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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第2章【種は蒔かれた】
29/52

幕間•理暦アストレア史【黒いミスリル、伯爵領にて】

帝国歴三二一年、初夏。


 リーナ•フォルス率いる小商隊がアルノルト伯爵領に入ったのは、まさに小麦が成長を迎える季節であった。


 彼女が差し出した黒い袋に、農家たちは怪訝な顔を見せた。


 「なんだ、この黒い粉は」

 「石炭のかすか? 作物が嫌うだけだろう」


 嘲笑する声の中で、リーナは淡々と答えた。

 「新しい肥料だ。今年は無料で配る。ただし――試した農家にしか、来年は売らない」


 無料と言われても、応じた農家はわずか。だが、幾人かの大農家は“当たれば儲けもの”と撒いてみたのである。



---


 数日後。


 ――その畝を見た者は皆、驚愕した。


 葉は濃く、茎はまっすぐで力強い。

 同じ畑でも、黒い粉を撒いた区画とそうでない区画の差は歴然であった。


 「……なんだこれは」

 「根の張りが違う。白く太い。これほど健全な作は久しく見ていない」


 経験深き農家ほど言葉を失った。

 数日で“差”が出るなど有り得ない。だがそれは、収量の増加と早期収穫を示唆していた。

 市場において、誰よりも早く出荷できることの意味――それは誰よりも高く売れることであった。



---


 やがて農家の一人が叫んだ。

 「今年分、あるだけ売ってくれ!」


 続いて試した農家たちが我先にと群がる。

 リーナは涼しい顔で言った。

 「欲しいなら――安くはないよ」


 それでも取引は即決された。


 だが彼女は、試さなかった農家には冷ややかに告げる。


 「今年は“試した者”だけだ。他は来年を待ちな」


 門前払いされた農家たちは悔恨を抱えて去っていった。


 その時すでに“黒い粉”は、「選ばれた者の証」と化していたのである。



---


 やがて秋。



 この未知の肥料を使った畑から、誰よりも早く立派な小麦が収穫された。


 味は格別、品質も上々。市場は騒然となり、肥料を手にした農家は大成功を収めた。


 この時、リーナはさらに一手を打った。

 “畑の奇跡――黒いミスリル”


 そう呼ばせるよう仕向けたのだ。


 独占販売でありながら価格を不当に吊り上げることはせず、横流しを禁じ、違反者には一切の商品を扱わせない。さらに裏では偽品を高値で流し、競合を自滅させた。


 結果、リーナ率いるフォルス商会は「信頼できる奇跡の供給者」として急速に名を広めていった。


 だが誰一人、これが“忌むべき魔物の糞”の産物だとは夢にも思わなかった。



---


 その噂はついに帝都に届く。


 帝立魔法研究所はこの奇跡を看過できず、使節団の派遣を決定した。


 かくして、小さな村から生まれた黒い肥料は、帝国全土を巻き込む物語の幕を開けたのである。



---


『理暦アストレア史』 第一巻・第一節より

編纂:王立史学院 

リュシア・フォン=アーベントロート


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