第20話「地上に光、地下に悲鳴」
—-出発前夜
ソウマはミラを呼び出していた。焚き火の煙が目に沁みた。
湿った薪がぱちぱちと弾ける音の前で、俺は棒切れで土に線を引いた。
「……畑を救うには二つ。水と栄養。
水路は一日で大まかに形を作る。――指揮を執るのはお前だ」
ミラは驚いたように俺を見返した。
「わ、私? 兄さんもいるのに……」
「エルドは洞窟まで案内してもらう。ザイルもダンカンも頼りにはなるが、村人にも護衛にも声を通せるのはお前だけだ」
焚き火の煙にむせて咳が出る。
ミラも涙目で顔を背けた。
「……本当に私でいいのかな」
「いいか悪いかじゃない。できるのはお前しかいない」
炎の熱と夜の冷えが同時に肌を刺す。
ミラは両手を膝に当て、深く息を吸った。
火に照らされた瞳を見据える。
「迷ったら人は動かない。手が止まれば、できない理由を探し始める。だから、その前にお前が声を出すんだ」
ミラは拳を握り、やがて頷いた。
「……分かった。やってみる」
俺は土に指で段取りを刻んだ。
「まず、役割分担。村人全員で親水路を掘る。子供たちにも何か手伝ってもらおう。自分たちも頑張ったんだという実感や一体感が必要だ。
護衛たちパワー系は堀った水路をハンマーで叩いて固める役。固い岩があった場合はダンカンに頼め。
ザイルは、更に地面を固めたり、崩れやすそうな場所の補強。広い面積で地面が硬かった場合に崩す役割もだ」
「手順は、糸で測り、杭を立て、取水箱と水受けを作る。
村人全員で一斉に掘ればかなり進むはずだ。大まかに計算したが、幅は0.6m、深さは0.3mでいい。掘り進めながら叩いて固める。最後にザイルが仕上げ。
これで一日。やれるか?」
ミラの声は震えていなかった。
「……やってみる」
————///
翌朝。
谷に冷たい風が吹いていた。
「さて、やるか!気合い入れっぞ!」
とダンカンが叫び、巨大なハンマーを担いで湧水池の方へ歩いていった。
ザイルは糞チームを回避できたが、ダルそうに無言で後を追う。
サラが笑って
「働き手が倒れたら治癒で立たせるから」
と言い、村人たちも続いた。
その背中を見送り、最後に一声かけようとミラを見たが、
「みんな、頑張ろ!!」
と村人全員に元気に声をかけていた。村人にも笑顔が広がる。ミラは頭がいい。何より皆に愛されているから大丈夫だろう。
俺は洞窟へ向かう一団に加わった。
リーナ、カイ、コハル、案内役のエルド。狩人も数名。
「……こっちだ」
エルドが茂みをかき分ける。
「普段の狩場にある洞窟だ。危険はない」
「念の為ため警戒はしといてくれ、コハル」
「りょーかい!」
1時間ほど歩いたところで、森の奥にそ黒い口が開いていた。
リーナは顔を引きつらせ、肩を震わせていた。
ミラよりもこちらの方が心配だな。コハルはいつもより楽しそうだ。
いつもは完璧なリーナにこんな弱点があるとは、とソウマは少し笑いそうになる。こんな一面も逆に好感を感じるのは、リーナに心を許している証拠だろうか。
---
ひんやりとした空気。足元の岩が湿って滑る。
松明の灯が揺れ、壁に黒い染みが浮かび上がった。
「……これだ」
しゃがみ込むと、黒ずんだ塊が転がっていた。
崩すと、乾いて土に似た匂いが立ちのぼる。
「……これなら使える」
俺が言うと、狩人たちが安堵の吐息を漏らした。
容易していた袋に詰めていき、リーナがアイテムボックスに収納していく。
量が十分確保できればいいが…..
—————-
一方そのころ ―
灌漑チームではミラの指揮のもと、順調に進んでいた。
「もっと右! 糸が緩んでる!」
ミラの声が畑に響いた。
糸が朝日にきらめき、村人が杭を打つ。
「せーのっ!」
村人三十人が身体強化をかけて鍬を振り下ろす。
土が裂け、砂埃が舞い、喉が焼けるように乾いた。
しかし、村人とはいえ身体強化をかけているうえ、土を掘ったりするのは慣れた作業だ。
どんどんと掘り進めていく。子供たちも石をどかしたり、飲水を配ったりと懸命に働く。
掘り進めた後ろでは、人間とは思えない力でダンカンたち護衛の前衛チームが叩き固めていた。凄まじい勢いで水路が形作られていった。
しかし、ふと村人たちの手が止まった。ミラがすぐに確認に行くと、どうやら進路に大きな岩があったらしい。疲れもあって、村人たちの手が止まる。
「前もこんな感じで岩があって断念したんだよ...」
昔の失敗を思い出したのか、暗い雰囲気が村人たちを包んだ。
ミラは前日のソウマの言葉を思い出す。
-「迷ったら人は動かない。だから、お前が声を出すんだ」
「ダンカンさん!お願いできますか!」
ミラは迷わず声を出した。
「おう、任せとけ!」
ダンカンが前に出て、大槌を振り下ろした。
衝撃で地面が鳴り、足裏が震える。岩は当然のように砕けていた。
村人たちから思わず歓声があがる。
「何かあれば、すぐに言えよ。また砕いてやるから!!」
ダンカンの一言で村人に再度火が灯った。自分たちの畑なのだ、自分たちが頑張るんだ!とお互いに声を掛け合ってい始める。
ミラの仲介で、村人たちはやる気が満ちあふれていた。
その頃、洞窟チームでは一つの問題に直面していた。
—---
量が足りない。
農業は専門ではないので量の計算は正確にできない。この糞がどれくらいの施肥効果があるかも不明だ。しかし感覚的にはまだ半分といったところだ。
試験的にはできるだろう。しかし、その分対応が遅れ、その間にも小麦は弱っていく。
マージンが欲しい。
さらに奥に進むと、湿った塊がいくつもあった。
袋に詰めようとした瞬間――
「うっ、くっさ!!!」
「ふぎやー、ぐざい。」
リーナが涙目で叫んだ。コハルもまた鼻をつまんでいる。
「こんなもん畑に入れたら畑が死ぬだろ!!」
村人たちも鼻をつまみ、渋い顔をする。
「もう帰ろう。かなり採っただろ。。もう十分だ、
勘弁してくれ。」リーナが泣いている。
「いや、これも持って帰るぞ。詰めてくれ。」
リーナに絶望が広がる。しかし、反論する気力もなくなっているようだ。申し訳ないが、ここは頑張ってもらおう。
リーナは臭い袋を前に、肩を落とした。
「……もう無理。泣きたい」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、涙目のまま大声で笑い出す。
「あーもういい! ヤケクソだ!リーナ様が全部詰めてやるぞ!!」
その声に狩人がぎょっとして後ずさりした。
「先生……これが本当に肥料になるのか?臭すぎるぞ!」
鼻をつまみながら、カイは誰もが聞きたいことを素直に聞いてきた。カイのこういうところは美点だ。
「栄養は間違いなくある。ただ、使い方に工夫がいる」
「……あー、もういい!どうでもいい!全部持ってこい!リーナ様がアイテムボックスに片っ端から詰め込んでやる。ヤツの翼も持ってこい!ザイルにプレゼントしてやるぞ!ハハハハハ!!!」
悲しい笑い声が洞窟に木霊した。
そんな中、ソウマは内心でつぶやいた。
――発酵が足りない。
だが、やりようはある。頭の中にはある魔法陣と、ある人が浮かんでいた。
リーナが臭い糞を笑いながら収納している頃、
灌漑チームは大詰めを迎えていた。
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「ここは崩れる!詰めろ!」
ダンカンが叫び、村人たちが必死に土を押し込む。
ザイルも何度も土魔法を使い、人間の手では難しい場所などを入念に固めていく。
村人たちは汗が滴り、腕が震え、砂が目に入りながらも、誰も止まらなかった。
取水口と手前の沈泥層も完成した。本当に1日で大まかな水路ができてしまった事に、村人たちに歓喜の輪が広がる。でも、本番はここからだ。
「水を流してみましょう!」
ミラの声。
取水箱が外されると、ざざざ、と勢いよく水が走った。
「行ったぞ!」「畑まで届いた!」
村人の歓声。
だが流れが速すぎて、水路が崩れかける。
「崩れる!また駄目だ!」
昔の失敗を思い出した村人たちが顔を青くする。
その声を、ザイルとダンカンの豪快な笑いがかき消した。
「俺の出番だ!任せとけ!」
急いで土魔法で補強する。
「強すぎる! もっと絞れ!」
ダンカンの声に水門のところにいた村人が、我に返って4人がかりで水門を狭める。
流れが落ち着き、水路には穏やかに水が流れ込んで来た。泥も少ない。畑までの水が供給できる目処が立った。
「….これで救われるかもしれない」
と泥だらけの村人たちがお互いを称え合う。水は村人たちの心も潤していった。
それをみながら、護衛チームとサラも満足そうだ。ミラが駆け寄って深々と頭を下げた。目には涙を浮かべていた。
「皆さん、ありがとうございます。皆さんのおかげです。」
そんなミラを見て、護衛チームも満足気にハイタッチをして歓びあった。サラは無理をして怪我をした村人をその都度ヒールで治療して回った。村人が安心して全力を出せたのはサラの役割が大きかった。
「それにしても、ミラちゃんの指揮は大したものね。ビックリしちゃった!先生を尻に敷いちゃうのも時間の問題かな?」
肘でツンツンしながらサラはミラを揶揄かうように話した。
「違いない!可愛い顔して怖ーな!ミラは!」
ダンカンは大爆笑だ。
「そ、そ、そんな事はないですーーー」
大げさに手をバタバタさせるミラに、村人も集まってくる。大にぎわいだ。
「お、黒いミスリルチームも帰って来たぞ」
ザイルが遠くを指差した。そこには、洞窟チームの姿が見える。
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洞窟チームが畑まで戻ってきた。
リーナは謎の笑みを浮かべていおり、コハルの鼻は真っ赤だ。ザイルは嫌な予感を感じていた。逃げ出そうかと考えたが一足遅かった。いや、リーナが速かった。
「さあ、これが今日の収穫のお披露目だ!!お前らもくらえ!!」
謎の掛け声とともに、アイテムボックスから一気に糞が出される。もちろん未発酵のものもだ。
水のきらめきと、糞の臭気。
希望と嫌悪が、同じ時間に村を覆っていた。
ちなみに最もダメージを受けたのは、コハルだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
――次回予告 明日22:00公開
第21話「糞の聖女さま」
発酵が進まぬ糞の山を前に、立ちすくむ一行。
ソウマが放った、まさかの一言に場が凍る。
その指示を受けたのは――サラ。
果たしてソウマの狙いとは?
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