第55話「悪夢再来」
昼下がり。小高い丘の上に腰を下ろし、三人は一息ついていた。背後には森、前には緩やかに曲がる街道が広がる。
「よし、見張りは任せろ!」
タリアが得意げに布袋を漁り、奇妙な筒を取り出した。両端に磨いたガラスをはめ込んだ、試作の望遠鏡だ。
「……またいつの間にそんなものを」
俺が呆れたように言うと、タリアは胸を張る。
「ふっふっふ! 遠くが見えるんだぞ? ソウマの説明を聞いて作ってみたけど、いやーこれ最高だ!」
タリアは目を押し当てて、街道を覗く。
「……おっ、馬車が一台……いや、ただの農民だな。荷馬の歩みが遅い」
「ほんとに見えてるの?私もみたい!」
ミラが覗こうとすると、タリアは慌てて抱え込む。
「ちょっと待て!交代制にしよう!今は私の番だからな!」
「ちょっとくらいいいじゃん」
「何でもいいから、ちゃんと見てくれよ」
三人の笑い声が、束の間の緊張を和らげた。
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夕暮れ。
タリアは石に腰を下ろし、望遠鏡を回しながらふと思い出したように口を開く。
「なあ、リーナってどんな奴なんだ?」
ミラがぱっと顔を上げる。
「……すごく、頼れる人。ちょっと怖いくらい強気で、でも本当はすごく優しいの」
「そうだな」俺が頷く。
「度胸もあるし、商人としても抜け目ない。俺が知ってる限り、リーナほど肝の据わった人間はそういない」
タリアは口を尖らせ、にやにや笑う。
「へぇー……ますます会うのが楽しみだな。そんな大物が、ソウマと組んでるなんて。ところで美人なのか?」
ソウマは少しだけ目を逸らした。ミラがくすりと笑って応える。
「すっごい美人ですよ。女性として羨ましくなっちゃいます。でも、お料理はちょっと苦手ですね」
「ちょっとじゃないけどな……まあ、いずれにしても、あいつがいなきゃ、今の俺たちはここにいない。頼りになるのは間違いない」
その言葉に、ミラは柔らかく微笑んだ。
「そりゃ楽しみだ!私も女として負けられないな!スタイルなら負けねーぞ!ギャハハハ」
「だったら、その笑い方をまずはやめろ」
俺は呆れて応えるが、タリアは楽しそうだ。逃げているとはいえ、タリアにとっては自由である事こそが大事なのだろう。
「タリアさんは身だしなみ整えたら、絶対に美人です!!」
「…ミラ、それでフォローしてるつもりか?」
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夜になる。
三人は焚き火を最小限にして、丘の上から街道を眺めていた。
「……明かりは?」
ミラは耳を澄ましながら、慎重に答える。
「何も聞こえない。松明の灯りも見えない、蹄の響きも……」
タリアが望遠鏡を月明かりに向けてみるが、すぐに肩をすくめた。
「さすがに夜は無理だな。けど、火の明かりも見えない。追手がいるなら、どこかで野営してるはずなのに」
俺は腕を組み、静かに結論を口にした。
「……普通なら、もうとっくに追撃隊が出ていてもおかしくない。なのに影すらない。となると――何者かが止めた、もしくは追撃隊を出せない状況が何か起きたと考えるのが自然か。リーナの言っていた策か?」
ミラが不安げに口を開く。
「でも、どうやって……?」
「分からない。今はそれを考えても分からないし、分かったところで意味はない」
タリアはにやりと笑い、焚き火を突きながら軽く言った。
「理由はどうあれ、助かってるってことだろ。だったら今は感謝して休もうぜ」
焚き火の小さな炎が三人の影を揺らした。
不安は完全には消えない。だが、ほんの一瞬、彼らは静かな安堵に包まれた。
—----
夜が明け、東の空に朱が差し込むころ。通信用の小箱を取り出し、ミラへと手渡した。
「……頼む。俺の魔力じゃ長くはもたない」
「うん、分かってる」
ミラは両手を添え、慎重に魔力を流し込む。
淡い光が石を包み、やがて声が響いた。
「……ソウマ? 無事か?」
リーナの声だ。疲労を滲ませながらも、張りのある声音。
「ああ、なんとか。あと一日で街に着けそうだ」
「分かった。こちらからも迎えを出す。途中で落ち合ってくれ」
短い間を置き、ミラが首を傾げた。
「迎えって……誰?」
「……秘密だ。会えば分かるから、心配するな」
リーナは努めて明るい声を装ったが、どこか含みがあった。
「とにかく急いで来てくれ。もうすぐだが道中は気を抜かないようにな」
その言葉とともに、通信は途切れた。光が消え、残るのは朝の冷えた風だけ。
「……何か隠しているな」
「そうだね……でも、何か楽しんでる感じ。なんだろう?」ミラは小さく呟いた。
だがタリアは口角を上げ、あっけらかんと笑う。
「いいじゃないか。秘密の仲間なんてワクワクするだろ? 会ってのお楽しみってやつさ!」
その調子に、二人も少しだけ肩の力を抜いた。
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昼下がり。
三人は小高い丘の上に腰を下ろし、再び街道を監視していた。
「……何が見える?」
ミラが覗こうとすると、タリアは慌てて抱え込む。
「交代制だって言っただろ! 今は私の番だ!」
「けち!」
「お前らな……」
俺はそんな呑気なやりとりに苦笑を漏らした。
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夕暮れが近づき、三人は再び街道を進み始めた。
西日が差し込み、林の影が長く伸びている。
「あと一日で街だな」
ソウマの言葉に、ミラは小さく笑みを返した。
ほんの少し、緊張がほどける――その時だった。
「……止まって!あそこ!!」
ミラの声が鋭く跳ねた。その顔は恐怖で震えている。
俺とタリアが一斉にミラが指を差した方向に顔を上げる。
林の奥、木々の隙間に“それ”は立っていた。
骨ばった腕。逆に折れ曲がる節。
虚ろな瞳でこちらを見据え、
にたりと口角を吊り上げる。
まるで「人の真似事」をするかのように、ぎこちなく首を傾げた。
「……ワンダリンググリム」
ソウマの喉が震えるように名を呼ぶ。
脳裏に蘇る。
村を凍らせた夜。
エルドが血に沈み、カイが恐怖で剣を抜けず震えていた光景。
あの時、命を賭けて退けた“第一級危険種”。
その恐怖の象徴が、夕暮れの林で再び笑っていた。
ミラは青ざめて息を呑み、タリアは剣に手をかけながらも不敵に笑う。
「おいおい……よりによって、こいつかよ!」
赤く沈む夕日を背に、怪物の影がゆらり、ゆらりと揺れた。
空気が一気に冷え、三人の背筋を氷の刃が這い上がっていった。
俺は奥歯を噛みしめ、内心で吐き捨てる。
――まずい。この三人じゃ、勝てない。
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