幕間【隣り合わせの差別】
黒いミスリルは、順調に売れていた。
だがその日、商隊の店先に立ったのはまだ二十そこそこの若い農夫だった。
「必ず来年払うから……今年だけ分けてもらえませんか!」
土に荒れた手はひび割れ、爪の間に黒い泥がこびりついていた。
袋を握りしめる力で関節が白く浮き出ている。声は裏返り、今にも涙がこぼれそうだった。
けれどリーナは即座に首を横に振った。
「駄目だ。信用しない訳じゃないが、今は“今払える者”にしか売れない」
「でも……! 隣の畑に負けたら、もう立ち直れないんです!」
声は震え、必死に縋りついていた。
隣にいたカイの拳が震える。
「リーナさん、少しくらい……」
しかし彼女は冷ややかに言い切った。
「“少しくらい”を許したら、次に並ぶ誰かが“なぜあいつだけ”と不平を膨らませる。その瞬間、その商売は信用を失い、死ぬんだよ」
農夫は悔しそうに唇を噛み、足取り重く去っていった。
カイはじっと背を見つめ、拳を握りしめる。
「……あんなの、間違ってる。俺たちは助けるために――」
「間違ってるよ」
リーナの声は、思いのほか柔らかかった。
「——商売だから、自分たちには売り先を決める権利がある。女なんかに商隊を率いるのは無理だ。異郷人なんて魔法ができないクズだ。……」
「みんなそうやって、他人にレッテルを貼り、自分は正しいと振る舞って、悪びれもせず差別し傷つける――その刃は無邪気な笑顔の形をしてる」
「そうでもしないと正気を保てないのかもしれないな。差別はそこらじゅうに隣り合わせに存在するんだ…」
カイは言葉を失った。
「村人は“貴族は勝手だ”って言うけど、貴族だけじゃない。人間は勝手なんだ。……でもね、それを当たり前にしちゃいけない」
リーナの目は真剣そのものだった。
「だからこそ私は、いつも心に刻んでる。自分だって差別してるんだって。そうしなきゃ、無自覚に人を傷つける側になるから」
彼女の声には迷いがなかった。
「矛盾を抱えたままでも、私は進む。商隊を大きくして、いつかそれを覆せる力を得るために」
カイは強く拳を握り、息を呑んだ。
悔しさが胸の奥で燃える。
――いつか必ず、と誓いに変わっていった。
「……だけど、やっぱりあんなの納得できない! だから強くなって、俺のやり方で誰かを救えるようになる!」
リーナはじっと彼を見て、ふっと笑った。
「……いい顔するようになったじゃないか」
「えっ?」
「ちょうどいい。今度の小さい商隊、あんたに任せるよ」
カイの目が丸くなる。
「え、えぇっ!? 俺が!?」
リーナは肩をすくめ、軽く言い放つ。
「私だって矛盾だらけさ。でもね、矛盾を抱えてでも前に進むのがこの商隊だ。……だから、やってみな。失敗したら笑ってやるけど、本気で期待してるよ」
一瞬ぽかんとしたカイだったが、すぐに拳を握りしめ、強く言い切った。
「……上等だ! 絶対にやり遂げる。リーナ姐の期待も、俺の誓いも――全部背負って証明してみせる!」
明日14時に第四章スタートです!
よろしくお願いします!




