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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第六章【見えざる刻限】
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第72話「黒い煌めき」

 馬車は小川を渡り、山裾の細い獣道へと入った。昼を過ぎた陽射しはなお強く、岩肌に照り返して視界が白く滲む。


御者台で手綱を握っていたザイルが短く口笛を鳴らすと、馬が足を止めた。


「着いたな。……匂いが変わった」


 空気が淀んでいる。


草木の青さよりも、鼻を刺すような金属臭と湿った土の匂いが濃い。谷底の崖は黒く焼け焦げたような層を露わにし、岩の間からはうっすらと紫色の靄が立ち昇っている。



 ミラは測定具を取り出し、慎重に魔力を流した。針が震え、限界近くで止まる。


「……やっぱり。禍石濃度、かなり高い。中毒にはならないだろうけど、長居はしたくないな」


 言いながら視線を巡らせると、崖の割れ目のひとつにきらりと光が宿った。


手袋越しに摘み取ったのは親指大の結晶。角度を変えると、黒の奥から淡い群青が滲み出す。


「これ……虚晶石!」


ミラの声に全員が集まり、息を呑んだ。


「本物か?」

カイが喉を鳴らす。


「小さいが、確かに虚晶石だな」

タリアも覗き込み、表情を引き締める。


 四人の胸に高揚と緊張が同時に走った。目的地に辿り着いた証であると同時に、ここが危険地帯である証でもあった。


 そのとき、タリアがぱんと手を打った。


「よし! じゃあ私は、ソウマに頼まれてたやつ探してくるぞ!」


 工具袋を抱え、目を輝かせる。


彼女の視線の先には、岩肌に刻まれた細かな齧り跡。地面に転がる白い欠片。


「ロックキャタピラーの痕跡だ。こいつら絶対近くにいる!」


 ミラが慌てて声をかける間もなく、タリアは崖沿いを駆け下りていった。


「ちょ、タリア!遠くには行かないでよ!!」


 返事はあったが、もう遠ざかっていく足音に紛れてしまった。ミラは胸騒ぎを覚えるが、ここ最近タリアと仲良くなったミラは、またいつもの事と気持ちを切り替える。


 それぞれが調査を開始する。ミラはカイとザイルに指示を出しながら、植生や濃度の勾配、様々な情報を隈なく記録していく。


そうしている間に時間が経ち、ふと気付けば幌の下は静まり返っていた。ミラは不安げに辺りを見回す。


「あれ……タリア、戻ってきてない」


 カイが立ち上がり、少し高い場所に登って辺りを確認する。


「くそ、見える範囲にはいないな!探してくる!」


 だがザイルが腕を伸ばし、肩を押さえた。


「待て。ここは地形が複雑すぎる。俺が行く」


「でも――」


「土木魔法のほうが役に立つだろ」



ザイルはにやりと笑い、土埃を払った。カイは悔しげに拳を握ったが、理屈では反論できない。


 その瞬間だった。


 崖上の岩陰から、影が一つ、二つと滑り出る。布で顔を覆った男たち。見える範囲だけでも数は五、六。黒い短剣を構え、三方からじりじりと囲んでくる。


「っ……来やがったな」

カイが剣を抜いた。


 次の瞬間、戦闘が始まった。


 カイは踏み込み、正面の一人を斬り払う。だが刃はかすめただけで、相手はすぐに後退する。


ミラは後方から支援魔法を放ち、眩しい閃光で一人を怯ませた。ザイルは地を踏み鳴らし、足元から石弾を撃ち上げる。二人がよろめき、土煙が舞った。


 だが、奇妙だった。相手の攻撃は浅い。踏み込みも弱い。斬りかかってきても、わざと外すように引いていく。


「おい……」

ザイルが息を吐く。


「こいつら、本気で俺たちを倒す気ねぇぞ」


「え?」ミラが目を見開いた。


「踏み込みが浅い。刃の軌道が遊んでる。――こいつら、時間稼ぎだ」


 言葉に背筋が冷たくなる。


「時間稼ぎ……?」

カイが息を荒げる。


「じゃあ――狙いは!」


「タリアだ!」


ザイルが叫んだ。



全員の心臓が跳ねた瞬間、崖の奥から空気が変わった。


カイは敵を振り払おうと必死に剣を振るう。


だが次から次へと現れる敵が絡みつき、間合いを崩す。ミラは必死に支援を重ねるが、魔力の流れが淀んでいて術式が重い。


ザイルも土壁を立て続けるが、崩されるたびに呼吸が荒くなっていく。



 遠く岩場の奥から、異様な気配が遠ざかっていく。鋭い鉄の擦過音、ぞわりと肌を撫でるような冷気。黒装束の背が、ゆらりと揺れながら谷の奥へ消えていく。


その片手には、湾曲した細長い刃――異国風のシャムシールが月影のように鈍く光っていた。


 その後ろ姿は、まるでこれから獲物を狩りに行く捕食者のそれだった。


 ミラの喉が固くなる。

「タリア……っ」


 戦場の空気が凍りついた。夕陽を背に、一つの長い影が岩場に伸びていく。


 まだその姿ははっきり見えない。だが確かに、ただの賊ではない“黒い煌めき”が、タリアの方角へ向かっているのをただ眺めるしかなかった。


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