表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第一章【魔法なき者】
4/47

第3話「記憶と算盤」

※この物語は毎日22時更新予定です。

街外れの広場には、大小十数台の荷馬車が並んでいた。


革袋や木箱が山のように積まれ、人々が忙しく行き交う。犬のような耳がついている少女もいるようで、多種多様だ。


リーナが声を張る。

「おーい、帰ったぞ!」


振り向いたのは、まだあどけなさの残る少年と、

小柄な少女。

少年は荷を担ぎながら笑った。


「また拾ってきたの、リーナ姐」

「口は動かすな、手を動かせカイ!」

「はいはい、分かってますって」


少女は荷馬の首筋を撫でながら、こちらをじっと見た。柔らかい瞳に警戒はなく、どこか安心感を与える。


(全員がよそ者を嫌うわけではないらしい)


だが、周囲の視線の大半は冷たかった。

「異郷人……」

「縁起でもねえ」

リーナはそんな空気を意に介さず、ソウマを振り返った。

「あんた、前の世界じゃ何してた?」

「学問だ。仕組みを数式にした」

「ほう、なら計算は得意だな。……よし、ゲームといこう」


彼女は歩みを止めずに言葉を重ねる。

「この商隊に役立たずはいらない。覚えが悪けりゃ、街で売るか捨てるか。……別に冗談と思ってもらっても構わない、判断の責任は自分で取りな」


空気が一瞬で張りつめ、それが本気であることの証明に思えた。案内された荷車の中には、木箱や樽が整然と並んでる。もう自分の安い命をベットしたゲームは始まっているだろう。


リーナはソウマを一瞥し、試すように言った。

「あんた、通貨は分かるかい? この世界の金はギア――Gって呼ばれてる。

1Gが小銅貨、100Gで銅貨、500で大銅貨、1,000で銀貨、5,000で大銀貨、10,000で小金貨だ。

……これは常識だから覚えときな」


すぐに続けて、彼女はにやりと笑った。

「じゃあ第一問。銀貨三枚、大銅貨一枚、銅貨二枚――合わせていくら?」


ソウマは即答する。

「……3,700ギア」


「正解。計算は速いようだね」

「じゃあ次だ。一度しか言わないからしっかり覚えな。荷は全部で二十六種類。食料はこっち、薬草は奥、日用品はその隣」


箱の確認に移り、リーナが指で示す。

「薬草一束は五百ギア、大銅貨ひとつ。食料より高いが、病気になれば命を繋ぐ値になる」


周囲がざわつく中、リーナはさらに情報を付け加えていく。

「ここはアストレアと呼ばれる世界で、

今いるのはオルディア大陸のフェロニア帝国。

ここは帝国の宿場町カザリアだ。

黒脈山脈を越えて西に行けば、グラナディア王国だ。あっちの肥沃な平原で穫れた小麦や油が、こっちには欠かせない。食い物の半分は向こうから来てる」


リーナは矢継ぎ早に箱を開け、指差して説明する。

ソウマは無言で位置と中身を目に焼き付けた。

(木箱の刻印、樽の縄の結び目、蓋の擦れ具合……全てが目印になる)


説明が終わると、リーナが指を突きつける。

「塩一袋銀貨2枚。袋は9つ。銀貨何枚?」

===「18枚」


「五番目の荷車の右から二つ目と、八番目の左奥。中身を合わせると何袋だ?」

===「乾燥イチジク三袋と羊皮紙の束。合計三袋」


「乾燥イチジク一束、銅貨四枚。これを六束。さらに、値切りで一束分無料。合計は?」

===「銅貨20枚」


「すげぇ・・・、俺じゃ全然無理だ・・・。化け物かよ。。。」

近くで見ていたカイが思わずつぶやく。


「じゃあ次。薬草を二割値引きしても利益を出すには?」

===「十五束売れば損益分岐を超える」

一瞬の沈黙。

広場の空気が凍る。


やがて、リーナが唇をゆるめた。

「……合格だ」


ソウマがわずかに息を吐いた瞬間、彼女は肩をすくめて無邪気に笑った。 さっきまでの射殺すような視線は完全になくなっていた。


「悪い悪い。人間はプレッシャーかけないと本質が見えないからね。本気でやらせなきゃ、あんたの力も出てこないだろ?」


カイがぽかんと口を開け、それから苦笑しながらぼそり。

「……まじでこえーよ。だから恋人できねえんだって」


「今なんか言ったか?」リーナの目がギロリと光る。 「な、なんでもありませーん!」


笑いが広がり、緊張が和らいだ。


リーナは腰の小箱に手をかざす。

蒼白の光が走り、直径一メートルほどの魔法陣が突然、虚空に浮かびあがる。

すると箱が消え、次の瞬間には布束が彼女の手にあった。


それをソウマへ放り投げる。


「着替えだ。もう異郷の浮浪人じゃない。――ようこそ、リーナ商隊へ。歓迎しよう」


布を受け止めた瞬間、ソウマは息を呑む。

これが、この世界に来て初めて目の当たりにした魔法。


冷たい取引の匂いに満ちた世界で――

なぜかそれは、とても美しいと感じられた。


次話もこのあと公開されています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ