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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第四章【崩れゆく理想郷】
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第50話「決別の朝」 ー共有ー


夜更け。村長宅の外は男爵兵が交代で見張りに立ち、軒下には灯火が揺れていた。


 強行軍でここまで来た男爵兵は、疲労の色を隠せず深夜を回ると警戒が緩んでいる。冷たい夜気が流れ込み、静けさが支配する。


 広間で眠れぬまま天井を見つめていた俺は、ゆっくりと体を起こした。


 隣ではミラが不安げに寝返りを打ち、タリアは腕を組んだまま目を閉じている。クラウスは膝を抱えてうずくまっていた。


 戸口の影に立つと、月明かりに照らされたエルンストがこちらを見ていた。


「……やはり眠れぬか」

「ああ」


 短い囁きののち、二人は互いに無言で頷き合った。


 クラウスが顔を上げ、掠れた声を絞り出す。


「……俺が、外の兵を引き付けます。せめて、それくらいは……」


 罪悪感に押し潰されそうな声音だった。


 俺は一瞬ためらったが、低く答えた。


「……頼む。あそこでしか話せないことがある」


 クラウスは震える手を強く握り、静かに立ち上がった。


軋む床板を忍び足で抜け、見張りに気づかれぬよう松明の影へ身を投げる。その瞬間、小さな物音に気を取られた兵の視線が動いた。


 俺はエルンストと共に、その隙を突いて夜の村へと滑り出た。



---


 たどり着いたのは、村はずれの古い研究小屋。


 扉を押すと、乾いた木の匂いと、使い込まれた道具の油の匂いが鼻を打った。


 今では倉庫代わりになっているが、机の上にはかつての記録用紙や魔力測定器の破片が残っている。


「懐かしいな……」


 エルンストがぼそりと呟き、指先で机を撫でる。埃が月光に舞い上がった。


「ここから始まったのだ、全ては」


 俺は無言で頷き、椅子を引いて腰を下ろした。二人きりの静寂。外では虫の声と風のざわめきだけ。


俺はあるものを持参していた。それはエールとある魔法陣が描かれた虚晶石。小さな箱にエールを入れ虚晶石をセットする。すると、一気に箱の温度が低下した。夏の暑い夜に冷えたエールが出来上がる。


「時間はたっぷりある。ゆっくりしよう」


「冷蔵庫か……。この“魔力自動チャージ”の虚晶石があれば、こんな夢のような道具まで生まれるとは」


 二人は視線を交わす。


 普段なら口にすることのない酒――思考を鈍らせる液体を、わざわざ体に入れる理由などない。

 けれど、この夜だけは違った。


 冷えたエールを口に含むと、泡のはじける音が舌に広がり、喉をすべり落ちる。


 土と汗と鉄にまみれた日々の苦味が、口の中に清々しいほどに広がっていく。


 言葉はなくとも、互いに「今夜だけは」と認め合う沈黙があった。


 窓から差し込む月光の下、二人はさも当然のように瓶を掲げ、冷えたエールを分かち合った。


「これほどの魔道具もあと数時間で壊さなくてはいけない。しかし、ある意味では最高の贅沢でもある。この世界で唯一、夏に冷えたエールを飲めるのは俺たちだけで、世界を揺るがすほどのこの技術を俺たちの二人で消し去ることができるんだからな」



瓶を傾けながら、二人はしばらく研究の話を交わした。


 虚晶石の反応速度、肥料の粒径による効果の差、魔力の伝導率――机に並べられた紙片や図面を挟んで、言葉が途切れることはない。


 だが、やがてエルンストは言葉を切り、ひとつ深く息を吐いた。


 エールを机に置き、指先で縁をなぞる。



「……白状しよう」



 静かな声は、研究談義の熱から一転して重みを帯びていた。


「退屈だったんだ。生まれてからずっと。天才だと持てはやされても、そこに充実感はなかった。貴族の作法も勉学も、こなすことはできる。だがそれだけ。くだらない作法に根回し、跡目争い。この世界はずっと灰色に見えていた。だから、俺は目立たず、適当に過ごせばそれでいい――そう思っていた。死んではいないが、生きてもいなかった」


 窓から差し込む月光が、彼の横顔を淡く照らす。


「ここに来たのも、正直、時間潰しのつもりだった。……だがな、俺は初めて神に感謝したんだ」


 言葉を切り、少し笑う。


「昼休憩のときの話、覚えているか? 俺はあのときの感覚を今でも鮮明に覚えている。興奮が冷めなくて、胸の奥がずっと熱かった」


 俺はカップを置き、エルンストを見つめ返した。


「……じゃあ俺も白状しようか」


 炎の揺らめきの中で、どこか照れくさそうに響いた。


「エルが最初に来たとき、正直、使節団には何も期待してなかった。早く帰ってもらおうとすら思ってたんだ。情報を渡すつもりも一切なかった」


 だが、口元に苦笑を浮かべる。


「けど……お前が聞いてくるから、つい話してしまった。話すほどに、分からないことが解けていく。……一人では到達できないところに、あっという間に届いてしまう感動、その快感が止められなかったよ。ミラは横でヒヤヒヤしてただろうな」


 二人はしばし沈黙した。


 冷えたエールの泡が消えていく音だけが、夜の小屋に響いていた。


「正面切ってまともに議論できる相手なんていなかった。ただ、真っすぐに。分からない事象について議論を深めていく。エルが来てからは楽しかった。そう、俺はとにかく楽しかったんだ。転生前を含めても、こんな事は一度もなかった」


俺とエルンストはお互い笑みを浮かべる。


「では、また質問だソウマ」


「なぜ男爵軍に取り押さえられると分かっていた?クラウスが情報を流した事も知らなかったはずだ。常識的にこのタイミングの公爵のこの行動は説明できない。なのに、ここに隠していた資料は既にキレイに処分されている。ミラもタリアも様子がおかしかった。知っていたんだろ?」


俺は懐から小さな箱を取り出した。その質問がくる事は分かっていたから用意していたものだ。


「この魔法陣を見れば、エルなら分かるはずだ」


エルンストはそう言われ、小さな箱の魔法陣をつぶさに観察した。


「これは…原理はアイテムボックスに近いが、収納を目的にしていないな。物質が通過することはほぼ想定されていない、転送先は………もう一つペアになっているものか?しかし、これでは空気くらいしか……!!まさか……すると相手はリーナか……そういう事か..」




「流石だよ、エル。この世界で一瞬でそこまで分析できるのはお前くらいだよ。」




「俺は毎朝欠かさず夜明けから散歩していた。満月が南中する晩は必ず一人の時間を作った」




「その時間。リーナとその魔道具で話していたんだ」




明日も2話公開!


14時 第51話「決別の朝 ー平行線ー」

22時 第52話「夜明け」 【四章完】


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