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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第六章【見えざる刻限】
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第79話「帰路」

 岩場に仮の拠点をつくり、治療が進んでいた。サラの光は穏やかに揺れて、傷口を少しずつ塞いでいく。だがタリアの足や手の損傷は深く、完治には時間がかかるようだった。


「歩けるようになるには…もう少し時間がかかりそうね」


 サラが静かに言い、タリアは頭を掻いた。

「ちっ……情けねぇな。まあ命があるだけマシか」


 仲間たちはそれ以上責めなかった。モルドの異様な強さを思えば、タリアが生きて帰ってきただけで奇跡だったからだ。


 タリアは息を整えながら、簡潔に経緯を語った。


黒装束の男――モルドとの遭遇。歪んだ嗜好を隠そうともしない殺し屋の狂気。そして最後に、自分が投げた試作品の魔道具。


ダンカンが補足するように口を挟む。


「あの野郎、まだ息はあったな。……だがあれだけ血を流してりゃ、しばらくは襲ってこれねぇはずだ」


 言葉の調子は淡々としている。だが視線の奥に、確かな警戒があった。


「なら、生死を確認しとくべきだな」

カイが言った。


「放っておくのは後々危険すぎる」

と腰を上げる。


「お前は休んでろ」

すぐさまザイルが制した。


「谷底を見るなら俺の方が適任だ。地形を読むのは得意だしな」


 いつになく力のこもった声に、

ダンカンが口元を緩めた。



「へぇ、やけにやる気じゃねぇか。どうした? 色気づいたか?」


「うるせぇよ! お前ら前衛バカが怪我ばっかするから、俺が尻拭いしてんだろうが!」


ザイルが吐き捨てる。


「ははっ、言うじゃねえか」


 軽口を交わしながらも、

空気の底に緊張は残った。


 ザイルが谷底へ降りていく間、

ミラはタリアの隣に座り込んだ。頬の赤みが気になって仕方がない。


「……タリア、顔が赤いけど、大丈夫?」

「だ、だいじょーぶだ!!」


 声が裏返る。慌てて手を振る仕草に、ミラは

「変なの……」と小さく笑った。


だが、その表情が少しずつ回復しているのを見て、胸を撫で下ろす。


 しかし、緊張は完全には抜けなかった。ミラは周囲に意識を張り続け、谷の影や岩の裂け目にまで視線を走らせる。


(みんな疲れてる……私が気を張らなきゃ……)


その思いが強張りに変わりかけたとき、

サラが声をかけた。


「ミラ、こっちを手伝ってくれる? 簡単な治療でいいから」


 ミラは驚きながらも頷いた。布を押さえる手を貸すと、サラは微笑む。


「そんなに気を張らなくても大丈夫だよ。あの二人――カイとダンカンは動物みたいに危険に敏感だから。危ないときは必ず動く。ミラは笑ってて」


「笑う……?」


「そう。ミラの笑顔があれば、みんな安心する。癒やしってのは薬だけじゃないのよ」


 その言葉に、ミラの心にタリアとの会話が蘇った。――私は私。無理に人と比べる必要はない。


(そうか……私は、私でいいんだ)


 視界がふっと開ける感覚。ミラは深呼吸して、仲間たち一人ひとりに声をかけていった。

「大丈夫?」「水飲む?」


その笑顔に、戦いで張り詰めた空気が少しずつ緩んでいく。


 そのとき、ザイルが戻ってきた。顔は険しい。


「……かなりの量の血痕があった。だが、奴の姿はなかった。血の跡も、途中で消えてた」


その一言が全員を黙らせる。

不吉な予兆が空気を冷やす。


 だが、ミラはきっぱりと言った。


「今は街へ戻ろう。これ以上ここにいても危険が増すだけだし」


 全員が頷いた。判断は的確だった。


出発の支度をする中、

ダンカンがタリアを振り返る。


「また来ても俺がぶっ飛ばしてやる。だから心配すんなよ」


タリアは一瞬だけ躊躇い、

ふっと女性らしい仕草で髪を耳にかけた。


「……ああ、頼んだよ」


 その姿に、全員の呼吸が止まった。血と汗にまみれた谷底で、不意に浮かんだ凛とした美貌。


傷を負ってなお、しなやかな肢体は驚くほど均整が取れていた。汗に濡れた布の下で浮かぶ豊かな曲線が呼吸に合わせてわずかに揺れ、長い脚は岩場へ艶やかな影を伸ばしている。


その無意識の立ち姿は――血と土の匂いが残る戦場には似つかわしくないほど、妖艶で、目を離せない光を放っていた。



 本人は意識していない。だが、その一瞬に漂った色気に、仲間たちは言葉を失う。


「な、なんだお前ら。急に黙って。調子狂うな」

タリアは首を傾げる。


 カイがぼそりと呟いた。

「……タリアって、美人なんだな」


 ミラが肘で小突く。

「なに言ってんのよ!」


 ダンカンは目を逸らし、耳まで赤い。


 ザイルはその様子を見てニヤリと笑い、肩をバンと叩いた。


「どうしたダンカン! 背中が丸まってんぞ!」


「うるせぇ!!」

ダンカンの拳が反射的にザイルの背を打ち据え、凄まじい破裂音が谷に響いた。


「いっ…痛ぇ!馬鹿力!サラ、ヒールしてくれ!」


「いやよ。もう疲れたもん」

サラはわざとらしく笑顔で返した。


 笑い声が岩壁に反響する。

 戦いの爪痕を抱えつつも、遠征組は再び街への道を歩き始めた。背後には、消えた血痕と不吉な沈黙が残されていた。



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