第66話「探索と交渉」
昨日は投稿設定の間違いで公開できてませんでした。。申し訳ありません。本日より予定通りまいにち22時に投稿していきますので、引き続きよろしくお願いします!
本日は10分後にも次話も公開します!
ウォーレン子爵領の城下町は、白い土壁と赤い瓦がまぶしい。
風に乗って青麦の匂いが運ばれ、石畳には旅人と荷馬車の影が重なる。街道脇の灌漑水路はよく整えられ、畑の緑はどこまでも続いていた。
――肥沃
リーナが事前に語ったとおり、この土地の第一印象はそれだった。
一行は門前で足を止める。ソウマは包帯の下で火傷がまだ疼くのか、歩幅を無理に合わせるように深く息を吐いた。
サラが脈を取り、眉根を寄せる。
「まだ無理させませんからね、先生」
俺は小さくうなずく。
最初に口火を切ったのはタリアだ。
工具袋を肩にかけ、目だけが子供みたいにきらきらしている。
「ね、せっかく来たし――禍石とかミスリルの産地、見に行こう。地図と噂だけじゃ分かんない。現場の匂いを嗅がないと」
いかにもタリアらしい直球だった。
リーナが振り返る。
「危険だ。西の山は獣道に近いし、鉱脈の話が本当なら目ざとい連中も嗅ぎつけてる。ソウマの怪我も治療中だ、許可できない」
「やめとけよ、タリア」
カイが肩をすくめる。
「せっかくの機会なのに、もったいない! 行くべきだ! 私だけでも行くぞ!」
タリアはこういう時に簡単には引かない――俺はここ数年の付き合いでそれをよく知っていた。
「――行っていい」
その一言に視線が集まる
「俺は街に残る。だが確かに産地のデータは今のうちに欲しい。禍石の濃度、周辺の地形、湧水の性質、動植物の分布……採れるだけ採ってきてくれ」
脳裏には、別の像が重なっていた。
オスト村の湧水池――毎朝、虚晶石の欠片がいくつも見つかる不思議な水場。
どうして“定期的に”小さな虚晶石が湧いて出るのか。水質だけでは説明がつかなかった。
三人でその議論をしていた時、池の上を旋回し、葦むらに降りる一羽の水鳥が目に入った。
あの鳥は何を食べている?
村の年寄りは言った。
「あいつは山腹で岩虫をついばむぞ。それしか食わん」
る
岩を齧って生きる魔物。もし――もし、禍石に含まれる“何か”が食物連鎖で濃縮され、どこかの消化過程で結晶化の核になっているのだとしたら?
生物濃縮が起きているかもしれない。
それを調べるためにも検体がどうしても欲しい。
生き物は、ほんとうに“コスト最小化”の天才だ。
俺たちが巨大な装置でやっと計算できる最適解を、
細胞は迷いなく選んでくる。
必要なものだけを取り込み、
いらないものは切り捨てて、
それでも回り続ける。
無駄がない。
……呼吸も、光合成も、肝臓の解毒反応も。
どれ一つとして人類の工学よりはるかに賢く動く。
思考の底で、研究者の声が乾いた紙をめくるように響く。
湧水池に虚晶石が落ちるのは、単なる地質ではなく、生物由来の“交差点”があるからかもしれない。
生態系そのものが、知らず知らずのうちに魔力を選別し、濃縮し、結晶へと導いている……。
「タリア、もし見つけられたらロックキャタピラーを捕獲してくれ。できれば生きたまま数体。無理なら殻や糞でもいい。周辺の泥と一緒にサンプルを」
タリアの目が面白がるように細まる。
「任せろ。網も仕掛けもある。こういうの大好き! 探検だぜ!」
ミラが一歩前へ。
「だったら私も行く。禍石の濃度判定は私が一番慣れてるし」
「なら俺は護衛だな」
カイは短く言い、握った左手で剣帯を確かめた。
完全には癒えてい
リーナは視線を人波の向こうに投げる。商人の勘が、今日のうちに会っておくべき名をもういくつか拾っていた。
「私は先生に付き添いますからね。目を離すとまたれ無茶するでしょ」
サラはぴしゃりと言い切った。
「あたしはリーナたちの護衛をするよ。そっちはカイとザイルがいれば大丈夫でしょ」
コハルもうなずく。
役割は自然と二手に割れた。
探索組――タリア、ミラ、カイ、ザイル。
交渉・療養組――リーナ、ソウマ、サラ、コハル。
俺は荷から小さな箱を二つ取り出す。磨かれた面に街門の光が走った。
「通信機を分けよう。片方を山、片方を街。――いいか、繋がる距離には制限はないが、魔の山みたいに禍石の魔力干渉が強ければ、途切れる可能性も高い。過信するな。通信は一方からしか発信できないから、探索組が発信機側を持っていってくれ。定時連絡は日の出だ」
「了解」
タリアが受け取り、くるりと指の上で回してリーナに睨まれる。
「落とすなよ。壊したら泣くのは自分たちだぞ」
「泣くのは財布だ。ミラが持っていってくれ」
皆が少し笑う。
ミラは通信機を慎重に袋へしまい、
「大丈夫、私は丁寧に扱うから」
と微笑んだ。
「丁寧に扱えないのは俺なのか?」
カイが肩を竦める。
「丁寧に扱えないのはタリア」ザイルが即答。
「異議あり」タリアは胸を張り、「壊すけど直す!」と宣言して、さらに皆が笑う。
「明日、早ければダンカンとルッツが合流する。遠征組にはダンカンもいたほうがより安全だ。でも、待ちすぎるのも時間がもったいない。明日まで待って来なければ、今のメンバーで二手に“分かれよう”」
「了解! じゃあ、今晩はどこかで飲みに行ってくる!」タリアはいつでも自由だ。
「俺は今日こそ先生に魔法のこと聞くぞ。それくらいはいいよな、サラ。な、先生!」
ザイルはどうしても聞きたいことがあるらしい。サラもそれくらいならと頷く。
「カイはどうするの?」
ミラが尋ねると、
「うーん、特に用事はないから何すっかな?」
「じゃあ、私の買い物付き合ってよ」
「オッケー、飯も食うか!」
昔馴染みで、雑用係としていつも一緒だった二人は、自然と並んで歩き出した。
「よし、各自自由行動でいいが、公爵の目がどこにあるか分からない。気を抜きすぎるなよ」
リーナの言葉に、少しだけ緊張が戻る。
街は宿場の喧噪に満ちている。水樽を担ぐ少年、麦粉を捏ねる女たち、荷車を押す男の汗。リーナは目を細め、看板と人の顔を素早く選り分けた。
「まずは宿。それから穀物商、肥料を扱える倉口、子爵家の執政官への口利き……」
「先生はまず宿で横になって」
サラに促され、俺は頷く。
「そういうわけだ、ザイル。後で部屋に来てくれ」
「了解」
ザイルが短く応える。
「それと、私は子爵領の水事情と市場の冷蔵需要も当たっておく。冷たい水はどこでも売れるだろうが、当たりをつけたい。コハル、一緒に来てくれ」
「もっちろーん」
――
街の宿で、サラに包帯を替えもらいながら、窓の外の山並みに目をやっていた。
痛みはある。
だが、その痛みを薄めるように、頭の中では実験計画が積み木のように積み上がっていく。
禍石の粉末、湧水、泥、ロックキャタピラー由来サンプル。低温下での析出試験。腸内類似環境の再現。――仮説はまだ仮説だ。だが、データがあれば、次へ行ける。
日が傾き、街と山、二つの方角に同時に影が伸び始めた。分かたれた道は、それぞれの目的を胸に、確かに続いている。どちらの先にも、同じ鍵穴が待っていることを、まだ誰も知らない。




