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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第四章【崩れゆく理想郷】
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第40話「ノイズ」

第四章【崩れゆく理想郷】の始まりです!

白い息が窓の隙間から入り込んで、鼻先を冷やす。


 研究机の上には虚晶石と走り書きの紙。俺はソファに沈み込んだまま、いつの間にか眠っていたらしい。背中に革張りの感触と、乾いたインクの匂い。


「ソウマさん、おはようございま――」


 ドアが軋む音と、心地よく響く明るい声。


 ミラが入ってきた瞬間、甲高い悲鳴が研究部屋に響いた。


「きゃあああっ! な、なにしてるんですかっ!」


 目を開けると、俺の胸に体を押しつけたコハルが気持ちよさそうに寝息を立てていた。下着姿のせいか体温がやけに近い。


 ……俺は深呼吸して、まず言葉を探す。


「……いつ来たんだ?」


「そこじゃないでしょ!」


ミラの顔が真っ赤に染まっている。


 コハルは目をこすって起き上がり、あくびをひとつ。


「朝早く着いたけど、誰もドア開けてくれないから勝手に入ったの。ソウマが気持ちよさそうに寝てたから、一緒に寝てたら……暑くなって脱いだ」


 悪びれたた様子はゼロ。ミラは両手をわたわたさせて、まともに言葉が出ない。


 そのとき、ぱたぱたと足音。


 寝ぼけ眼のタリアが、ほぼ下着姿に近い格好で廊下を通り過ぎた。髪は跳ねて、肩にかかった布はずり落ちている。


「……だれ、この子?」

 半目でコハルを指さす。


「リーナの商隊の斥候だ」

俺は淡々と答える。


「連絡は?」


「うん。黒いミスリル、予定の二倍は欲しいって」


「そうか……もう一度エルドに確認するか」

 一気に頭が冴える。


 そこへ、完璧に着こなしたエルンストが入ってきた。背筋を伸ばしたまま、タリアを見やる。


「だらしないぞ」


「んー……」

タリアは欠伸しながら伸びをしている。


「……服くらい着ろ」

俺もついでに口を挟む。



「ちょっと! みんなおかしいですよ!」

ミラが両手を広げて叫ぶ。



 だが後ろを見ると、タリアがシャボン玉の魔道具を取り出してコハルと並んで、楽しそうにはしゃいでいる。


 隣ではいつもの議論が始まる。


「エル、そんなことよりも、これを観てくれないか?」


俺とエルンストが昨夜の理論を広げて声を弾ませる。


「おお、なるほど! これは使えるかもしれない!」


「ああ、条件さえ揃えば……」




そこに村の畑を見回りしていたクラウスが勢いよく帰ってくる。


「これは、、、どういう状況ですか?」と真剣にミラに聞く。


 ミラは額に手を当てて溜め息。

「私が聞きたいです……」



 ――――




昼前になり、エルドが研究小屋にやってきた。

 吐く息は白く、肩には雪が積もっている。


「……例の件だけどな」

 俺が立ち上がると、彼は重い声で続けた。


「洞窟は見つけた。でかい群れのコウモリがいる。ただ問題があってな」


「問題?」


 エルドは眉を寄せた。


「スノーウルフだ。あの洞窟をねぐらにしてる可能性が高い」


 部屋の空気が一瞬で冷えた。薪の爆ぜる音だけがやけに響く。


 ミラが小さく息を呑む。エルンストは険しい顔をして、静かに腕を組んだ。


「村の戦力では……厳しいな」俺が口にすると、自然と視線はコハルへ集まった。


「え、私?」

 コハルは頬を膨らませて、両手をひらひらさせる。


「スノーウルフってすっごい群れるんだよ? 一対一なら楽勝だけど、群れ相手はちょっとやりにくいんだよねー」


 タリアが勢いよく手を挙げた。

「じゃ、私が最高の武器を作ってやる!」


「ほんと!? やった!」

 二人はすぐに意気投合して、机の上に広げた図面や工具を引っ張り出し始める。


「ねえねえ、こういうのどう?」

「おお、それいい! でももっと派手に!」


 笑い声が研究小屋に響き、雪明かりに弾むような雰囲気が広がった。


 横でその様子を眺めていたエルンストが、俺の方に顔を寄せる。


「……ソウマ、いいのか? あの二人を放っておいて」



「まあ……大丈夫だろう」


 俺は二人の背中を見ながら答える。

 道具を振り回して楽しそうに笑っている。雪の外とは正反対の熱。



 ――こういうノイズが、新しい道をひらくこともある。





「そういえばコハル、いつまで村にいられる?」

 俺が問いかけると、彼女は首を傾げた。


「んー、一週間くらいなら大丈夫だよ。リーナには“肥料仕込み見届けてから戻る”って言ってあるし」


「そうか。じゃあすぐに準備するか」

 机の上の紙束をまとめながら答える。


 その場にいた全員が自然と動き始めた。


 エルドは真っ先に立ち上がり、「有志を募る」と言って外へ向かう。 昼過ぎには村の広場に人が集まった。


 雪を踏みしめる音。吐く息の白さ。


 普段から狼を目にすることもある狩人たちを筆頭に、隣村から来て間もない若者、普段は畑を耕しているだけの農夫まで、次々に名乗りを上げた。


「狼退治なら腕試しだ」

「俺たちはここで逃げたら冬を越せない」

「こういう時に存在感を示さないと」


 誰もが不安を抱えながらも、瞳には火を宿している。特に隣村の若者が多い。


 小さな村の広場に、熱とざわめきが渦巻いた。

 吹きすさぶ雪を押し返すように。




ここまで読んでくださってありがとうございます!



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どうぞ、次話もよろしくお願いします!

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