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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第六章【見えざる刻限】
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第78話「ノーカウント!」

 崖下には、血の跡と崩れ落ちた岩の破片だけが残されていた。


 モルドの姿は影も形もない。谷底へ転落したはずなのに、死体すら見当たらない。


「……あれじゃ、さすがに生きちゃいねえだろう」


 ダンカンは吐き捨てるように言ったが、眉間の皺は消えなかった。


「いや、死んでねえな。だが――もう襲ってくる余力はねえ。今はそれで十分だ」


 タリアは壁際に腰をずらし、荒い息を繰り返していた。刺されたふくらはぎは止血もままならず、麻痺したように力が入らない。


痺れは腕にまで広がり、工具袋を掴もうとしても指が震えて空を切るだけだった。


「……悪いな。足、ちょっと動かせねえや」


 乾いた笑いを浮かべるタリアに、ダンカンは答えなかった。ただ一歩近づくと、その巨体をかがめて――迷うことなく抱き上げた。


「っ……!」


 突然の“お姫様抱っこ”に、タリアの頬が一気に熱くなる。


「お、おい! 私は……歩け、なくも……」


「無理すんな。戦場での虚勢は命を縮めるだけだ」


 ダンカンは淡々と告げ、ひょいと肩で体勢を安定させた。


 胸板の硬さ、背中の匂い。タリアは顔を真っ赤にして視線を逸らす。


(これは反則だから……ノーカウントだ! ノーカウント!) 


 心の中で必死に言い訳するが、鼓動はどうしようもなく早まっていた。


 やがて崖を抜けた先で、戦いを終えたカイたちと合流した。荒い息をつく三人の足元には、倒れた暗殺部隊の姿が転がっている。


「タリア!」


 サラが駆け寄り、すぐに治療魔法の光を彼女の足へ注いだ。温かな光が脈打ち、刺し傷の痛みがすうっと和らいでいく。


 タリアが安堵の息を漏らしたとき、背後からダンカンの低い声が響いた。


「おい、サラ。こっちも頼む」


 振り返ったサラは、彼の背中を見て絶句した。


「な……何これ!? ダンカン! あんた頭おかしいの!? どうして死んでないのよ!」


 背中は金属片で蜂の巣のように穴だらけ。血がまだ滴り、鎧の下の古傷まで浮かび上がっていた。


 サラは悲鳴を上げながらも必死に手を動かし、治癒の光を走らせる。


 タリアはその姿に気づき、目を見張った。背に刻まれた傷は一つや二つではない。古いもの、新しいもの、幾度となく死線を越えてきた証ばかりだった。


「……ありがとう。助けてくれて。本当に……」


 珍しく言葉を詰まらせながら、タリアは真剣に頭を下げた。


 ダンカンは鼻を鳴らして笑う。


「別に礼なんていらねー。俺はそのためにいるんだから、何も問題ねえ」


「問題だらけです!」

サラが即座に怒鳴り返す。


「見なさいよこの傷! 背中どころか肩も抉れてるし、体中ボロボロじゃない!」


 カイも口を挟む。

「ダンカンは俺より怪我が多いからな!」


「……あんたも同類でしょ!」

 サラの怒鳴り声に、カイは肩をすくめるしかなかった。


 そんなやり取りの中でも、タリアはまだ胸の奥の熱を抑えられずにいた。


(……ノーカウント。ノーカウントだから……!)

 自分に言い聞かせながらも、赤い頬は冷めそうになかった。


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