第74話「援軍」
夕陽が岩肌を焼き、谷は長い影に沈み始めていた。虚晶石の黒い煌めきは確かにそこにあった。けれど三人の胸に広がるのは発見の喜びではなく、焦燥だった。
カイの額には汗が滲み、左手の指に鈍い痛みが走る。完全に癒えきっていない傷が、剣を握るたびに訴えかけてくる。彼は歯を食いしばり、剣を振り抜くたびに小さく息を漏らした。
「……ちっ、やっぱり万全じゃねえか」
ミラは背後から援護はするが、ここでは詠唱が途切れがちだった。禍石の濃度が濃く、魔力の流れがどこか歪んでいる。光は生じても、すぐに揺らぎ、安定しない。
「詠唱が……絡む……! 魔力が押し戻される感じ……!」
その時、敵の一人がミラに迫る。
その間にカイが慌てて割って入り、剣閃を防ぎつつ決定打を与えにいこうとするが、翻弄するように相手はすぐに引いていく。
敵は七人。粗末な装束に刃を持ち、しかし急所は決して狙ってこない。
切り傷、突き傷は増えるのに、致命には届かない。逆にこちらを苛立たせ、体力を削るように動いていた。一番戦えないであろうミラを時々狙ってくるのもカイとザイルに苛立ちを植え付ける。
「鬱陶しいな」ザイルが唸る。
土塊を弾き飛ばして足場を固めつつ、目を細める。
「まんまと策に嵌められてんな。……このままじゃ時間だけが過ぎるぞ」
カイの背が冷える。狙いは――タリア。
あいつは今も一人で岩場の奥にいる。虚晶石と虫を追いかけて、夢中で動いているはずだ。気づけば喉が渇いていた。
「くそ……早く行かねえと……!」
だが敵の壁は厚い。剣を交えるたび、焦りだけが増していく。
そのとき――崖の上から声が落ちてきた。
「ザイル!カイ!ずいぶん苦戦してんな! 身体強化効かねえくらいでそのザマか?しょうがねえ奴らだ。俺様が手伝ってやろうか?」
「誰に言ってんだ! 余裕だ!!」
カイが怒鳴り返す。その声に震えは混じっていたが、同時に安心感がそれ以上にこもる。
剣先はまだ鋭く閃いた。
「 赤い髪の女! タリアが狙われてる! その崖の向こう側だ!黒装束の暗殺者が行った!そっちに行ってくれ!」
ザイルが振り返り、鼻で笑う。
「おっそいぞ、筋肉ダルマ!」
崖上の男――ダンカンは、下を睨みつけて豪快に笑った。日差しに燃える鍛えられた肉体とは対照的に美しいほど映える金髪が、谷間の風を受けて揺れる。
「まったくもう!」
サラは崖の縁から慎重に身を乗り出し、
両手を掲げた。
指先から零れた光が糸のように編まれ、風を渡ってカイの指へと届く。
ひと筋の温かな脈動が肉の奥に染み込み、裂けた組織が再び結びついていく。
骨の軋みがほどけ、皮膚の裂け目が花弁のように閉じていく感覚。
熱と冷たさが同時に走り、最後にはただ確かな力が宿った。
「っ……!」カイの喉が震えた。
「動く……指が、握れる!」
彼は剣を強く握り直し、試すように軽く振った。重みがきちんと伝わる。
「サンキュー、サラ!」
サラはにっこりと笑顔を向け、ただ頷いただけだった。だがその仕草が、戦場の空気を一変させる。ミラも安堵の吐息を漏らし、ザイルは「やっとまともに戦えるな」と呟く。
崖上のダンカンは、強引に岩肌へ降りていく。靴の先で岩を削りながらも、巨体は一切ぶれない。彼の瞳はただ一方向――タリアがいる岩場の奥を見据えていた。
「待ってろよ……!」
夕陽は赤々と崖を染め、岩壁に長い影を伸ばす。虚晶石の黒い光が、不吉な反射を返していた。
そして――その光のさらに奥で、不気味な刃音が響いた。欠けたシャムシールが岩を擦り、獲物を迎えるように鳴っていた。




