第42話「リアライズ」
村に戻ると、スノーウルフ数体が村の入口に横たわっていた。
やはり、巣を攻めると逆襲してくる本能は本当だったらしい。クラウスとミラがうまくやってくれたようだ。
村に入ると
「みんな、おかえりなさい!」
とミラの元気な声が響き渡った。
その声だけで遠征組は無事帰ってこれたという実感が湧き笑顔になる。
しかし、メンバーの多くは魔物との戦いには不慣れだ。コハル以外は疲労が色濃く見える。すぐに解散となり、体を癒やす事となった。
翌日の朝。空気は氷のように冷たく、村の外れの道は霜に覆われていた。
荷台に乗ったコハルは、耳をぴんと立て、いつものように無邪気な笑みを浮かべていた。
「コハルがいてくれたから、今年も黒いミスリルは安泰だ!」
「狼退治の時の姿は忘れないぞ!」
見送りに集まった村人たちが次々と声をかける。コハルは手を振り返し、背中の新しい武器を軽く叩いて見せた。銀糸が雪明かりを弾き、きらめいた。
俺は近づき、静かに告げる。
「……あの武器、乱用するなよ」
「分かってるって。リーナにもちゃんと話すよ」
コハルは笑った。けれど、耳の先がかすかに震えているのを俺は見逃さなかった。
少し後ろでミラが腕を組み、唇を噛む。
(コハルちゃん、いつも通り明るいけど……戦いから帰ってきた時の笑い方、少し怖かった)
馬車が雪を蹴り、白い吐息を残して走り去る。歓声が遠ざかり、静けさが戻る。
俺は息を吐き、研究小屋へ視線を移した。
「……さて、次の仕事に取りかかるか」
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翌日。
暖炉の火が揺れる研究部屋。机の上には虚晶石と紙片の山。
俺は昨夜から頭を離れなかった疑問を口にした。
「コハルのムチで見えた雪煙……あれはただの偶然じゃない。振動が媒質によって増幅され、目に見える波紋になった。今までは微細すぎて人の感覚でしか判断できなかったが、これなら純度も魔力の揺らぎも測定できる。――そろそろ本気で計測器を作るべきだ」
エルンストが目を光らせる。
「魔法陣の効率化が一気に進む。今までは組み合わせが膨大すぎて、検証できなかった部分が解ける」
タリアも頷き、工具を叩いて笑う。
「魔道具だってそう。出力調整なんて今は勘と経験だけ。数値で出せりゃ精度は跳ね上がる!」
机を囲む空気に熱がこもる。俺は続けた。
「じゃあ課題は何だ。まずは魔力の出力をどう安定させるか、だろう。そもそも同じ魔力を通さないと比較が出来ない」
タリアがすぐに口を開いた。
「細いミスリル管を通すのはどうだ?ムチを作ったときは極限まで増幅させたが、流量をコントロールすれば、どんな大魔力も一定に絞れるはずだ」
「いや、それだけでは正確とは言えない」
エルンストが首を振る。
「基準となる石を通して共鳴させるべきだ。正しい波を刻ませれば、出力が本当に一定かどうか確認できる」
「どちらも正しい。だが前提が抜けている」
俺は紙片に線を引いた。
「人間は不安定だ。エルンストは確かに魔力コントロールが繊細でほぼ一定の力を出せるが、やはり同じではない。一定量を溜めてから、それを放出しなきゃ測定は成立しない」
三者三様の案がぶつかり合い、小屋の中に熱が渦を巻いた。
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そこで、ミラが小さく口を開いた。
「でも……魔力って、人によって質が違う気がします。同じ回復魔法でも、受けた感じが全然違って」
エルンストが頷いた。
「それは当然だ。魔法は必ず“イメージ”を伴う。そこに個性が介入するから、質に差が出る。さらに言えば、同じ人間でも調子の良し悪し、体内の魔力残存量でも変わる」
俺は額に手をやり、静かに言った。
「つまり、人が介入している限り、同じ質を保つことは不可能だな」
タリアが腕を組む。
「そもそも人間ってどうやって魔力を回復してんの? 寝れば戻るって当たり前みたいに言うけど、魔力を無意識に吸収してるってことだよな?」
エルンストが答える。
「一般には“大気中の魔力を呼吸で取り込んでいる”とされている。だが……おそらく誤りだ」
俺は頷いた。
「ああ。これまでの実験でも分かる。魔力はただのエネルギーじゃない、“情報を改変している”可能性が高い」
「そして、その改変はこの次元で行われているのではなく、多次元的な空間での変換である可能性がある」
エルンストの声が低く響く。
「つまり、フリー魔力は多次元に存在していると考える方が自然だ」
「瞑想で魔力が回復するという話は本当か?」
俺は尋ねる。
「微力だが、実際に回復が進むのは事実だ」
エルンストは即答した。
タリアが目を輝かせる。
「ってことはつまり……瞑想って、多次元にチャネリングして魔力を吸収してるってこと?」
そこでミラが思い出したように言った。
「……ソウマさんは前に、私が魔力を込めた虚晶石で魔法を使ってましたよね? あれは“貯めて使う”感じでしたけど、今のお話は“石が直接吸収する”イメージなんですか?」
俺は深く息を吐き、答えた。
「そうだ。これまでは虚晶石を魔力をため込む保存先、貯蔵タンクとして考えていた。だが、人間が寝ている間や瞑想している間に、無意識に“チャネリング装置”になっていて、多次元から魔力を取り込んでいるのであれば…そして、その仕組みを組み込む事ができれば....」
エルンストが静かに頷いた。
「もしそれを人工的に再現できれば、誰でも同じ魔力を一定量、安定して供給できる」
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暖炉の火が大きく爆ぜた。
俺は視線を落とし、紙片に新たな線を引いた。
「理論上は筋が通る。だが、仕組みに落とし込む方法はまだ分からない」
エルンストがうなずく。
「冬の間に考えよう。我々の次の課題だ」
タリアはにやりと笑った。
「いいじゃん!課題が増えるほど燃える!これは凄いことになるぞ!!」
ミラはほっとしたように笑顔を見せた。
「でも……少しずつ“ちゃんと分かる”ようになってきましたね」
窓の外では吹雪が荒れていた。
その音を聞きながら、俺は胸の奥で小さく呟いた。
――この冬が、次の一歩を生む。
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翌朝。
俺は村外れの雪道を歩いていた。
白む空、吐く息の白さ、雪を踏む音。世界がまだ眠っている時間が、俺は好きだった。
水路脇や岩陰に転がる虚晶石の欠片を拾い、指先の震えを確かめる。
……昔もそうだった。
地球にいた頃、研究室の観葉植物の葉を撫で、土の湿り気を確かめる。
誰もいない静かな時間、積み重なる小さな変化を観察するのが好きだった。
リーナがいない朝。
彼女なら
「また石拾ってんのかい?」と笑っただろう。
その声の代わりに、俺は冷たい欠片をひとつ箱に収めた。
吹雪の中に、かすかな春の匂いが混じっていた。
季節は確かに流れている。
――この村での二度目の春が、もうすぐ訪れようとしていた。
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