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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第三章【知の灯】
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第33話「毒を噴く刃」

「聞いてくれ、禍石は脆い。ひとつじゃ保たない。だから、いくつかスペアを用意しておきたい」


俺はノズルの根元を叩きながら告げた。虚晶石に比べれば純度は低いが、それでも圧をかけ続ければすぐに罅が入る。爆ぜれば一瞬で魔法陣が崩れるだろう。

エルンストが頷き、冷静に問い返す。


「では、まずは魔法陣の改造を」


「頼む。俺は全体を指示する。終わったらミラと組んで、石の選別に回ってくれ」


禍石は純度で性能が変わる。魔力を通せばそれぞれ固有の振動を返す。熟練すれば指先の響きだけで違いが分かるが……俺とミラは魔力量が乏しい。


今はエルンストに魔力を通してもらい、ミラが判別役になるしかない。


俺はクラウスと共に装置を抱え、群れに近づく準備を始めた。


「クラウス。噴射のタイミングと方向だけに集中してくれ。後ろの圧の調整は俺がやる」


「了解しました!」


背負った樽の栓を確かめ、ノズルを握らせる。


「ここに魔力を込める。身体強化と同じ要領で流せば魔法陣が組み上がり、毒液が押し出される。いいけそうか?」


クラウスは深く息を吐き、頷いた。


「一度……試します!」


ノズルが唸り、しばらくのタイムラグの後――しゅっ、と濃い霧の束が一メートル先に飛び出した。


「……いけます!これなら!」


額に汗を浮かべながらも、声は確信に満ちていた。


クラウスはそのまま前線へ駆け出していく。


――


裏手では、石の選別が始まっていた。


「エルンスト様、この石に魔力を。……もう少し弱めで。はい、そこを維持してください」


ミラは真剣な眼差しで耳を澄ませる。掌の上の石が震える度合いに全神経を集中させていた。


「次。……強すぎます。……はい、今のでいい。この振動なら使えます」


エルンストの魔力は驚くほど安定していた。まるで呼吸のように一定の流れを保ち、強弱の調整も自在。


その隣でミラは一切ぶれない。微妙な差異を即座に聞き分け、良し悪しを一言で見抜いていく。


――この状況でこの集中。しかも、自分でも難しいと感じるほど微細な感覚を正確に掬い上げるとは。

エルンストは内心で感嘆していた。


ただの可愛らしい娘だと、村人との仲介役やソウマのお気に入り程度だと思っていたが――それは間違いだ。この娘は“本物”だ。彼の隣に立つ理由が、今わかった。


――


戦場。


クラウスのノズルが火を噴くたび、マナローカストが羽音を乱し、墜ちていった。


薬液を浴びた個体は翅を痙攣させ、そのまま畝に突っ込み――芽をなぎ倒し、苗を砕き、土に深い傷を刻む。

だがクラウスは怯まない。


まるで長年使い込んできた相棒のように、試作品の魔道具を使いこなしている。


ノズルがわずかに光る。虚晶石に魔力が通り、薬液が押し出される。


タイムラグを見切ったクラウスは、呼吸と同調させて引き金を引いた。



「シュッ!」

一呼吸で放ち――命中、墜落。


次弾へ。

そのリズムはすぐに身体に馴染み、狩人の矢より正確に群れを削っていく。


「いける……!」

誰かが声を上げた。


次弾。さらに次。狙いは正確で驚くほどの速度で駆除していく。


「……見事だ」

俺は思わず呟いた。


――一流の剣士は、武器の理屈を身体で理解するのか。

その順応の早さに感心せざるを得なかった。


「エルド!気絶した個体を仕留めるんだ!」


俺の声に即座に応じ、エルドは狩人組を再編成する。

「二人一組だ!確実に首を落とせ!」


村人の手も迷いが無くなり、畑の中に倒れた魔物の数がどんどん増えていく。


だが、俺の手の感触で分かった。

――禍石が、限界に近い。


「クラウス、一旦下がろう!」

「了解!」


毒液はまだ残っている。だが石が崩れれば逆流して爆ぜる。

俺はすぐに後方へ駆け、ミラたちの元へ。


「石は?」

「二つ、用意できました!」


「あと二つあれば、このペースでいける。頼む!」



ミラが強く頷き、再び石に耳を寄せる。


戻ったとき、ノズル先の石はぱきりと音を立てて割れた。


「交換する!」


俺はすぐに新しい石を嵌め込み、符号を合わせる。クラウスが頷き、再び前へ飛び出した。


視界は死骸で埋まり、農地の端はまだ守られている。被害は……許容範囲。怪我人も軽傷が多い。――冷静に判断すれば、凌げる。



「あと少しだ!」

村人の目に光が戻り始めた、その時。



翅音が、変わった。

一際低く、重い。胸の奥を叩きつけるような震動。


「……でかい、でかいのが来るぞ!」


誰かの声が震える。


群れを割って現れたのは、他より一回りも二回りも大きな影。


翅は裂け、甲殻には幾筋もの古い傷。生き延びてきた証のように硬く厚い。

双眼が光を反射し、鋭く村を射抜いた。


「なんて大きさだ……!」


村人が後ずさる。鍬を握る手が汗で滑り、老人が杖を震わせた。


誰もが一瞬、心を奪われる。恐怖で声を失う。


――ボス個体。

理屈ではなく、直感でそう分かった。


クラウスが構えを直す。

俺は奥歯を噛み締める。

ここからが、本当の勝負だ。




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