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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第2章【種は蒔かれた】
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第27話「夕暮れの別れ」

ソウマが寝込んでいるあいだに、村ではすでに話し合いが行われていた。


 肥料――黒いミスリルの独占販売はリーナが担い、村は前面協力することになった。製造方法は秘密として、商隊と村で取り決めを交わす。


 そしてリーナたちが旅立つ日は三日後。もしソウマが目を覚まさなかった場合は、村で預かることが決まっていた。


 目を覚ましたソウマは、村長からその経緯を聞かされる。村長は深く頭を下げた。


「……どうか、この村に残ってほしい。水も、畑も、まだこれからだ。あなたの力がいる」


 ソウマは静かにうなずき、返答は保留にした。ソウマとリーナは村長宅を出て、二人でリーナの部屋で話し合いをすることになった。



---


 「で――欠片を、どこで手に入れたんだい?」


 リーナの声音は低い。冗談も皮肉もなく、まっすぐだった。


 ソウマはほんの一拍を置き、正直に答えた。

「水路の沈泥層に、定期的に溜まっていた」


 リーナはしばし黙ったあと、深いため息をついた。


「……困ったもんだね。商人としては、こんな大きな“仕入れ”を見逃したくない。友人としては、もちろん応援してやりたい」


そこで言葉を切り、じっと俺を見据える。


「でも、商隊に拾ってやった保護者としては……心配でたまらないよ。あんたはすぐに命を削るような無茶をする」


リーナの声には怒気よりも、ただ率直な不安が滲んでいた。




 ソウマは静かに視線を落とし、吐き出すように言葉を紡ぐ。


「俺はかつて、研究者だった。世界の仕組みを知りたいと願い、誰にも理解されず、それでも孤独に問いを重ね続けていた。……この石と魔法があれば、叶わないと思っていた夢の続きを、叶えられるかもしれない」


「世界を変えたいなんて思わない。ただ俺は知りたいんだ…」


 リーナはしばし黙り込み、やがてふっと笑った。


「……応援してやるさ。でも、無茶だけはするんじゃないよ」



「それで、禍石についてはどこまで公開する?それによって大きく動き方が変わる」


リーナの言う通りだ。どのタイミングで何を公開するか?この判断を間違えば身を滅ぼすだろう。


「純度が高いと魔法を吸収する事は言わない。ここでは肥料の研究と、そうだな…禍石の中毒の研究をするというのを表向きにする。ここは、禍石が多い。中毒者も出ることがあるようだし、不自然ではないだろう」


「そうだな、肥料の売り方は任せてもらっていいか?村長には了承をもらっている」


「ああ、もちろんそこは任せる」


今後の動き方を矢継ぎ早に決めていく。出発まで時間がないから当然だ。



 ほぼ決めるべき事が終わり、一息つくと最後に、リーナは一つの問いを投げかけた。



 ソウマの目がわずかに見開かれ、次の瞬間には静かにうなずいていた。



「……可能だ。出発までに用意しておく」



---


 出発の朝。

 荷の積み込みが進む広場では、商隊の男たちが笑いながら自然とミラを話題にしていた。


「やっぱり旅にミラがいると居ないとでは断然快適さが違うな」


「飯がうまいだけじゃない。あの子がいると喧嘩が減る」


「誰かが苛立ってても、気づいたら仲直りしてる。不思議なもんだ」


 リーナが手を止め、さらりと言う。

「ミラは誰より人を繋げる力があるからな」


 笑顔で「そんなことありませんよー」と手を振るミラ。


 けれど胸の奥はざわついていた。――本当の私はどうしたいんだろう?行きたい? 先生は村に残るのに?私は……



 気づけば、足は自然にソウマの所へと向かっていた。



---


ソウマの部屋の前に立ったミラは、胸の鼓動を押さえきれなかった。



「……ちょっと、お話……いいですか?」


中に入ると、机の上には書きかけの紙束。

ソウマは振り返り、少し驚いた顔を見せた。


「どうした?」


「みんな、私が商隊について行くのは当然だって……。でも、先生は村に残るって聞いて……」



声が小さく震える。


ソウマは一瞬だけ黙し、机上の紙片に視線を落とした。


「そうだな。俺はここに残る。……研究したいものがある」


「……やっぱり」


ミラはぎゅっとスカートを握りしめた。


「私……どうしたらいいんでしょう。みんなが私を大事にしてくれてるのは分かってる。私もみんなの事が大好きだし、一緒にいたい気持ちだってある。でも……」


ソウマはゆっくりと息を吐き、隣の椅子を引いた。


「座ろうか。選ぶのはお前だ。ミラは商隊にとって必要だ……俺にとってもそうだ、ミラが居てくれれば助かる。どちらを選んでも、ミラの価値は何も変わらない」



ミラは息を呑み、やがて笑顔になった。


「……決めました。私は、村に残ります。ここで先生を手伝いたい」



その笑みは、どこか大人びた強さを帯びていた。



---


 リーナに報告すると、彼女は肩をすくめて笑った。


「そうか。なら安心だ。ミラがいれば、あの先生も無茶はできないだろうからね」

 そして小声で続けた。

「でも無理をしないよう、しっかり見張ってやるんだよ」


 ミラはこくりとうなずいた。



---



 夕暮れの街道。

 西の空は赤く染まり、土埃が金色に揺らめく。

 馬車は荷を積み終え、軋む音を立てて出立を待っていた。


夕暮れの街道は、赤く染まった空と土埃の匂いに包まれていた。

商隊の馬車はすでに荷を積み終え、車輪の軋む音が静かに響く。


時間はそんなに長くないはずなのに、ずっといた場所のようだ。


ソウマは別れの前にもう一度、商隊のほうへと足を運んだ。みんなと話したかったからだ。



---


ダンカンがこちらに気づき声をかけてくる。


「最初見た時は、またモヤシみてーなのが入ってきたと思ったけどよ、まさかそのモヤシに命救われるとは思わなかったぜ!借りは返すからよ!また酒飲もうぜ!」


ザイルはもう荷馬車の中だ。ダンカンの声を聞いて顔を出してくる。


「先生よ、あんたのせいで努力の要求レベルが上がっちまったじゃねえか、たく。

……ただ。魔法がすべてのこの世界、努力じゃなんともならねえと思ってた魔法。生まれた時から何も覆せねーと当たり前に思ってたけど、そうでもねえことも知れた。それには感謝しとくぜ。」


ザイルらしい。この男は本当に口が悪いくせに気がきく。



サラが心配そうに駆け寄ってきてくれる。

「傷は塞がったけど、まだ無理しちゃだめよ。まったく、ホントに自分も人にも無茶させるんだから!……ミラを泣かせちゃだめだよ、センセっ。」


コハルが耳をピンとさせ会話に割り込んだ。

「えー、ソーマはリーナと番いになるんじゃないの?」


「つがい、言うな!」


「あたしはときどき来るから!またお散歩しようね♪」


この2人の明るさには助けられてばかりだ。


カイがそっと近寄ってきた。俺は用意していたノートを手渡す。カイは何も言わずに受けとり、自然と2人で拳を合わせた。


---


よい仲間に出会えた。運が良かった。


けれどその運を、この場に引き寄せてくれたのは――この人。


ソウマの視線は自然とリーナに向かう。


リーナは荷台の前で足を止め、振り返った。

少しだけ寂しさを滲ませながらも、口元にはいつもの軽い笑みを浮かべている。


「……また会おう、ソウマ。次はお互い、もっと成長した姿でね」


ソウマは、その呼び方にわずかに眉を上げた。

「名前で呼ばれたの、初めてだな……。ちょっと落ち着かないな」


からかうように言いながらも、どこか嬉しそうな声色だった。


リーナは冗談めかして肩をすくめた。

「まだ先生のほうがよかったかい?」


「先生は先生で悪くなかったけどな……。

 でも――名前で呼ぶなら、ちゃんと成長した俺を見てからにしてもらおうか。」


短く笑ったリーナが、少しだけ声を張った。

「……分かったよ。ソ・ウ・マ」


その声に、ソウマはリーナらしいと、片手だけを軽く上げて応えた。



荷車がゆっくりと動き出す。

土煙の向こうにリーナたちの姿が小さくなっていく。



ゆっくりと村の方へ足を向けると、ミラがすぐ後ろを嬉しそうについて来ているのが分かった。





――





『師匠、本当に人間は変われるのでしょうか?』


『視線が違う。前ではなく後ろを見れば変化は自ずと見える』


『やっぱり分かりません』


『では、こうしよう。もしいつか“自分は変わったのかもしれない”と感じたら、後ろを見てみる事だ。そこに答えがある』


目を閉じ、転生してからの出来事を思い返す。

目を開け、ゆっくり振り返ると――遠ざかる商隊がこちらに気づき、また手を振っていた。


横には、笑顔のミラ。


目には自然と涙が浮かんでいた。


(……師匠。少し、分かった気がします)



---


ここまで第二章を読んでくださり、本当にありがとうございます!


戦い、笑い、そして失うものもあった第二章。

この章は、ソウマたちの旅が「日常」から「運命」へと踏み出した、大きな転換点になりました。


――次はいよいよ第三章へ。



**第三章「知の灯」**は

10/27(火) 22:00 より更新スタート予定!


次章では、新たな仲間との出会いと、知識による革命が一層加速していきます。

ソウマの“科学”が、村だけでなく周囲の世界をも巻き込み始める――そんな始まりの章になる予定です。



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