表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚晶の賢者――異世界魔法を科学する  作者: kujo_saku
第一章【魔法なき者】
16/49

第15話「それは毒か革命か」

これが第1章「魔法なき者」の最終話となります。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

「お邪魔するよ」


 彼女は軽やかに入り、寝台の隣に腰を下ろした。長い脚を組み替える仕草が、いつもよりゆっくりに見えた。


いつもの皮鎧や旅装ではなく、ゆったりとしたシャツ姿。シルクのように柔らかな素材だと見ただけで分かる。


露出は控えめなのに、逆に布越しの線が柔らかさを際立たせていた。


 さらに――普段は後ろに一つに結んでいる栗色の髪を下ろしている。肩から背に流れるそれは光を受け、金の糸のように柔らかに揺れた。


一瞬、思考が止まる。見惚れたわけではない。……そう自分に言い訳しながらも、視線を逸らせずにいた。


「……どうした?」


 怪訝そうな声に、はっと我に返る。


「いや……いつもと雰囲気が違うと思ってな」


 慌てて目を逸らすと、リーナは小さく笑った。

「髪を下ろしてるからだろうな。」



 そう言って、彼女は片手に黒い光を宿した石の欠片――そう、あの洞窟にあった高純度の禍石をポーチから取り出した。


「……あの時の石の欠片だ」


「そう。センセが失神したあとも、ずっと握ってた。まるで、命綱みたいにね」


 リーナは欠片を指先で転がし、ふと真顔になる。


「改めて言う。商隊を救ってくれて、ありがとう。……でも、ひとつ聞かせてほしい。どうしてあの時、先生だけ魔法を使えたんだ?しかも、長時間維持していた。常識では考えられないことだ…」


 焚き火の残り香と酒精の匂いがまだ体に残っていたが、意識は不思議と冴えていた。


 俺は一拍置いてから、言葉を紡ぐ。


「禍石は魔力を乱すんじゃなく、吸う事はあの時に話したな。復習だが、純度の低いものが散らばっていると、いろんな方向に引っ張られて魔法陣が揺らぐ。でも、発動自体はできる。……あの洞窟で完全に封じられたのは、こいつが魔力の大部分を吸い込んでいたからだ」


 リーナは頷き、しばらく沈黙した。蝋燭の炎が彼女の横顔を照らし、影が頬を縁取る。


 やがて低く、息を吐くように言った。


「ああ……そうだ。禍石が魔力を吸うことだけでも驚きだが、それだけじゃ魔力の少ないあんたがあれだけの時間、魔法陣を維持できた説明にはならない、むしろ逆だ。」


「……やはり気づいたか。」


「なんとなくは予想はつくが、実際にそれをやってのけたあんたに説明してほしい。私もほとんど意識が無くなりかけてたしね。この禍石はいったい何だ?」


 月明かりに照らされた彼女の瞳は、いつもより澄んで見えた。


「俺は、魔力を吸えるのであれば逆に”吸い出す”、つまり自分の魔力じゃなく、この禍石が吸い込んだ魔力を使って魔法が使えるんじゃないかと考えた。そして、それは可能だった。」


やはりそうか、と納得するような表情を浮かべ、おそらく準備していただろう問いを投げかける。


「これはとんでもない可能性を秘めてる。溜めた魔力を使えるとなると、武器にも、道具にも、国の礎にもなる。しかも、これまではゴミ以下だったものが、だ……でも」


 彼女は禍石の欠片を握り、吐息を洩らした。


「間違えれば、全員を飲み込む猛毒だ。力あるものが気づけば生活を変える前に、戦争を変える。秩序を壊す。……そういう代物だ」


「だからこそだ」


 俺は短く言った。


「今は秘密にしたい。俺たちがまだ扱い方も知らないものを広めれば、必ず血を見る。……しばらくは、俺の仮説として留めておいて欲しい」


ふー、とリーナは息を吐き、ゆっくりと微笑んだ。


「商隊の全員にそれとなく聞いたが、気付いてるヤツは私以外一人もいない。ほとんどが気絶していたしな。ミラは少し勘づいているところもあったが、あの子なら性格的にベラベラ余計な事を触れ回るタイプじゃない。当然、私もしゃべるつもりはない。」


 リーナは俺の顔をまっすぐに見つめた。深い森の奥に潜むような静けさと、火花のような熱を同時に宿した眼差し。


「信用する。センセは、自分の利益より、全体を見てる。……そういう人だ。」


 笑った彼女は、焚き火の横で豪快に酒をあおっていた隊商長とは違っていた。


 唇の弧は柔らかく、灯りに照らされた頬は、男勝りな豪胆さではなく、ひとりの女性としての気配をまとっていた。


警戒や油断を帯びた笑顔ではなく、心からの微笑み。その美しさに、思わず目を逸らす。


「……どうした?」


「いや。やっぱり、いつもと違う顔をしてる」


「ふふん、女は顔を使い分けるもんだよ」

 冗談めかして肩をすくめる仕草に、俺は小さく息を吐いた。


 それからは、互いの過去の話、どうでもいい雑談をした。


 彼女が冒険者の母と商人の父の話を少しだけ漏らし、俺が大学の研究室での失敗談を語り。


少しずつ、しかし確実に二人の間にあった壁は薄くなり、距離が縮まっていく。


 笑い声が夜に溶け、蝋燭の炎が小さく揺れた。


 気づけば、会話は友のように気安く、それでいてどこか、踏み込んではならない境界に触れそうな近さを帯びていた。


 月は高く、夜は深い。

この時間がいつまでも続いて欲しいと、不思議とそんな想いを駆り立てられいる自分に気づく。


 リーナはやがて腰を上げ、扉の前で振り返った。続いて欲しいと願って時間は終わりを告げたのだ。


「……センセ。あんたは面白いね。毒か革命か、その答えを握る人間だ。とんでもない物を拾っちゃったな」


 それだけ言い残し、微笑んで去っていった。


残された寝台に横たわり、俺はしばらく眠れなかった。


 胸の奥にまだ、熱が残っていたからだ。

 ――もし、あのまま彼女がここに残ったら….

 そんな想像をして、慌てて振り払った。



ここまで第一章を読んでくださり、本当にありがとうございます!

ソウマにとっての最初の試練が終わり、次はいよいよ“動き出す村”の物語へ――


第二章「種は蒔かれた」は

10/17(金) 22:00 より更新予定です。


感想・ブックマーク・レビューをいただけると次章への力になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ