第58話「焚き火を囲む夜」
夜空は群青に沈み、無数の星が川のように天を流れていた。
焚き火を囲む輪の中、薪がぱちぱちと爆ぜる音が絶え間なく響く。そのたび、炎の影が三人の顔を一瞬だけ照らし出しては揺らしていく。
ミラは鍋をかき回しながら、香草の束をぱらりと落とし入れた。湯気が立ちのぼり、香りが辺りを満たす。
「ほら、もうできるよ。カイ、器出して」
「おう」
カイが腰の袋から木の器を取り出し、ミラの前に置く。すぐに、白い湯気を立てたスープが注がれた。
「いただきまーす!」
カイはひと口すくって頬張る。その瞬間、目が見開かれた。
「……うまっ! やっぱりミラの飯は最高だな!」
あまりの勢いに、ミラは少し頬を染め、口元を隠して笑った。
「お世辞じゃないんだからな、これ。本気でうまい」
「ありがと。でも、カイってこういうときだけ素直だよね」
「いや、俺は何でも素直で正直だろ」
そんな軽口に、俺も小さく笑みをこぼす。カイの笑顔は、どこか昔の少年の頃に戻ったようで、懐かしさすら感じさせた。
焚き火の輪から少し離れたところで、「カン、カン」と規則的な音が響いている。
音の主はタリアだった。小さなランタンを足元に置き、金属の部品を手際よく叩き、削り、磨いている。額には汗が滲み、手元は細かく動き続けていた。
ランタンの明かりの中で、一瞬だけ見えたのは、掌に収まるほどの円筒状の何か。真鍮色の金属に小さな穴が幾つも空き、内部の歯車が不気味なほど整然と噛み合っていた。歯車の縁が炎に照らされ、赤く妖しく光る。
「なあ、あの人、食べなくても平気なのか?」
カイが器を持ったまま、ソウマに声をかける。
「そういう奴だ」
「ふーん……相変わらずクセのある人ばっか集まるんだな」
「お前もその一人だぞ」
言われたカイは、一瞬ぽかんとした後、声を上げて笑った。
「まあ、それもそうか!」
ミラもくすっと笑い、「うん、そうだね」と小さく相槌を打った。
食事がひと段落すると、カイはふと真面目な顔になってソウマを見た。
「なあ先生、ちょっと聞きたいんだけどさ……ミラとは、どういう関係なんだ?」
その質問に、ミラがぴくりと肩を揺らす。
「……どういうとは?」
俺は箸を置き、少しだけ首をかしげた。
「だって、二人ってなんか息合ってるし。村で別れてからまだそんなに時間も経ってないのに、妙に信頼し合ってるというか」
ミラは慌てて首を横に振る。
「ち、違うよ! ただ……一緒にいた時間がちょっと長かっただけで」
「へえ……」カイはニヤリと笑う。「なんか怪しいな」
「怪しくない!」ミラは顔を赤くして否定した。
ソウマは肩をすくめ、淡々とした声で言った。
「ミラは……俺の研究を手伝ってくれた。村で生きる方法も、ここでの常識も、全部教えてもらった。命を救われたこともある」
「そっか……」カイはその言葉に、からかい半分の笑みを少し引っ込めた。
「じゃあ、先生がミラを信頼してるのも当たり前か。……ちょっと羨ましいな」
俺は火を見つめ、カイのカバンから少しはみ出したノートに気づいた。ボロボロにすり切れたノートは確かに見覚えがある。
あれは、ワンダリンググリムの恐怖に負けて、カイが剣を抜くことすらできなかった時だ。
カイが自分の不甲斐なさに大声で泣いていたあの夜。
俺があの時考えうる全ての理論をまとめ、カイが成長する方法を体系的にまとめたノートだ。
ソウマの視線に気づいたのか、ササッとノートを隠す。ボロボロになったノートを見れば、幾度となくそのノートを読んでいた事が分かる。
カイと自然と目が合い、また笑みがこぼれる。
そのとき、また「カン、カン」と音が響く。
タリアは、まだ黙々と作業を続けていた。金属の軋む匂いが夜気に混じる。
カイがそちらに視線を向けて、呟く。
「タリアは……今夜中に何か作っちまうんじゃないか?」
「かもな」
「ほんとクセ強ぇな……」
カイは肩をすくめたが、その声色にはどこか楽しげな響きがあった。
「俺も今度、タリアに何か作ってもらおうかな!」
その無邪気な一言に、ミラも笑い、俺も口元をわずかに緩めた。
あれだけ強くなっても、笑い方だけは昔のまま。
その事実が、不思議なくらい胸を軽くした。
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