第53話「逃避行」
本日より、第5章【絶望への序曲】スタートです!
東の空が朱に染まり、雲の端が金色に縁どられていた。
冷たい風が頬を裂き、翼がきしむ音が鼓膜を震わせる。
「……タリア、あとどれくらい飛べる?!」
「もって……数分! 限界ギリギリだ!」
タリアは肩で息をしながら、揺れる翼を必死に制御していた。
「どうしよう!ソウマさん!落ちちゃう!」ミラが不安げに問う。
「もう村は見えない。最初は高く飛んでだから、遠くに逃げたと見せられたはずだ。……もう少ししたら高度を落として街道に出る」
短く答えるが、
その声には焦燥が混じっていた。
「追手がかかるのは確実だ。追いつかれたら終わりだ。――少しでも先に進むぞ」
やがて地平に街道が見えてきた。ソウマは片手を高く上げ、着地の合図を送る。
「着陸するぞ!ミラ!衝撃に備えろ!」
翼が大きくはためき、座台ごと急降下する。
着地と同時に硬い地面が全身を突き上げた。座台が大きく跳ね、片側が傾く。
「きゃっ!」
ミラが転びかけ、膝を石に擦りむいた。
タリアは尻もちをつきながらも、笑って声を上げる。
「セーフ! ギリギリ成功だな!」
ソウマは肩に衝撃を受け、息を吐きながらもすぐに立ち上がった。
濡れた衣服からまだ朝露の冷気が漂い、胸の鼓動が乱れたまま止まらない。
「ミラ、立てるか? ……よし。追いつかれる前にこのまま街道を進むぞ」
息を整える間もなく、三人は街道へと駆け出した。
その背に、夜明けの光が差し込み、長い影を伸ばしていく。
翼が折れるように崩れ落ち、地面に擦れた音を最後に光は消えた。
俺は息を整えながら口を開く。
「魔道具は……壊して放置するしかないか?誰かに拾われれるのもマズイが持って逃げられない」
タリアは目を丸くし、すぐに顔をしかめる。
「おいおい、せっかく作ったんだぞ。……せめてコアだけは持ってく!ほら、情報漏洩も防げるし!」
言うが早いか、彼女は羽根のフレームを蹴り倒し、魔法の火花を散らしながらせっせと解体していく。
その横で俺は、すでに小箱を取り出し通信の準備を整えていた。
「……俺の魔力じゃ通話時間が足りない。ミラ、頼めるか」
「うん……分かった」
ミラは目を閉じ、両手で小箱を支えるように魔力を流し込む。ミラもこの魔法陣の仕組みを理解しているので起動が可能だ。虚晶石が淡く光り、わずかな揺らぎの後――声が繋がった。
「……リーナさん?聞こえる?」
いつもの定時時間の日の出は過ぎている。つながらない可能性もあるなか、呼びかける。
「ミラか?ああ、聞こえる。みんな無事か?状況は?」
ミラは安堵の笑みを浮かべ、ソウマは短く頷いた。
「聞こえる。今、村は男爵軍に包囲されていて三人で脱出したところだ。街道を真っすぐ、リーナのいる街に向かうつもりだ」
こうして、三人の短い通話が始まった。
タリアは折れた部品は次々にハンマーで叩き潰し、最後に虚晶石と魔法陣が刻まれた円盤だけを器用に取り出していた。
「ほらな。これだけなら再利用できるし、敵に渡さない方が良い」
そう言いながら二人に近づいてきた。
「リーナ、聞こえてるか?」
リーナはわずかに沈黙した後、息を吐くように言葉を継いだ。
「……分かった。そのまま来て。こっちでも、ちょっと厄介なことに巻き込まれててね。詳しくは言えないけど……大丈夫だから」
「大丈夫って……」ミラが思わず声を上げる。
しかしリーナはそれ以上は語らず、努めて明るい声を装った。
「とにかく、無事でよかった。合流してから話す。それまで気を抜かないで。追手には
こちらもひとつ手を打ってるが確かじゃない。
とにかく急いで来てくれ」
通信は、魔力の揺らぎとともに途切れた。
虚晶石の光が消えると、冷えた朝の風が再び三人を包み込む。
ソウマは拳を握りしめ、低く呟いた。
「……リーナの声に嘘はなかった。心配だが、今は自分たちの事だけ考えよう」




