幕間【夜明けを駆けるもの】
かつては辺境の地であった北部オスト村。
後世“夜明けの昇光”と呼ばれる奇怪な出来事があったと伝えられている。
いまや虚晶学と理術研究の中心として栄える学都オスト――
その原型が、千年前には“地図に点すら記されぬ寒村”だったことを、この地に暮らす私でさえ時折忘れそうになる。
しかし、この村の古家に残る年輪の深い梁や、丘の上にひっそり建つ旧祠堂の石組を眺めていると、かつてこの地が外界から隔絶した“限界の村”であったことを思い出させられる。
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◆ 伝説とされてきた昇光
伝承によれば、帝国歴三二三年初夏――
夜明け前の静寂を裂くように、大地の底から唸り声のような振動が走り、村外れの林の向こうで白い光の塊が跳ね上がったという。
村人たちは驚愕し、半ば恐怖に駆られながらも空を見上げた。
光はやがて人影を抱えたまま昇りはじめ、強烈な風と轟音を撒き散らしながら東の空へ流れ去った。
当時の村には“飛ぶ”という言葉も概念も存在しない。ゆえにこの不可思議な現象は、
•「光にさらわれた」
•「天に抱かれた」
•「朝が一足早く地を離れた」
など、詩のような比喩で語られている。
事実、ここにも三種類の“昇光伝承”が残る。
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○ 伝承A(旧房地区に伝わる古老の語り)
「明けの底より光が跳ね上がり、その中に影が二つ。
風は叫び、地は唸り、
大地が息を飲んだ、と。」
○ 伝承B(祠堂周辺に残る古文書の断片)
「光、人を抱きて昇る。
里の者、ただひれ伏す。」
○ 伝承C(後世の祭礼歌に見られる改変形)
「東へ昇れし白き灯は、夜を割き、
朝の門を開く者なり。」
どれも内容は断片的で、神話化された表現に満ちている。
長らく研究者はこれを“寒村にありがちな宗教的幻視”と見なしていた。
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◆ 公爵領より発見された一通の報告書
この伝説が再評価されたのは、ごく近年のことである。
ヴァルシュタイン公爵家の文庫整理の際、
軍務顧問コンラート・ヴェルンハルトによる報告書が発見された。
その内容は、伝承と驚くほど似通っていた。
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◆ コンラート報告書(帝国歴323年初夏・原文抜粋)
「黎明、オスト村外縁にて異状を確認。
白光、強く脈動し、地響きを伴いて上昇。
人影二名、光中にて地より離れる。
術式形状および用途は不明。
現行帝国術体系に類例なし。
昇光は安定を保ったまま東方へ流失。
目撃多数、虚言の余地なし。」
官僚的な筆致ではあるが、
当時の帝国が持ち得なかった技術を目撃したことへの静かな恐怖と警戒がにじむ。
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◆ 学術界の評価
この報告書の発見以降、
歴史学・理術学双方の学派で、
“夜明けの昇光”の史実性が改めて議論されている。
特に、現在の虚晶浮遊機構の初動特性――
光量の急増・圧縮振動・風圧による局所的乱流――
と一致する点は無視できず、
これは虚晶技術黎明期の最古の観測例ではないか
という見解さえ出始めている。
もちろん、技術的細部を確定する証拠は乏しい。
だが、現地に暮らす者として、私はこの伝承に妙な“地の確かさ”を感じる。
村の地形、当時の家屋の配置、
光が昇ったとされる地点――
それらを照らし合わせるたび、
この地で何かが始まったという感覚が、どうしても拭えないのである。
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◆ 結語
真実は未だ明らかではない。
だが、千年前のこの村で人々が見上げた“白い光”は、やがてアストレア文明全体を変える
理の最初の火であったと、
私は信じている。
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『理暦アストレア史』 第一巻・追補節より
編纂:王立史学院 リュシア・フォン=アーベントロート
明日からは第六章【見えざる刻限】
スタートです!
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