鈍い!」
矢がかすめるたびに、ザイルは奥歯を噛みしめた。
(くそっ……分かってる、速さじゃ勝てねぇ!――)
「遅い遅い! そんな鈍い攻撃、当たるわけないでしょー!」
モルドはあくびでもするように笑った。
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しかし、ザイルの表情は崩れない。土壁の陰に隠れたタリアやサラに声は届かないが、冷静な光をその瞳に宿していた。
「……ダンカン、耳かせ」
「おう」
耳打ちされた言葉に、ダンカンは一瞬目を見開き、すぐに口角を上げた。
「いいぜ。お前に任せる」
二人の息は驚くほど揃っていた。長年積み重ねた“現場の信頼”だけが作れる間合い。
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モルドは仮面の奥でにやりと嗤う。
「へぇ……何か考えがある顔だ。じゃあ、もっと遊んでやりますかぁ!」
再び矢が放たれ、空気が震えた。
――戦いの幕は、まだ始まったばかりだ。
狂気は、まだ彼らを離さない。




