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虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第2章【種は蒔かれた】
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第21話「糞の聖女さま」

畑の隅に広げられた袋から、鼻をつんざく臭気が立ちのぼった。


村人たちは顔をしかめ、思わず後ずさる。



「……これが肥料になるなんて、本当に……?」


不安げな声がいくつも漏れる。

コハルは我慢できず、どこかに走り去ってしまった。


ソウマは一歩前に出て、真顔で言った。


「サラ。ヒールしてくれ」


「えっ、先生怪我したの?」

サラが慌てて近づく。


「俺じゃない」

「じゃあ……誰に?」


ソウマは強烈な臭気を放つ袋の中の黒い塊を指さした。


沈黙。


次の瞬間――リーナが腹を抱えて大爆笑した。


「ぎゃはははっ!!センセ、あんた正気か!? ヒーラーに“糞を癒せ”ってか!」


膝を叩き、涙を流しながら転げそうになっている。


サラは顔を引きつらせ、必死に言葉を絞り出した。

「……わ、私の魔法は、人を救うためのものでして……」


「違う」俺は首を振った。


「これは人を救うんだ。畑を救い、腹を満たす。つまり間接的には“人”だ」


周囲がざわめいた。


笑っていいのか、真剣に受け止めるべきか。

村人たちは互いに顔を見合わせ、困惑している。


ソウマは気にせず続ける。


「ヒールは奇跡じゃない。傷口が治るのは、細胞が分裂して組織を作り直すからだ。

 普段は何日もかかる工程を、魔力が“情報”を再編して一瞬で終わらせている。

 時間を巻き進めてるんじゃない。“情報を倍速で更新する”んだ」


サラが息を呑む。

「……そんなふうに考えたことも聞いた事も、一度も無いんだけど……」


「つまり、小さな傷は“時間を早送り”。大きな怪我は“失われた設計図を引っ張り出す”。

 そしてこの糞にヒールをかければ――“おそらく微生物の仕事を早送りする”。」


村人たちの間に、どよめきが広がった。

「……なるほど、そういうことか」「いや、よく分からんが凄そうだ……」


リーナは腹を抱えてまた笑いだした。

「発酵も救うヒーラー誕生だな! サラ、今日から“糞の聖女”だ!」


「や、やめて!!そんな肩書き絶対いらないからっ!」


サラが必死に叫ぶと、村人たちは笑う者と真剣に頷く者に分かれた。



---


サラは顔を真っ赤にしながらも、深呼吸して両手を組んだ。


「……一度だけです。二度目は絶対にやりませんからね!」


声が裏返っていた。


淡い光が彼女の手に灯る。

掌から零れた光が、黒い塊を包んだ。


――ぶわり。

空気が震え、光がじわりと染み込む。

鼻を突く臭気が一瞬強まったかと思うと、すっと薄れていった。

残ったのは、湿った土に似た匂い。


「……おお……」

誰かの呟きが静寂を破った。


「臭くない!」

「ほんとだ!さっきまで鼻が曲がりそうだったのに!」


村人たちが一斉にざわめき、袋に群がる。


リーナは目を剥いて叫んだ。


「はあ!? ほんとに効いてるじゃないの!うそでしょ!?センセ、あんた、やっぱり頭おかしい!……でも天才だ!」


サラは光を解き、へたり込んだ。


「……も、もう二度とやりません……!私はこんな事のために辛い修行をしたんじゃないから!」



---


臭気が消えた瞬間、場がさらにざわめいた。

ザイルが腕を組み、思わず後ずさる。


「……マジかよ。信じらんねえ…..でもな、土木に糞は関わらねえ!俺は水路で忙しいからな!」


カイはすごいことを思いついたと言う。


「サラ!俺の足にヒールかけてくれ!足が伸びるんじゃないのか?!これでチビ卒業だ!!」


「そんな訳ないでしょ。。あんたに何回ヒールかけてると思ってるの?それならもう、大きくなってるから。」


「ちげーねー!もしそうなら、俺は足じゃなくて

『”ダンカンは黙って!”』

すいませーん」


大げさに手を振り、村人の笑いを誘った。




その横で、ミラは涙を浮かべていた。

「……よかった。本当に……村が助かるんだね」

エルドとともに歓びあう。


「それにしても、賑やかな商隊だな。お前を預けて正解だったよ。本当にたくましくなったな。」


「うん。最高の仲間だよ!!」


頬に光る涙を拭い、俺の方を見て小さく頭を下げる。


「先生、ありがとう」


リーナは肩で息をしながら笑いを収め、少し真剣な顔になった。


「……まあ、冗談はさておき。これ、すごいことかもしれない」


村人たちが息をのむ。

リーナは顎に手を当て、商人の目に戻っていた。


「まず、“ヤツ”の糞を畑に入れるなんて発想は誰も持たない。運んでいるところを見られても、せいぜい洞窟で鉱石を掘っていると考える程度が関の山だ。

これ……肥料の効果次第では、冗談抜きで“黒いミスリル”の独占販売ができるぞ」



俺は頷いた。

「ああ――参入障壁はしっかりある」


リーナは笑みを取り戻し、わざとらしく肩をすくめた。


「……“参入障壁”って、もう先生は十分に商人だよ。」


サラは両手をばたばた振り回して絶叫した。

「ねえ、それって私がヒールをかけ続けるって事にならない!!」


「しばらくはそうなるな。もちろん別の発酵を進める方法は考えるが今はヒールが手っ取り早い」


「手っ取り早いって….私のヒールを何だと思ってるの….」


ソウマの残酷な言葉がサラを貫いた。


「私ですら観念させられたんだ、諦めろ。まあ、報酬は弾んでやるから、頑張ろうじゃないか。洞窟までデートだ、糞のお土産つきだぞ」


リーナが嬉しそうに肩を組むと、サラは泣きそうな顔で首をぶんぶん振った。


笑い声と歓声の渦の中で、俺は静かに考えていた。


――水と栄養、両方に目処が立った。

残り時間...九日。失敗は許されない。


その頃、コハルは新鮮な空気を思いっきり吸い込んていた。


「あー、空気がおいしい。」



ここまで読んでくださってありがとうございます!


――次回予告 明日22:00公開

第22話「回復の兆し」


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どうぞ、次話もよろしくお願いします!

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