第59話「揺れる煙」
昼を過ぎた街道は、行き交う人や馬車が目立つようになっていた。
畑を終えた農夫が荷を積んで進み、旅の一座が歌を口ずさみながら通り過ぎる。人の気配が濃くなるにつれ、ソウマたちの緊張も少しずつ解けていった。
彼らと合流した小さな荷馬車の商隊を率いていたのは――カイ。
戦う力だけでなく、商人としても着実に成長しているようだ。
「九九はもう完璧だぜ、先生!交渉はまだまだだけどな!」
背丈も声も、数年前とは違っていた。だが、笑った時の無邪気な雰囲気は変わらない。
「カイは馬鹿正直ですぐに顔に出るからねー!交渉はあきらめてリーナさんに任せたら?」
「ミラにだけは言われたくねー」
「むー、そんな事ないもん!」
「ほら、ふくれっ面」
ミラが珍しく毒づくがカイも負けてない。もちろん冗談だが、ミラにとっては軽口をたたける唯一の存在がカイだった。それは久しぶりに再会した今も変わらないらしい。
「そういえば」
少しカイが真面目なトーンになる。
「リーナ姉は……ちょっと前に襲撃に遭ったんだ」
馬車の中でカイが切り出した。
「足を少し怪我したけど、軽いものだから心配しないでくれ。今はコハル姉ちゃんが付きっきりで護衛してる。だから安心していい」
「……そうか」
俺は胸を撫で下ろした。リーナの顔を思い浮かべる。怪我と聞いてざわついた心は、コハルがそばにいると聞いて少し落ち着いた。
「それにしてもコハル姉ちゃんの武器、すごいよ。ムチ一本で盗賊を薙ぎ倒すんだから。まるで竜の尾みたいだった」
カイは目を輝かせながら話す。
「ふふん! それ、私が作ったんだぜ!」
タリアが胸を張って割り込んだ。
「身体強化と共鳴するように組んであるから、あいつに振らせれば凶器になる。自慢の一品だ」
「マジか! なあ、俺にも作ってくれよ!」
カイが目を輝かせ、ぐいっと身を乗り出す。
「お前……ワンダリンググリムを一刀両断したんだぞ? 十分強いだろ」
タリアが呆れ半分に笑う。
だがカイは真剣な眼差しで首を振った。
「まだまだダメだ。俺はもっと強くなりたいんだ。みんなを守れるように」
その声にこもった熱は、二年前に誓ったものと変わらない。いや、さらに増しているように見えた。
タリアはしばしカイを見つめ黙ったのち、にやりと笑って頷いた。
「分かった。お前専用の武器、作ってやるよ」
「ほんとか!?」
カイの顔がぱっと明るくなる。
二人のやり取りを聞きながら、ふと口を開いた。
「……ひとつ気になる事がある。コハルのムチだが、あれを振るとき妙に好戦的にならないか?武器の影響もありそうだが…」
タリアは眉を寄せ、少し考え込む。
「……実はな、私も少し気になってた。コハルの身体強化と共鳴させる仕組みを組み込んだことで、身体強化も爆発的に上がったが、そのせいで高揚感を増幅してるのかもしれない」
「そういえば……」カイが頷く。
「コハル姉ちゃん、普段はあんまり使わないようにしてるしな。けど試しに見せてもらったとき、確かにちょっと……戦うのが楽しい、みたいな顔してたかも」
ミラは不安げに二人を見つめたが、ソウマは静かに息を吐いた。
(……やはり魔道具の副作用か?無視できないが、今は考えても仕方ないか)
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やがて街の影が現れた。
夕暮れの空に黒々とした城壁がそびえ、その向こうからは人のざわめきが響いてくる。
「やっと着いたな……!」
カイが嬉しそうに声を上げ、ミラもほっと息をついた。カイと合流して男爵軍に捕まるリスクがかなり下がったとはいえ、やはり街に着いたのは大きい。
門前の検問所には列ができていた。旅人、農夫、商人――それぞれが荷を検められ、通行証を掲げて進んでいく。
三人と商隊もその列に加わる。長い道のりの終わりに近づき、誰もが気を抜きかけていた。
その時、ふと何気なく空を仰いだ。
雲が赤黒く染まり、風が変わっている。鼻を刺すような匂いが一瞬漂った。
「……煙?」
小さく呟いた声に、カイも顔を上げる。
「……あれ、火事か?」
城壁の向こう、空へたなびく黒煙がはっきり見えた。
ざわ……と列が揺れる。
兵士が慌ただしく駆け出し、誰かが
「街の中で火事だ!」と叫んだ。
安堵に包まれかけていた空気が、一気に緊張に引き戻される。
燃え広がる火の粉の行方を追うように、俺は目を細めた。
鼻腔を突く焦げ臭さに違和感を覚えた。
ただの木材や布が燃える臭いじゃない。
油、あるいは薬品……これは人為的に火を広げるために使われた匂いではないのか?
(……偶然の火事じゃない。放火?)
ソウマの胸にざらりとした不安が広がる。
つい先日リーナが襲撃を受けた話を思い出し、背筋に冷たいものが走った。
(大丈夫だ、コハルもいるんだ)
そう自分に言い聞かせるほどに、どろりとした不安が全身にまとわりつき、嫌な予感に囚われる。
そして、それに呼応するように検問の列の動きは鈍くなり、それがさらに焦りを募らせていた。




