第64話「焼け跡に残った声」
本日より第六章【見えざる刻限】スタートです!
――気配が途切れた。
異常な舞台を仕切っていた声も、黒い影も、すべて煙の中に溶けて消えた。
張りつめていた鼓動が遅れ、耳の奥に残るのは炎のはぜる音だけ。まるで、現実に引き戻されたようだった。
瓦礫の下で火がくすぶり、焦げ臭さが肺を刺す。
俺はゆっくりと息を吐いた。背中に走る痛みが現実をいやでも思い出させる。
「……みんな、大丈夫か」
声をかけると、コハルが手を振った。
「平気。ちょっと転んだだけ」
無理に笑って見せる顔は土埃にまみれていた。
カイは左手を押さえている。眉をしかめもせず、ただ短く息を吐く。
痛みに耐えているというよりも、振り下ろした剣を片手で防がれてしまったことを悔しがっているようにも見えた。
「……リーナ姉、あいつ。誰だか知ってるみたいだったよな?」
カイの視線の先に浮かんでいるのは、さっきの片腕の剣士の影だ。
リーナは短く目を伏せ、吐息をついた。
「……おそらくゲオルク。帝国最強の剣士。皇帝の怒りを買い、片腕を失い、職も追われ失踪したと言われていたが…剣の腕はたとえ片腕になったしても並ぶ者はいないと噂されるほどの男だ」
その声は淡々としていたが、わずかに震えが混じっていた。
「なるほど、それなら納得だ…」
カイは何かを噛みしめるように、その言葉を振り絞るのがやっとだった。
火の粉が落ち着くと同時に、
俺たちもふと我に返る。
さっきまで異常な存在に囲まれていたのに、今はただの焼け跡に過ぎない。
その落差に、逆に寒気がした。
「すぐにサラさんを呼ばないと」
ミラが言った。
頬に煤をつけたまま、真剣な目でこちらを見る。
「そうだね。命に関わらないとはいえ、このままはまずい」コハルも同調する。
「コハル、サラを探してきてくれるか? たぶん市場のほうだ」
「分かった。リーナは大丈夫?」
「ああ、心配ない」
リーナは奇跡的に無傷に近く、ソウマはそれを見て、背の痛みよりも安堵のほうが勝った。
サラはどうやら買い出しに出ているらしい。騒ぎを聞きつけて、こちらに向かってきてくれているといいが……。
やがて駆け足の音が近づいてくる。
「ごめんなさい! 遅くなっちゃって……」
サラが急ぎ足で飛び込んできた。
「サラ。まずはカイを見てやってくれ。自分で指を切ってる。指は毒矢を受けている」
リーナが簡潔に状況を説明すると、サラはうんざりしたように、落ちている毒矢が刺さった指を手に取る。
「また怪我? 本当に世話が焼けるんだから」
サラがカイの手を見て眉をひそめる。
「悪いな……これで最後にする」
カイは苦笑した。
「それ、三回くらいは聞いてる」
サラが日常とでも言うように、手慣れた手つきでカイの指の治療を始めた。
「ミラ、久しぶりね! また一段と可愛くなっちゃって。後でたっぷり話そうね」
「そんな……サラさんに比べたら私なんて」
久しぶりに会うが、まったく変わらない様子のサラにミラは嬉しそうに照れる。
カイは肩をすくめて笑った。妙に自然なやりとりに、空気が少し和らいだ。
サラが膝をつき、光を集める。ヒールの輝きが指を包み、裂け目がゆっくり塞がっていく。
「……よし。もう剣は握れそうだ」
サラが安堵の息を漏らすと、
カイは短く「助かった」と応えた。
「まだくっ付いただけなんだから、無理に動かしたらダメよ!」
次は俺だった。
サラが手を背中にかざす。じんわりと温もりが広がる。浅い傷は塞がっていくのに、焼けた皮膚の奥が頑なに痛みを残す。
「……やっぱり効きにくい」サラが呟く。
「先生、異郷人だからか、身体強化の素地がない分、ヒールの通りが悪いのかもしれない。本当に、無茶しないで」
俺は黙ってうなずいた。そういえば前もそんなことがあった。前回は虚晶石を飲み込んだときだから、虚晶石の影かと思ったが……どうやら、そもそも効きにくいらしい。
自分だけがこの世界で不利な存在だと、改めて思い知らされる。
その後ろから、どさりと袋の山が転がされた。
「ったく……サラに押し付けられて、荷物持ち係だよ」
ザイルが額の汗をぬぐいながら顔を出す。両脇に積まれた買い物袋は、野菜や干し肉、薬草でパンパンに膨れていた。
「ザイル!」ミラが思わず声を上げる。
「おう……ミラ。って、先生いるじゃん。しかもまた怪我してんのかよ」
にやりと笑って俺の背中を見やる。
「まあな。火の中に突っ込めば、こうなる」
俺が肩をすくめると、ザイルは
「ははっ、懲りねえな」
と豪快に笑った。
土の匂いと一緒に、少しだけ空気が和らいだ。
「そうだ。先生に魔法の事で聞きたいことがあるんだ。あとで時間くれよ」
「ザイルが教えを乞うなんて珍しいな!」
カイが茶々を入れる。
「うるせぇ、お前だけ強くなるとかは認めねえ」
「あと、先生! あのコハルと話してるダイナマイトバディのレディは誰だ?」
ザイルがわざわざ耳打ちしてくる。思わず俺はむせそうになる。
「アイツはタリア。優秀な技術者だ。これからも一緒に行動することになる」
「いい旅になりそうだ!」
ひとりで盛り上がるザイルに、リーナやミラからはため息が漏れた。
「お前たち、いいから一先ず今晩の宿でも探してきてくれ。このままだと野宿だぞ…」
リーナが呆れて指示を出す。
「……フフ。なんかこういうやり取りも久しぶり。帰ってきたって感じがしますね、ソウマさん」
「これを懐かしいと思うのもどうかと思うが、確かにそうだな」
ミラと顔を合わせて笑い合う。笑い声に混じって、背中の痛みが少しだけ遠のく。
けれど脳裏に残っていた言葉が、不意に蘇った。
――君はこの世界を滅亡させる。それが分かっていても、君はそれを止められない。君の欲望が、世界を飲み込むんだ。
ラムダの声。あの異常な空間で浴びせられた一言は、俺自身が心の奥で恐れていたことそのものだった。
科学を武器にして進めば進むほど、制御できずに誰かを巻き込むのではないか。俺が踏み出す一歩が、取り返しのつかない破滅に繋がるのではないか。
胸が冷えた。痛みよりも、あの言葉の重みが刺さっていた。
――それでも。
隣で荷物を投げ出して笑うザイル。
「可愛くなった」なんてやり取りで照れるミラ。
世話が焼けると眉をひそめながらも、確かな光で指を癒すサラ。
そして、呆れながらも皆を導こうとするリーナ。
その明るさに触れていると、不思議と背中の痛みが和らぐ気がした。
俺は小さく息を吐き、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
(……俺は、空白を恐れない。止まらない)
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