第37話「豊穣の秋祭り」
秋風が畑を撫でる季節になった。
小麦は黄金色に波を打ち、倉の中にはぎっしりと袋が積まれている。
臨時収入となった黒いミスリル肥料もあり、村は活気に満ち溢れていた。
隣村との合併で人口は三百を超え、さらに親類や職を求めてやってきた人々も加わり、今や四百人近い大所帯。かつて百人足らずだった小さな村は、短い間に姿を変えていた。
研究室の土間には羊皮紙が散乱し、符号の走る線が幾重にも重なっている。ソウマとエルンストは机を挟んで向き合い、声を張り上げていた。
「だから、この陣じゃ効率が落ちるんだ!」
「理屈の上では問題ない! むしろ君の案では陣式が複雑になりすぎる!」
二人の言葉が重なり、火花を散らす。
ミラが慌てて間に入る。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 本当に喧嘩してるみたいに聞こえるから!」
クラウスも
「ソウマ殿、エルンスト様!」
と両手を振って止めにかかる。
だが、当の二人はぴたりと声を止め、同時に言った。
「喧嘩じゃない!」
「議論だ!」
呆れるクラウスの横で、タリアが椅子にひっくり返りながら大笑いした。
「ははっ! いいねぇ、この空気! 最高だよ! この村に来て正解だった!研究はこうでなくちゃな!」
手元ではすでに小さな魔道具の部品を組み合わせていて、パチパチと小さな火花を散らしている。
――そんな賑やかな日常を送りながら、研究の日々は続いた。
そして季節は巡り、実りの秋。黄金色に波打つ畑を前に、村人たちは収穫祭の準備を始めていた。
大広場には即席の屋台が並び、酒樽が山積みにされた。焼かれた肉の匂い、熱々のパン、甘い果実酒の香り。
知らない顔同士も杯を交わし、笑い合う。
子どもたちは走り回り、年寄りは焚き火の前に座って歌を口ずさむ。かつて見たことのない規模の祭りだった。
エルンストは最初こそ人混みの端に立ち、静かに村の様子を見守っていた。だが若者に
「先生! 一緒に!」
と引っ張られ、盃を渡されると、柔らかく笑って受け取った。
「では――いただきましょう」
気取らない仕草と真っ直ぐな言葉に、周囲の村人がざわめいた。
「貴族なのに気さくで頼りになるな」
「本当に……いい人だ」
いつの間にか人の輪の中心に座り、年寄りの話を聞き、若者と冗談を交わしていた。
クラウスは最初から全力だった。老人を背負って席に運び、子どもたちの遊び相手になり、汗だくになって走り回る。
「クラウス兄ちゃんすげぇ!」
「一番働き者だな!」
村人たちにそう声をかけられるたび、クラウスは照れ笑いしつつ
「いえ、自分は当然のことを」
と返した。
やがて、祭りの最中にタリアが酒瓶を片手に立ち上がった。
「よーし! せっかくだから、派手にいくよ!タリアちゃん特性イリュージョンだ!!」
笛型の魔道具に息を吹き込み、空に無数の光球を放つ。
それは弧を描き、やがて夜空に花火のように弾けた。赤、青、緑、黄金。光の雨に合わせて、泡が弾けるような音色が響き渡る。
「うおおおお!」
村人たちの大歓声。
子どもが目を丸くし、大人たちも息を呑む。笑い声と拍手が広場を埋め尽くした。
ソウマは腕を組み、冷静に呟いた。
「……即興で、ここまで仕組みを組めるのか。やっぱり本物だ」
ミラが隣で笑う。
「先生は本当にそういう時、冷静なんだから」
広場のざわめきの中、ミラがそっと俺の袖を引いた。
「……ソウマさん、一緒に屋台、見て回りませんか?」
頬を赤く染め、目を伏せながら。言った後で自分でも恥ずかしくなったのか、ちらりとこちらを伺う。
「いいな。行こうか」
俺が頷くと、すぐ横から重い声が割り込んだ。
「よし、俺も行く」
振り向けば、腕組みしたエルドが仁王立ちしていた。
「え、ええ!? 別に護衛なんて要らない……!」
ミラが抗議するが、エルドはまったく動じない。
「駄目だ。こんな人混みで何かあったらどうする」
結局、俺とミラとエルドという妙な三人組で歩くことになった。
焼き串を分け合おうとすれば、横からごつい手が伸びてきて「それ、俺の分は?」と当然のように要求される。
ミラは顔を真っ赤にして怒っているのに、周りの村人は「ははっ、まるで親子だな」「先生も、ミラちゃんも大変だ」と笑っていた。
俺はそんな光景に肩をすくめ、内心でため息をつく。――まあ、これも平和な祭りの一幕か。
夜が更けても祭りは続いた。焚き火を囲む人々の笑い声、踊りの輪。
その後ろで――ソウマとエルンストはまた激論を交わしていた。
「だから、この理論では破綻する!」
「破綻するかどうかは、やってみなければわからない!」
クラウスとミラは顔を見合わせ、「……また始まった」と苦笑いする。
タリアは酒瓶を傾けて高らかに笑った。
「いいじゃないか! これが本物の祭りだよ!」
秋の夜空に光が舞い、村全体が幸福に包まれていた。
音と光の余韻がまだ夜空に残る中、村人たちは思い思いに盃を掲げていた。
そのとき、誰ともなく――ぽつりと声が漏れた。
「……ここに来て、良かったな」
年老いた男の低い声。けれど広場の空気に、すっと沁み込んだ。
沈黙のあと、一人が笑って盃を掲げる。
「そうだな!」
「本当に!」
「あの人たちに、乾杯だ!」
「カンパーイ!」
見知らぬ者同士も肩を組み、杯をぶつけ合う。
合併したばかりの隣村の者も、古くからの村人も――今はもう、ひとつの大きな輪。
秋の夜気の中で、豊穣と未来を祝う一体感が、村を満たしていた。
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