第4話「メモの魔人」
※この物語は毎日22時更新予定です。
ここはアストレアのフェロニア帝国。
俺が転生したのは、黒脈山脈の麓にある宿場町――カザリアという街だった。
商隊はそこを出て、帝国の街道を北東へ進む。
寄る先は大小の町や村。そこでグラナディア王国から仕入れた穀物や油を売り歩くらしい。
フェロニアは鉱山や鍛造は盛んだが、土は痩せていて食料は乏しい。
西のグラナディア王国の肥沃な平原で育った小麦こそが、この帝国の命綱になる。
(なるほど……食糧の流れを押さえる者が、この大陸の秩序を握るわけだ)
頭の中で構造を組み立てる。経済学的にも、軍事的にも理に適っていた。
荷を降ろし終えた夕方、焚き火の支度をしていたときだった。
ミラが両手をすぼめ、息を吐くように呟いた。
一瞬、掌の間に赤い光の陣。
直径十センチ。複数の環が三次元的に交差し、急加速と減速を繰り返して回転する。
次の瞬間には霧散し、焚き木がぱちりと燃え上がった。
ソウマは即座にメモ帳を開いた。
《直径10cm。赤色光。環構造多層回転。非線形加速》
……複雑すぎてメモが追いつかない。
リーナが腰の小箱に手を当てる。
蒼白色の魔法陣。直径は一メートル。三重の環が球体を包み、外側は加速度的に回転して消える。
箱が光に呑まれ、無音で消えた。
(同じ“魔法”でも、大きさも色も全く違う……火は赤、小規模、回転は不規則。ボックスは青白、大規模、層構造)
メモをひたすら取る様子を見て、リーナが肩をすくめた。
「そんなに知りたいなら、ザイルに聞きな。口も態度も悪いが、魔法の腕はこの商隊じゃ一番だ。おい、ザイル!!」
荷車の影から青年が出てくる。髪を後ろで無造作に結び、欠伸混じり。
「……だりぃな。休憩中なんだけど。」
「この新人が魔法に興味あるんだとさ。ちょっと説明してやんな」
ザイルは面倒くさそうにソウマを見た。
「おまえ異郷人だろ。魔法なんか縁ねーじゃん。……まあいい。基本だけな。火・水・土・風。あと光と闇。無属性ってのもある。リーナのはそれ。使える属性は生まれつき決まってて生活魔法レベルならともかく、攻撃魔法くらいの規模のやつは一属性しか使えないのが普通だな。」
「努力で変わるのか?」
「変わんねーよ。魔法は生まれつきの才能だ。使えるやつは言葉よりも早く覚えるが、まあ、この世界の人間にとっちゃ歩いたり走ったりするのと大して変わんねーよ。だから教科書も鍛錬法もねぇ」
そこへカイが割り込んできた。
「俺も魔法は使えないけど」
そう言いながら、その小さな体には考えられないほどの荷を背負っている。
「は? お前、身体強化使ってるじゃねえか」
「それも魔法なのか?」
ソウマが思わず聞き返す。
「そうだ。素の力じゃ、カイよりあんたの方が上だろうが、こんなガキでも身体強化を使えば、この通りだ。獣人族は特にこの身体強化がうめえ。この商隊だとあそこにいるコハルがそうだ。力もそうだが五感の力は何倍にもなるそうだ。この意味が分かるか?」
「---魔法を使えない異郷人は役立たずだな」
「まあ、そこまでは言ってねーけどよ、自覚があるなら結構だが、せいぜい気をつけるこった。」
「そうだよ、リーナが言うから従ってるけど、お前は変な匂いがするし、弱そーだ。少しでも変な行動したら、あたしが斬るよ。」
いつの間にか真後ろまでコハルが来ていた。そしてそれを言ってすぐにどこかへ行ってしまった。
「リーナはあんな感じだからこの商隊は比較的ましだ。ただ街の中はな。」
その言葉を聞いて、リーナに助けられた時の状況が予想以上に悪かったのだと思い知らされる。
「そんな、しけた話は終いだ。」
ザイルは焚き火を指差し、笑う。
「でな、魔法陣はデカくて光るほどカッコいい。それが真理、覚えとけ!例えばよ....」
「グランドスピア!」
強烈な輝きを放った魔法陣が展開されたかと思うと、数m先に鋭利な岩の槍が地面から凄まじい勢いで出現する。その威力に息を飲む。
「その魔法名みたいなのを叫ぶのは必要なのか?」
「いや、カッコいいからそうしてる。人間相手ならバレるし普通はあんま言わねーな」
ソウマは呆れつつも一瞬捉えた魔法陣を書き付ける。
《魔法陣=属性差+個人差。高次元回転体。解読不可能》
焚き火の火が弾け、紙面が赤く照らされる。
――複雑で難解。だが、なぜか心を奪われる。
この錯綜の中に、隠れた真理があるのではないか。
まるで数式のように。解き明かしたい――それは自然な衝動だった。
その様子を見ていた年配の隊員が、焚き火越しにぼそりと呟いた。
「……異郷人。あんまり魔法陣を見つめすぎるもんじゃねえ。魅入られた奴のもとには悪魔がやってくるぞ。」
一瞬、空気が静まった。
リーナが肩をすくめて笑う。
「ただの迷信さ。でも……普通はそこまで目で追ったりはしないな」
ザイルが気まずさを払うように焚き火に枝を投げ込む。
「まあ、次はもっと派手なの見せてやるよ!」
ソウマは小さく笑い、ペン先を止めた。この土魔法使いは確かに口は悪いが気遣いもできるらしい。
改めてメモを眺める。
――知りたい。この世界の法則も、魔法も。
科学なんてものは、いつだって危うさと隣り合わせだ。
それでも人は、その危うさに手を伸ばさずにはいられないのだ。そして自分はその最たる例だと自覚している。
炎の光が揺れる中、胸の奥で確かな鼓動が高鳴っていた。
次話もこのあとすぐに公開します!




