第3話「記憶と算盤」
※この物語は毎日22時更新予定です。
街外れの広場には、大小十数台の荷馬車が並んでいた。
革袋や木箱が山のように積まれ、人々が忙しく行き交う。犬のような耳がついている少女もいるようで、多種多様だ。
リーナが声を張る。
「おーい、帰ったぞ!」
振り向いたのは、まだあどけなさの残る少年と、
小柄な少女。
少年は荷を担ぎながら笑った。
「また拾ってきたの、リーナ姐」
「口は動かすな、手を動かせカイ!」
「はいはい、分かってますって」
少女は荷馬の首筋を撫でながら、こちらをじっと見た。柔らかい瞳に警戒はなく、どこか安心感を与える。
(全員がよそ者を嫌うわけではないらしい)
だが、周囲の視線の大半は冷たかった。
「異郷人……」
「縁起でもねえ」
リーナはそんな空気を意に介さず、ソウマを振り返った。
「あんた、前の世界じゃ何してた?」
「学問だ。仕組みを数式にした」
「ほう、なら計算は得意だな。……よし、ゲームといこう」
彼女は歩みを止めずに言葉を重ねる。
「この商隊に役立たずはいらない。覚えが悪けりゃ、街で売るか捨てるか。……別に冗談と思ってもらっても構わない、判断の責任は自分で取りな」
空気が一瞬で張りつめ、それが本気であることの証明に思えた。案内された荷車の中には、木箱や樽が整然と並んでる。もう自分の安い命をベットしたゲームは始まっているだろう。
リーナはソウマを一瞥し、試すように言った。
「あんた、通貨は分かるかい? この世界の金はギア――Gって呼ばれてる。
1Gが小銅貨、100Gで銅貨、500で大銅貨、1,000で銀貨、5,000で大銀貨、10,000で小金貨だ。
……これは常識だから覚えときな」
すぐに続けて、彼女はにやりと笑った。
「じゃあ第一問。銀貨三枚、大銅貨一枚、銅貨二枚――合わせていくら?」
ソウマは即答する。
「……3,700ギア」
「正解。計算は速いようだね」
「じゃあ次だ。一度しか言わないからしっかり覚えな。荷は全部で二十六種類。食料はこっち、薬草は奥、日用品はその隣」
箱の確認に移り、リーナが指で示す。
「薬草一束は五百ギア、大銅貨ひとつ。食料より高いが、病気になれば命を繋ぐ値になる」
周囲がざわつく中、リーナはさらに情報を付け加えていく。
「ここはアストレアと呼ばれる世界で、
今いるのはオルディア大陸のフェロニア帝国。
ここは帝国の宿場町カザリアだ。
黒脈山脈を越えて西に行けば、グラナディア王国だ。あっちの肥沃な平原で穫れた小麦や油が、こっちには欠かせない。食い物の半分は向こうから来てる」
リーナは矢継ぎ早に箱を開け、指差して説明する。
ソウマは無言で位置と中身を目に焼き付けた。
(木箱の刻印、樽の縄の結び目、蓋の擦れ具合……全てが目印になる)
説明が終わると、リーナが指を突きつける。
「塩一袋銀貨2枚。袋は9つ。銀貨何枚?」
===「18枚」
「五番目の荷車の右から二つ目と、八番目の左奥。中身を合わせると何袋だ?」
===「乾燥イチジク三袋と羊皮紙の束。合計三袋」
「乾燥イチジク一束、銅貨四枚。これを六束。さらに、値切りで一束分無料。合計は?」
===「銅貨20枚」
「すげぇ・・・、俺じゃ全然無理だ・・・。化け物かよ。。。」
近くで見ていたカイが思わずつぶやく。
「じゃあ次。薬草を二割値引きしても利益を出すには?」
===「十五束売れば損益分岐を超える」
一瞬の沈黙。
広場の空気が凍る。
やがて、リーナが唇をゆるめた。
「……合格だ」
ソウマがわずかに息を吐いた瞬間、彼女は肩をすくめて無邪気に笑った。 さっきまでの射殺すような視線は完全になくなっていた。
「悪い悪い。人間はプレッシャーかけないと本質が見えないからね。本気でやらせなきゃ、あんたの力も出てこないだろ?」
カイがぽかんと口を開け、それから苦笑しながらぼそり。
「……まじでこえーよ。だから恋人できねえんだって」
「今なんか言ったか?」リーナの目がギロリと光る。 「な、なんでもありませーん!」
笑いが広がり、緊張が和らいだ。
リーナは腰の小箱に手をかざす。
蒼白の光が走り、直径一メートルほどの魔法陣が突然、虚空に浮かびあがる。
すると箱が消え、次の瞬間には布束が彼女の手にあった。
それをソウマへ放り投げる。
「着替えだ。もう異郷の浮浪人じゃない。――ようこそ、リーナ商隊へ。歓迎しよう」
布を受け止めた瞬間、ソウマは息を呑む。
これが、この世界に来て初めて目の当たりにした魔法。
冷たい取引の匂いに満ちた世界で――
なぜかそれは、とても美しいと感じられた。
次話もこのあと公開されています。




