第80話「再会の声」
荒れた山道を馬車の車輪が軋みながら進んでいく。谷を抜け、岩場を離れた一行は、ようやく安堵の空気を少しずつ取り戻していた。御者台で手綱を操るのはザイル。馬車の前方ではカイが騎乗し、警戒するように周囲を見回している。
馬車の中の空気はまだ重い。
だが、血の匂いと汗の匂いに混じって、確かに“生きている”気配があった。
サラは治療を終えたばかりの手を握りしめ、信じられないものを見た顔で呆れ混じりにぼやく。
「……なんで、こんなに治ってるのよ。あれだけ禍石の濃度が高い場所じゃ、ヒールは半分も効かないはずなのに。」
ダンカンは肩を揺らして豪快に笑った。
「はは! 俺の筋肉が魔力を食ってんだろ。便利な体質だな!」
「バカ言わないで…」
サラは呆れたように続ける。
「言っとくけど普通の人なら死んでる傷よ。背中なんて穴だらけだったんだから。あんた、本当に人間?」
「それについては、全面的に私が悪かったよ。どうせ死ぬなら道連れにしてやろうと思ってな!」
タリアはふざけながらも、ちらりと自分を守った背中に視線を向けた。そこには無数の古傷が刻まれている。幾度も無茶をして、それでも立ち続けてきた証。
タリアは隣で横になり、左脚を伸ばした。ふくらはぎにはまだ布で巻かれた血痕が残っているが、表情には活気が戻っていた。
彼女の工具袋は無残に裂けている。だが、口元にはおどけた笑みが浮かんでいた。
「……へへ、工具袋まで壊されちまった。でもまあ、命は残ったから御の字か。ソウマのお土産もちゃんと持って帰れたしな!」
「もう!タリアも先生みたいな事言わないの!研究者ってこんな無茶するものなの?」
ミラは二人のやりとりを見て、小さく胸をなでおろした。タリアはいつもの調子――そう思えたのだ。
「まあまあ」
ミラが間に入るように声を出す。
手には小型の測定具を握っていた。青い光が脈打ち、針が少しずつ安定していく。
「……濃度が下がってきてる。これなら通信できそうです。ザイル、ちょっと止めてくれる?」
ミラは背負っていた小さなケースを開き、掌に収まる通信機を取り出した。青白い魔石が淡く光を帯びる。
「……ソウマさんに、連絡します」
ミラは姿勢を正し、魔石に手をかざした。
――しん、と空気が張り詰める。
次の瞬間、石の表面に波紋のような光が走り、声が溢れ出した。
『ミラ! 無事だったか! 今どこにいる!?』
馬車の中に響く懐かしい声に、
ミラの胸が熱くなる。
「はい! 帰りの途中です。ダンカンさんとサラさんも合流しました。詳しいことは戻ってからお話しますが――全員、無事です!」
『……そうか。良かった……!』
声の奥でリーナの安堵の吐息も混じる。ほんの一瞬だが、重苦しい空気がふっと軽くなった。
だが、一人だけ目を丸くしていた者がいる。
「お、おい……おいおい! 今の声……なんだ!? 俺の幻聴か? ソウマの声が馬車の中に響いたぞ!?」
ミラが慌てて説明をする。
「違うよ、幻聴じゃないの! これ、通信の魔道具なんだ。タリアとソウマさんが作ったんだよ」
「魔道具で遠くの声を? まじかよ……」
ダンカンは驚いた顔で
ミラとタリアを交互に見た。
タリアは目を輝かせて、
いつもの調子を取り戻していた。
「まだまだ! こんなの序の口だ。もっとすげえもん、これから作ってやるからな!」
ダンカンはしばし口を開けたまま黙っていたが、やがて大声で笑った。
「お前、すげぇヤツだったんだな! 俺が命張った意味があるってもんだ!」
そのやり取りに、ミラもサラも思わず笑った。馬車の中にわずかに灯る温もりは、戦闘の緊張を少しずつ溶かしていく。
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一方その頃、街組では。
宿の机に広げられた地図の上で、ソウマとリーナは通信の終わりを見届けていた。
「……無事だったか。良かった」
ソウマは深く息を吐き、額の汗を拭った。肩の力が抜ける。
リーナは微笑みを浮かべて頷く。
「全員生きてる。それだけで十分だ。これで、こちらも腰を据えて動ける」
「そうだな。子爵様との話も、次の段階に進められる」
ソウマの声には安堵と、静かな決意が混ざっていた。
窓の外では、夕陽が街を赤く染め始めている。
――危機はまだ終わらない。
だが確かに、この瞬間だけは、街と探索組の心はひとつにつながっていた。




